カリキュラムマネジメントのために必要な“しくみ”づくり
-「データ」と「専門職員」の活用による組織風土の醸成-
<教育学術新聞に掲載いただいたものをそのまま転載します>
カリキュラムマネジメントにおいては様々な取り組みを行う必要があるが、それらを個々別々に行ってもなかなか結果につながらない。各種の取り組みが有機的に機能し始めるための”しくみ”を作れるかどうかが成否を大きく左右する。本稿では、筆者が支援してきた事例の中で、有効だったのはどのような”しくみ”であったのかを紹介する。
筆者は普段、主に地方私立大学を対象に、カリキュラムネジメントの”しくみ”作りをお手伝いしている。現在、直接支援しているのは、6大学12学部19学科である。学外コンサルタントの立場で、各学科長とは月2回程度のペースでお会いしながら、カリキュラムをより効果的に機能させるための論点整理を行う支援や、研修講師などを担当している。
これまでの経験を振り返ると、 カリキュラムマネジメントを機能させる際には、「ここさえクリアできれば後はなんとかなる」という、共通のポイントが浮かび上がる。そのポイントとは、「教員同士が互いの授業内容を紹介し合い、アドバイスし合える組織風土の醸成」だ。
大学組織、中でも特に教員組織が最も有効に機能するのは、指揮命令される時ではなく、教員一人一人が問題意識を持ち、同僚に問題解決策について相談をし始め、話し合ったことを共に実行していきたいと感じた時である。管理職は、この一連の流れを適切な役割分担や、期限の設定、データに基づく論点整理などにより、調整することが求められる。
この調整をカリキュラムマネジメントにおいて適用する場合、どの大学でも苦戦していることが2つある。1つ目が、前述した「教員同士が互いの授業の内容を紹介し合い、アドバイスし合える組織風土の醸成」である。カリキュラムをより効果的なものとするため、解決策を相談するとき、この組織風土の有無が対策の有効性を左右する。この風土を有していることが比較的多いのは、短期大学および、大学では目的養成系の学科、特に看護師養成系の学科や栄養士養成系の学科である。こうした風土を醸成していくための万能薬はないが、どの大学でも共通して取り組むべき基本的な事項は、いくつか存在する。その中でも、最も大切なことは、「データに基づく論点整理」である。「データに基づく論点整理」がうまくいくと、この組織風土作りに道が開けてくる。しかし、多くの大学では、論点整理を行えるだけのデータを適切に集められていないことが多い。これがどの大学でも苦戦していることの2点目である。
この2点を解決すると、カリキュラムマネジメントに向けた取り組みが動き始める。
図1:カリキュラムマネジメントの取り組み準備
それでは、「どこに」、「どのような」、データを集めるとよいのだろうか。まず、「どこに」集めるべきかであるが、この答えはシンプルである。集めるべき先は、マネジメントの主体、すなわち、カリキュラムマネジメントに関しては、学部長・学科長である。
次に、「どのような」データを集めれば良いかであるが、これは学科の特性によって様々考えられ、答えが一つに定まらない。しかし、筆者が支援を行った学科に共通していたのは、以下の6つの観点に目配せしながら、データを収集することになった点である。
① 入口ニーズ把握:高校生・保護者は、どんな未来に希望を感じるか
② 入学してくる学生の水準は、カリキュラムが想定する受け入れ水準を満たしているか(入試だけで確認できるのがベストだが、そうできない事情のあることも多い)
③ 想定した水準まで学生を育てられているか
④ 育て上げた学生は社会で通用しているか
⑤ カリキュラムは適正に機能してるか
⑥ そもそも育成しようとしている人材は、地域・社会ニーズにマッチしているのか
これらをチェクするための指標(定性的なものを含む)に落とし込んで、整理したものが図2である。
図2:カリキュラムマネジメントのために必要な「データ」と「専門職員」
これらのデータが、学部長、学科長に集まり、データに基づく論点整理が継続的に行われることで、徐々に理想的な組織風土が醸成され、カリキュラムマネジメントが機能し始めてくる。ここで注意を払いたいことが3つある。
1つ目は、必要なデータの全ては同時に集まらないことである。授業アンケートなどは半年に一度、就職先調査は2、3年に一度など、データの性質によって調査周期が異なり、また、同年度内の調査であっても結果の出る月が異なる。学部長・学科長は、集まってくるデータを活用して、その都度、適時適切な論点整理をしながら組織風土を徐々に醸成していくことが求められる。
2つ目は、カリキュラムの設計から、効果的に成果を上げているかを確認するまでに、5から8年かかることである。そのため、途中で学部長・学科長が交代することが多分に起こり得る。交代しても継続することが担保されていなければ、カリキュラムを有効に機能させるための取り組みは、作りかけては振り出しに戻ることになるか、学部長・学科長の任期期間に見通せる範囲の取り組みに偏りがちにならざるを得ない。これに対応するためには、継続的にカリキュラムマネジメントに取り組むことを担保するための専門職員の存在が欠かせない。図2の「教学企画系職員」としている部分である。この専門職員(一人でなく数名の部署であることが望ましい)が、学部長・学科長が交代しても、これまでの経緯や取り組みの全体像を伝え、膨大に集まってくるデータ分析を援助し、次にどのような論点整理を行うべきか、学部長・学科長を支援する。この役割を重要視し、専門職員として配置している大学は、まだ少ない。これから、こうした専門職員の配置が広がるべきである。
3つ目は、これだけ多くのデータを集めるためには、一部署だけに任せるような組織設計では、うまくいかないということである。入学前のニーズは入試課、就職先の評価は就職課、地域のステークホルダーとのビジョン共有は学長・副学長など、全学的に役割分担して集める必要がある。この役割分担を、全学的な”しくみ”として整備するには、最近、多くの大学で整備が進むアセスメントプラン(「アセスメントポリシー」以下同義とする。)に記載するのが適切である。
アセスメントプランには、誰がいつどのデータを集めるかの役割分担に加え、集めるデータの位置づけや、誰がいつどのように活用するか、また、分析結果をいつ誰がどの会議体に報告し、大学全体の戦略にどのように反映させていくかまで定めることが求められる。手間がかかっても複数部署で連携して情報収集ができるような組織設計を行い、本当に機能するか意見交換するプロセスを踏むことで、組織内で今後の取り組みの意図が共有され、実行性を高めることができる。
以上、3点に注意を払い、学部長・学科長の支援を行うために教学企画系の部署をおき、アセスメントプランを全学的な教学マネジメント体制を整理するものと位置づけられると、カリキュラムマネジメントを機能させるために必要なピースが揃うことになる。
新型コロナウイルスの発生により、非対面授業に手探りで踏み出す大学が増え、今年は、これまで以上に「学修成果が出ているか」へ、学内外から注目が集まり易くなることが予想される。組織風土が醸成された大学からは、非対面授業に向けた授業内容の見直しの機会が、個々の授業の枠を超え、科目間連携が強化される機会に繋がったというエピソードも聞こえ始めてきた。
カリキュラムマネジメントの取り組みが推進されることで、外部環境に適応しながらカリキュラムがより効果的に機能するよう進化し続け、大学を卒業した若者が、これまで以上に社会をより力強く牽引してくれるようになることを願っている。