帰省①【11月29日(金)】
今日は休日なので実家に帰ろう。ムギコちゃんも一緒だ。
俺は奈良県出身の大阪府住まいだから、帰省といっても大掛かりではない。高速を飛ばせば一時間足らずで到着する。
それでも平素の通勤はせせこましい電車に揺られているわけで、愛犬を連れて小一時間のドライブというのはちょうど良い塩梅でメートルがあがる。「親のいる家に帰る」という営みが非日常行為になったのは、大人になった喜びであろうか悲しみであろうか。
ともかくムギコちゃんを後部座席に乗っけて、ETCを挿し込んだら出発進行。BGMは森羅万象で最も面白い、『太田上田』のE.K回のプレイリストで決まりだ。
平日の昼過ぎの高速道路はほどよく空いていて快適の一言だ。一人で帰るのなら電車に乗ればいいわけで、犬畜生一匹を両親に愛でてもらうために、二酸化炭素を撒き散らしているとはグレタ・トゥーンベリもおかんむりであろうが、俺にとっては人類全体の福祉よりも、ムギコちゃんと両親の笑顔の方が大切なのだからしかたがない。何かの手違いで億万長者になってもプライベートジェットは飛ばさないように善処するから、このくらいの地球不孝は親孝行という大義名分をもって許してもらいたい。
E.Kの登場回が終わり、ラスベガス話になったあたりで三度目の合流地点。いつも通りのタイミングは、ドライブの順調さを物語っている。初めて連れて帰ったときは終始キャンキャン泣き喚いていた愛すべき犬畜生も、今ではすっかりなじんで大人しくとぐろを巻いて寝ているようだ。テツと違って車酔いしないタイプでよかったものだ、とかつての愛犬に思いを馳せる。
あっという間に到着。
俺はもうちょっとE.Kの小気味よいトークを聴いていたいからそのへんをグルグル回っても良いのだが、サピエンスには欠けていても嗅覚で飼い主を遥かに凌駕するムギコちゃんは、もう懐かしの匂いを感じたらしくソワソワしているから、いたしかたなくエンジンを止める。車のドアを開けると玄関まで一目散だ。年に数回しか来ないのによく覚えているものだと心底感心する。
奈良の片田舎に在宅中に鍵をかけるなどという文化は存在しないから、チャイムも鳴らさず勝手にドアを開けると、黒と白と茶色のコートに包まれた巨大な犬畜生が出迎えてくれた。
彼女の名は小町という。還暦を超えた老夫婦が飼うには冷静に考えてデカすぎるのだが、そもそも冷静な判断力のある人間は動物など飼わないのでそんなことを言ってもしかたがない。奥の方からは闖入者を威嚇するシャム猫の唸り声も聞こえる。動物王国に帰ってきたのだ。