舞台「バックビート」
何かを得れば何かを失わざるをえない。何かを失えば何かを得られる。そういうことが同時並行的に起こっていくことで人生の大きな流れが決まっていくのだろう。そんなことを考えることがある。
ビートルズ誕生前後にも「喪失」、「再生」、「誕生」のドラマが幾重にも重なりあう場面が立て続けに起こっていた。それをドラマティックに描き出したのが舞台「BACKBEAT」(バックビート)である。
ビートルズはデビュー前からドイツの港町ハンブルクで「武者修行」をしていた、その時代にフォーカスしたのが「BACKBEAT」。1994年公開の同名伝記映画をイアン・ソフトリー監督自ら舞台化した作品だ。
20を超える楽曲の生演奏
ジョン・レノンとスチュアート・サトクリフの友情を縦軸に、スチュとドイツ人女性アストリット・キルヒヘアとの愛を横軸に紡いだメイン・ストーリーのBGMは、もちろんデビュー前のビートルズ・ナンバー。
舞台では20を超える楽曲の生演奏が楽しめる。「Rock and Roll Music」、「Bad Boy」、「Twist and Shout」、「Please Mr. Postman」、「Slow Down」、「Long Tall Sally」、「Johny B. Good」などだ。
粗削りながらドライブ感が半端でない、そのフィーリングがよく出ていた。デビュー前のビートルズの特徴はまさにそれで、ロックのスタンダードを自分たちのオリジナルであるかのように消化していたのだ。
演奏で特にすごいのは、ポール・マッカートニー役のJUONは右利きなのに、左利きでギターを弾けるように練習を積んできたということ。もちろんポールがサウスポーだから、そこまでこだわろうということだ。
ジョンの親友になる才能豊かな画家スチュ。ジョンと2人でビートルズをけん引していくポール。スチュと恋に落ちるアストリット。一時期ビートルズのドラマーだったピート・ベストと後釜リンゴ・スター。
ジョンもポールも10代で母親を失った。彼らはともに母親を失ったという喪失感を埋めるがごとくロックに熱中していく。そして、その「喪失による絆」が多くの傑作を生む原動力となっていくのである。
スチュはバンド・メンバーの座を投げうって、アートの世界に進むことを決意する。スチュは音楽の道を自ら断って、絵画で再生を図ろうとする。ジョンはスチュを失い、ポールと名実ともに密な音楽的パートナーに。
アストリットはビートルズと知り合い、とりわけスチュに魅かれて、恋人になる。婚約したが、かつて頭部を強く打ったことが原因でスチュは急逝する。アストリットとジョンは恋人そして親友スチュを失う。
ビートルズのハンブルク巡業のために参加したドラマーのピート。ドラムの腕を疑問視する人やメンバーたちとそりが合わないことから解雇され、後釜にリンゴが座る。ピートを失ったがリンゴでの再出発。
ジョン役には、俳優そして歌手の加藤和樹(かとう・かずき)。スチュを演じるのはA.B.C-Zのメンバーの戸塚祥太(とつか・しょうた)。ポール役にはFUZZY CONTROLのJUON。加藤演じるジョンはあの変人ぶりを発揮。
ジョージには辰巳雄大(たつみ・ゆうだい)(フォ~ユ~)。ピートを演じるのは上口耕平(うえぐち・こうへい)。アストリットには元宝塚歌劇団雪組トップ娘役の愛加(まなか)あゆ。愛加さんの渾身の演技がいい。
若手らを束ねるのがベテラン歌手で俳優の尾藤イサオ。ハンブルクのライブハウス経営者ブルーノ・コシュミダーと尾藤が憧れるエルヴィス・プレスリーの一人二役で登場。「ハウンド・ドッグ」を熱唱。
2019年に初演で、今回が2度目の上演となるこの作品。4年前に見事に「令和のビートルズ」を再現したメンバーたちが再集結した。
プレビュー後にコメントを発表
4月23日にプレビュー公演を行った後、加藤和樹は「次があると思うとどこかで甘えが出てくると思うので、これが最後という気持ちはなくすことなく一瞬一瞬に命を懸けていきたいと思います」とコメントした。
戸塚祥太は語った。「心さえ乾いてなければいつだって青春だなと思います・・・熟成された、しかしみずみずしい、大人なのに若い、そういった矛盾しているようなものが一つの場所に出せています」。
JUONは「オリジナルな、僕たちじゃないと出せないグルーブを出せていると思います」と言った。辰巳雄大は次のように述べた。「がっつりジョージ・ハリスンになれる時がきました。ギターリフを弾かせていただけるようになって、バンドの音楽が本当に変わったなと感じています」。
愛加あゆは「・・・このビートルズのとりこになってます。アストリットに近づきたいと思って、人生で初めて金髪ショートにしてみました」と打ち明けていた。ベテランの尾藤イサオは「僕も力をもらっています」。
そんなメンバーたちによる再演「BACKBEAT」を東京・池袋の「東京建物Brillia HALL」(豊島区立芸術文化劇場)で2023年5月26日(土)に観た。確かに、若き血がたぎる若者たちが、糸が複雑に絡みあうようにして密接に関係してくる、まさに汗と涙の「青春群像」物語だった。
名場面の数々とスチュの死
名場面がいくつかあったと思う。もちろん冒頭のスチュが絵を描いているシーンも印象的な導入部で、そのひとつだ。ジョンとスチュが海岸で話をして、心を通わせるシーンも記憶に残る。
少し時間的には飛ぶが、スチュが亡くなった1962年4月10日の翌日11日の様子はどうだろう。舞台では、スチュの死を知らされても、全然泣かなかったというジョンと怪訝そうだったアストリット。
しかし、実際にスチュの死を知らされた時のジョンはしばらくの間、「狂人」のごとく、けたたましく笑い続けたというのだが・・・それを唖然として見ながら立ち尽くしていたというポール。
あと、しばらくしてジョンとジョージがアストリットの家を訪ねてきて、彼らはスチュがアトリエとして使っていた部屋に通されたという。その時、アストリットは2人の写真を撮った。いい写真だ。
その際、ジョンは乱暴な言葉でアストリットを励ましたという。いかにもジョンらしい、しかし彼なりの愛情がこもった表現。それをどこかで舞台に反映させることはできなかったのだろうかと私は思った。
5月31日(水)まで東京建物Brillia HALLで上演される。