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新入生への手紙

秋吉政徳
工学部・知能情報学

「縛られない中から見つけたもの」

 新入生の皆さん、今は受験競争というしがらみから解き放たれ、心躍る大学生活にいろいろな想いが交錯していることでしょう。私自身も40年近く前の入学時に、友人と肩を組んで時計台の前で撮った写真を見るとその想いが蘇ります。大学での講義、部・サークル活動、アルバイト探し、そしてこれまでとは異なり色々な地域からの人との出会いが始まる中で、当時の大学では講義の出欠がとられることもなく、まずは自由な時間をどう過ごそうかでした。講義の出欠という点のみは現在とは少し異なる状況下にはありますが、それは社会全体が大学生に求めるものが少しずつ変化しているということだと捉えてください。

 さて、皆さんは大学での学び、まさに「学問への誘い」が待ち受ける中で、これまでとは異なる時間の使い方が許されています。「学問」と堅苦しい表現ではなく、自らが興味を抱くものに自由にアクセスできる環境にあると思ってください。他学部の講義であれ、単位取得という視点を外せば担当教員に申し出れば、受講は認められるはずです。興味がなくなれば、受講しなくとも良いわけですし、逆に何度受講してもかまわないはずです。すなわち、自らの「裁量」で学びを決められるわけです。ただし、この「裁量」は使い方を間違えると、いつのまにか何を学ぼうとしていたかを忘れたり、極端な場合には学んだとはいえなくとも卒業要件を満たして無事に卒業となる可能性もあります。最近では、なんでも短縮して語られる中で「楽単」という言葉さえあります。仮にそういう形で卒業していいのでしょうか?もちろん、そのようなことを経て社会に出てから奮起して、社会人として一流になった人も多くいます。しかし、せっかくの「縛り」のない大学生活だからこその何かを見つけませんか?

 かく言う私自身、学びたい学科に進学したいために、他にあった進学先ではなく浪人の道を選び、そこまでして入学した学科での希望に4月には溢れていたはずなのに、この「縛り」のない大学生活の中で本来の想いを失っていた時期がありました。もはや死語となっているであろうガリ勉ではなく、小学生の頃から色々なことに興味を抱き、スポーツも人よりは上手くこなしていたので、大学生活の最初ではどちらかといえば「勉強」以外に弾けていたようです。しかし、1年生終わりの交通事故のために2年生の1年間はほとんど大学に行くこともなく過ごすことになりました。

 留年制度もなかったので3年生に進み、やがて同級生の中に置かれている自身の位置に気づき、3年生の終わりにはこのままで大学を卒業しては進学した意義が曖昧なままに以後の人生を送るのかと自問しました。その際に、たまたま仲良くしていた友人から「大学院に進学しよう」と言われ、3ヶ月ほどはアルバイトも制限し、ひたすらそれまでの学ぶべき内容に改めて向きあい、大学院にもそれなりの成績で進むことができました。その後の大学院では、研究室教員の厳しい指導はあったのですが、いざ社会に出ようとするとやはり他の学生との比較が気になり、果たして社会で通用するのだろうかという不安さえ覚えていました。

 「縛り」がないからこそ、自由に選べるとともに不安もつきまとうものであり、全てが自己責任です。人は誰しも「自己実現」とともに「承認欲求」があります。「自己実現」のためには冷静に「自己分析し、成長を図る」ことが必要です。「承認欲求」とは、「実現した自己」を他者に認めて欲しいという自然な思いです。しかし、他者は冷徹なもので、その人の「自己実現の内容」が評価するに値しなければ、あっさりと切り捨てます。そうなると負のスパイラルに陥り、「承認されない自己」をなんとか保つために「虚飾」という手段に出て、そうするとさらに誰も認めなくなり、ということになります。裁量(縛りがない)があると、このスパイラルに陥りやすく、周りを見るとそういう人がいることにも気づくと思いますが、これは誰しもが本来求めていたものではないはずです。このような中で見つけたものが、今もって大切にしていることで、「現状に安住しない」ということです。

 私自身の専門は「人工知能」ですが、よく言われる「左脳」が司る「論理的思考」が知能の全てではなく、「自信」や「落胆」といった「右脳」が司る「情動的思考」が知能としても重要なのではないかと考え、最近は「右脳的人工知能」と呼んで取り組んでいます。大学生活では、講義等を通して「論理的思考力」を身につけることは可能ですが、「情動的思考力」は残念ながら講義等では身に付けられません。「現状に安住しないこと」というドグマを得たのは、まさに「縛りのない大学生活の中での経験」から得たものでした。

 皆さん自身が、現在の環境下の大学生活の中で自らの実感として生きていく上での拠り所を獲得することのきっかけになればと考え、私自身の恥ずかしい過去の一部も書かせていただきました。どうか、頑張ってください!


秋吉政徳
工学部・知能情報学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。