福島原発避難民は今
東京電力福島第一原発事故から13年経った。ピーク時からは減ったもののいまでも2万5000人を超える人が福島県から県内外に避難を続けている。しかし、彼ら彼女らの声が届くことは少ない。
そんな原発避難民の声を聞こうと2024年11月2日(土)、「原発事故避難者の実情を知る学習会」が武蔵野市民会館で開かれた。主催したのはキビタキの会。キビタキというのは福島県の県鳥だ。
原発事故後、福島県から避難して現在都内で暮らす熊本美禰子(みやこ)さんは原発避難者の住居など様々な問題は人権問題だと話す。
このほど国連人権理事会が日本の女性の権利について様々な指摘をしたが、これに対して日本政府は「内政問題」だとした。
熊本さんは「国際社会が人権問題を真剣に捉えるようになったのは第二次大戦中にナチスのホロコーストを”内政問題”だとして放置したことへの反省があったからです」と指摘。
「日本の人権認識は思いやりだとかいうけれど、人権は思いやりなどではなく人間としての権利でそれを認めろということなのです。人権というのは闘い取って実現するものだと思います」。
「国連を内政干渉だと非難するのは80年前の感覚です」。
熊本さんは現役時代、東京で消費相談センターの相談員として働いていたが、定年後は田舎暮らしをしたくて福島県に引っ越して、土地を買って家を建てて、野菜を何種類も作る生活を送っていた。
しかし、2011年3月、東日本大震災が襲い、続けて原発事故が起こった。「出来るだけ早く避難しなければならないと思い、息子たちも東京から早く避難してこいとメールしてきました」。
「私は(原発から)30キロ圏外ギリギリの所で、高台にあった家の下には大きな国道が走っていました。郡山から双葉まで続く国道でガソリンを入れようとする車で大変な混雑をしていました」。
ようやく3月15日に犬を連れて福島空港から東京へ。
土は8万ベクレル/平米汚染されていた!
同年6月に一時的に戻った時に土の放射能測定をすると一平米当たり8万ベクレルあったという。放射線管理区域で指定されているレベルが4万ベクレルなのでその倍あったということだ。
その月に東京都、神奈川県、さいたま県で避難者への公営住宅の募集をしたが、東京都以外は罹災証明が必要だという。「原発事故なので家は壊れていなくて罹災証明はなかなか出ません」。
熊本さんは罹災証明が要らないという東京都に募集し、2013年4月から都営住宅を避難住宅として住み始めた。だが、昨年にそこを出たという。
「公営住宅の場合は出ろというのならば代替住宅を提供しなければならないのですが、聞いたら”正式な入居”ではないので、そういうことはないと言われました」と熊本さんは話す。
2022年、日本の国内避難民の人権に関する国連の調査のために来日したメネス・ダマリ―特別報告者は「強制か自主かの区別は取り除いて、権利や必要性に基づいて避難者への支援を継続すべきだ」と述べた。
そして国内避難民に対する指導原則をいくつか挙げたー
「国内当局は、その管轄内において国内避難民に保護及び人道的援助を提供する一義的な義務及び責任を有する」「国内避難民はこれらの当局による保護及び人道的援助を要請し、及び受ける権利を有する。国内避難民はそのような要請を行うことで迫害され、または処罰されてはいけない」。
福島県はこれらを「一つの意見」であり従う必要はないとした。
また、原発避難民たちによるいわゆる「住宅裁判」がいくつか起こされている。その一つで、強制退去の執行が延期されたら担保金を収めないというのだ。しかも、争っている額の8倍収めないといけないという。
「そんな額収められるわけないし、担保金が戻って来る保証もありません」と熊本さんはいう。
精神的にも苦しんでいる避難民
あと、原発避難者を支援している「避難の協同センター」の瀬戸大作事務局長も話をした。瀬戸さんは反貧困ネットワークの事務局長も務めている。
「集団ではなく、個人が福島県などに訴えられるケースが出てきています。ぼくらが知らないところで追い出されるという問題が出ている」。
原発避難民は経済的に困窮するだけでなく精神的にも苦しんでいる人が少なくないという。瀬戸さんによると、原発避難者で精神疾患を有する総患者数は2017年から2020年の間に約1.5倍増えた。
「我々が支援・対応しているほぼすべての女性が精神疾患を持っています。2020年以降はコロナが来ているので同じように推移しているのではないでしょうか」と瀬戸さんはいう。
そういう人の中には障害年金だけで生活保護を利用しない人もいるという。「原発事故避難者は”自分は被害者なのにどうして生活保護を受けなければいけないのか”という気持ちになるらしい」。
瀬戸さんはいう「13年経って、避難者にいろいろな問題起きている。一人一人の生活、経済状態を考慮せずに何でもかんでも追い出していいのでしょうか。住宅裁判の論点は”住宅の無償提供を打ち切るのならしっかりと代替住宅を提供すべきだ」ということです」。
瀬戸さんは練馬区で避難者の支援団体に関わっているが「2020年春以降、避難者の存在がほぼ見えなくなっている。コロナで訪問活動が止まったからだし、もう一つは抑制、つまりあの時に多くの人たちも大変になったのだから自分たちの苦しみや困っていることを行政に言うことをためらっているという理由があります」と話す。
原発避難者の問題が「コロナの中の貧困に埋もれていく。一般の相談の中に吸収されて行ってしまう。見えなくなってゆく」。
原発避難者は困窮しているという。月収10万円以下の世帯は全体の22%で、20万円以下となると過半数になるという。「この問題を風化させてはいけません」と瀬戸さんは力をこめる。
公式集計を止めた福島県と復興省
福島県と復興省が2016年10月以降、避難者についての公式集計をやめてしまった。「これは大きい。データを基にこうするということがなくなった。全くデータが出てこなくなった。これは水俣病の時と同じです」。
瀬戸さんも住宅裁判について言及し、国連人権法に照らしてのダマリ―報告では「住宅の絶対的補償」と「強制送還の禁止」が要請されているという。「日本の人権感覚は国際的には非常識で、それに穴を開けなくてはいけません。裁判所がこれからどう扱うかはとても大事です」。
「原発事故避難者の人権侵害のベースには日本のあらゆる人権侵害があって、それらと完全につながっていると考えています」。
住まいの貧困を解決するには「空き家を東京都や自治体が借り上げて新しい公営住宅として導入すること」だと提言する。
「東京都が公営住宅をきちんと提供しなかったのは、”60歳以上の単身者は都の公営住宅に入れない」という条件を外さなかったからです」。その結果、住宅問題に直面しているのは単身者が多いという。
現在までに、田村市の都路地区、川内村、楢葉町、葛尾村(一部地域を除く)、南相馬市(一部地域を除く)、川俣町の山木屋地区、飯舘村(一部地域を除く)、浪江町(一部地域を除く)、富岡町(一部地域を除く)、大熊町(一部地域を除く)、そして双葉町(一部地域を除く)の避難指示が解除されているが、住民の帰還は進んでいない。
避難先ですでに生活が落ち着いてしまい、仕事、学校などが避難先にある人や、子どもたちを放射線リスクのあるエリアに置きたくないということ、帰還しても現地の生活インフラが不十分なことなど多くの課題がある。
そして「帰還困難区域」は残されたままだ。同区域は、年間積算量が50ミリシーベルトを超えて、5年間たっても年間積算線量が20ミリシーベルトを下回らないおそれがあるところを指す。
現在も7市町村(葛尾村、南相馬市、飯舘村、富岡町、浪江町、大熊町、双葉町)のおよそ337平方キロが帰還困難区域のままだ。うち浪江町が全体の53%を占めている。
もちろん、帰還困難あるいは解除された地域というのは行政の判断による区分であって、住民たちの判断は別のところにあるのはいうまでもない。