帰省②

 バーニーズマウンテンドッグの小町は一瞬虚を突かれた素振りを見せた後、玄関を開けた人物が俺であると悟ると、不審の表情を歓喜のそれに変え、彼女にできる最大限の愛情表現として40キロ超の巨体をこちらにぶつけてくるのであった。

 ……という予定だったのだが、彼女の足は急遽ブレーキを踏む。視線の先に招かれざる畜生を捉えたからである。

 小町もムギコも人懐っこい性格で、誰彼構わず愛想を振りまく愛おしいケダモノであるが、犬見知りの激しい性質であるらしい。ムギコはその巨体に怖気づいてかキャンキャンと甲高い声を発して駆けずり回るし、小町はその甲高い声に辟易してかドタバタと走り回ったのちに隅っこで縮こまってしまう。スイス原産の超大型犬と日本原産の小型犬の愛すべきコントラストを見いだしたい人間の欲望など知ったこっちゃなく、彼女らは犬同士でありながら犬猿の仲なのである。

 「あら、ムギコちゃんも帰ってきたん」

 掃除機をかけていて、息子の帰宅にしばらく気付いていなかった母がムギコを撫でつける。小さく愛らしい柴犬に向けるその表情は慈愛に満ち溢れたもので、俺はこの顔が見たくてムギコを連れて帰ってきている。幼児のときの記憶などすっかり忘れてはいるけれど、かつて小さく愛らしい存在であったときに、俺もこの愛情に包まれていたのだろうと、自分のことを誇らしく思えるのだ。

 我が物顔でリビングでくつろぐムギコと、庭に出て安息の場を求める小町を尻目に、俺と母は延々と語らい続ける。互いの近況、姉夫婦の子供の話、親父と弟の笑い話、ムギコのこと、小町のこと、テニスの話、ラジオの話、語りの種は、不思議なくらいに尽きることはない。40手前の中年男性と70手前の高齢女性がこんなにもよどみなく話し続けられるのは家族ながら意外な感じで、ついには反抗期というものを自覚せずに大人になってしまった温室育ちぶりを、今となっては我ながら褒め称えたてやりたくもなる。10年ほど前にの母の日にiPadをプレゼントしてから、母は立派なネットユーザーへと変貌しているのだが、一時期の過度な左傾化を反省して最近は多様なコンテンツを視聴して左右のバランスを図っているから、衆院選や兵庫県知事選挙の報道にも踊らされず冷静でいられるのだと誇らしげである。自分で左右のバランスが取れているというような人間は、右からも左からも白い目で見られるものだが、人生の後半にさしかかった我が親がエコーチェンバーで悦に入っている姿など断じて見たくないものだから、まあまあそれでいいだろう。



 夕食後の会話。

 「お母さん、この前コンビニで豚まんの営業かけられちゃってさ」

 なになに、どういうこと?

 「あのね、タバコを買いにそこのセブンイレブンまで行ってたんやけど、タバコ注文したら、ご一緒に豚まんはいかがですか?って言われてな」

 ああ、そういうオススメよくあるね。

 「それで、お母さんコンビニの豚まんなんてほとんど食べないから、結構ですって言ったんやけど、そしたらレジの子が、今日100個売らなくちゃいけないんですよーってボソッと呟きやって」

 えー、そんなノルマみたいなんあるんやね。

 「そー、それでコンビニなんかでそんなん店員さんから言われることないからびっくりして」

 もともと顔見知りやったん?

 「違うよ。初めて見た子やったけど、なんかそんなん言われたら、大変やなあ、ほな一個ずつもらうわーってなってしまって」
 
 あー、まあ何かちょっと気分いいもんね。

 「そーやねん、何かうまく転がされたんかなーって悔しくもあるんやけど」

 いや、何か田舎のコンビニらしいちょうど良い人情噺やん。大阪のコンビニなんてどこもかしこもセルフレジばっかりになって情緒もへったくれもなくなってるんやから。

 『せやで。ほんまセルフ増えてきたなあ。あ、でも、セルフレジには良いところもあってな』

 おお、父さんどうしたん?

 『セルフレジやとな、店員と会わんでいいから、こんなじいさんでも気兼ねなくコンビニでスイーツが買えるわけや』

 あー……え、そんなん恥ずかしいもんかね。

 『恥ずかしいっていうか、やっぱりちょっと気になるで。大量に買うんやったら、仕事の差し入れやと思ってくれるやろうけど、一個だけとかは買いにくかったからなあ』

 ああ、まあ父さんくらいの年齢の男の人がシュークリームとか一個だけ買ってたら、確かに目に付くかもな。別に悪い気がするわけではないけど。

 『そうやろ、でもセルフレジやったら、そんなん気にせんとすっと買えるねん』

 なるほど、まあ父さんは甘いもん好きやしね。

 『だから、今ファミマのスイーツはちょっと詳しいで。ほとんど全部食べたことあるわ』


 離れて暮らしているのに、コンビニという個人主義の権化のような場所の話題がつながっていく。
 コンビニスイーツでしたり顔を決め込む古希間近の親父、というのは些か威厳に欠けすぎている感じもするけれど、何だか家族を感じられたから、そろそろおいとましましょうか。ね、ムギコちゃん。


はしゃぎ疲れて帰宅後泥のように眠るムギコ


いいなと思ったら応援しよう!