精神医療への差別解消を!
日本精神科病院協会(日精協)の山崎學会長の発言に驚いた人も少なくなかった。昨年11月の常務理事会で山崎会長は現在のままの制度では精神科病院は行き詰ってしまうとの危機感をあらわにしたのである。
「介護報酬、障害福祉サービス報酬を含めた収入先を増やしたうえで、病床のダウンサイジングを図っていくべきだと思います。2040年度の将来推計では相当数の精神病床は無くなるということになります」。
それにさかのぼること同9月には山崎会長は2024年度の診療報酬改定でも収入が増えず、人口減を考えると「1億2千万人を対象にした精神科医療も、それに合わせて縮小していかなければ時代についていけないだろうと思います」と発言していた。
さらに、日精協としても国の入院中心から地域ケアへの移行を目指して、「2040年に向かって地域の精神科医療体制はどうあるべきかを策定する必要があります。それをしないと、経営がどんどん悪化し、ファンドに経営権を買われてしまいます」という。
「至急検討課題とし、来年(2025年)春ごろには公に発表することで進めてはどうかと思います」と具体的スケジュールにまで言及した。
行き詰る入院中心の精神科病院の医療体制
この山崎会長発言の背景として大きいのは従来の入院中心の精神科病院の医療体制が深刻な行き詰まりをみせていることがある。
元日本医労連精神病院部会長の氏家憲章さんによると、在院患者数はピーク時から9万3千人減少し、精神病床も4万5千床減った。空の病床も5万8685床にのぼるのだ。
これは新規入院患者の減少と長期入院者の減少および認知症による入院者が半減したことによると氏家さんはいう。
2013年に月平均で3万1822人いた新たな入院者が2024年1月には2万8114人にまで減少した。月平均で約3700人減ったのだ。
日本の精神科医療は諸外国に比べその長期入院が指摘・批判されてきたが、その長期入院者も減少を続けていると氏家さん。
氏家さんによると、それは主に在院患者の高齢化によるもので、在院のまま亡くなったり、合併症で一般病院へ転院したり、高齢者介護施設に移る人が増加したからだという。
高齢化に伴い増加するとみられていた認知症患者の在院数も2000年の8万7千人から2023年には4万5千人へとほぼ半減した。
氏家さんは「在院患者は増える要素がなくなり、減る一方の時代に転換しました。1950年の精神衛生法以来75年の入院中心の日本の精神医療政策は破綻したのです」と話す。
政策転換のための客観条件は成熟したものの、主体的条件すなわち世論の高まりと政治の決断は未成熟だと氏家さんはいう。
実態と正反対で時代遅れな精神医療政策
とはいえ、在院患者の大幅な減少は精神科入院医療費の減少に直結する。2004年に精神科入院医療費は1兆4850憶円だったものが2020年には1兆3259憶円と1600憶円も減少している。
国民の20人に一人が精神科を受診しているが、入院患者はそのうちの5%で、外来患者が95%と医療の実態は外来中心になっている。
「しかし、精神医療政策は入院中心という矛盾があるままになっている。正反対で時代遅れなのです」と氏家さんは指摘する。
氏家さんは、日本の精神医療政策の改革は2つの異常を解消することによらなければならないとしている。
これまで日本の政策は「精神科病院を一般病院と区別し差別扱いしてきたのです。安かろう、悪かろうという差別です。安かろうというのは一般病院の3割にすぎない入院料と悪かろうというのは精神科特例による少ない職員数ということです」と氏家さんは話す。
「夜明け前を迎えている精神医療ですが、自然とは違って自動的には明けません」と氏家さんはいい、具体的には民間病院が中心となっている日本での精神医療政策を転換する際に生じる経営問題と雇用問題をどうするかということだと指摘している。
参考になるベルギーの改革事例
日本と同じく民間が中心であるベルギーの改革が参考になるという。
2010年からベルギーでは患者が減少してもたとえゼロになっても、国は廃止病棟定床の入院料を全額5年間補償し、精神病院では廃止病棟のスタッフで急性と慢性のアウトリーチ(派遣)チームを設置した。
入院料の補償は5年で廃止され、6年目からはアウトリーチへ入院料補償全額支給することになった。
「つまり、おカネと職員の使い方を変えるのです」と氏家さん。
ネックは入院中心の精神医療しか知らない日本ということだと指摘する。
さらに氏家さんはいう。「医学部など専門職の教育機関では専門性の教育だけで、医療政策・制度を教えないし弱い。そのため精神医療関係者の知識も体験も入院中心の精神医療に偏り、たとえ入院中心の崩壊の危機を知っても入院中心に代わる別の道が分からないのです」。
そういう中では、国民に対して政策転換が避けらない事態であるが転換の条件も展望もあることを伝え、入院中心に代わって地域ケア中心の精神医療のイメージを持てるようになれば大きな扉が開くと思うという。
世界標準の地域ケア中心の精神医療に政策転換し、差別扱いを解消し、「どこに住んでいても、どこの医療機関を利用しても、最善の精神医療を提供できるようにし、当事者の人権を保障し、国民に安全・安心な精神医療を提供するということです」。
最後に氏家さんは付け加えた「そうした改革を通じて、障害者権利条約に基づく精神医療を実現することです」。
「精神医療への差別を解消し、当たり前のことを普通に行う体制を構築すること」が求められていますと述べた。