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週刊誌の時代の男たち⑨

破滅型芸人の“研究”とすすめ
 桑原稲敏の芸人観に話を戻そう。
 桑原は「噂の真相」1979(1984)年12月号に「破滅型芸人の“研究”とすすめ」と題した記事を執筆している。
 やや長くなるが引用しよう。
 「昔から芸人に酒、女、モートル(博打)はつきものでね。それが粋な芸の味とか艶になっていたんですよ。女はだまくらかすし、ポンは打つ、借金は踏み倒しちゃう、スケベで下品で無智、社会人として見れば失格だけど、芸をやらせればすごい、というのが本来の芸人」。
 作詩家・なかにし礼の言葉を引用している「家柄も育ちも特別よくなく、教養もさしてなく、ひとつのことの芸だけに秀れている人間、一種不具的な人間の世界・・・芸以外にとりえとてない、社会的地位とて保証されない、明日の日も保証されない弱い人間の集まりだからこそ、甘さ(不祥事)が許されたではないか・・・悪の特権という言葉がある。自分の悪の部分ゆえに芸があり、その悪がすでに善であると人に認めさせるだけの力・・・」
 「そんな芸の力を持った人間が、本来の芸人ではないだろうか」となかにし氏。
 この記事はこうも書く「かつて芸人は「河原乞食」と呼ばれる無頼の徒であった。終戦まで芸能の仕事は鑑札制度で、ほとんどの芸人が最下等にランクされていた」
 「相撲の四股名は「醜名」とも書くが、役者の芸名もこれに通ずる。つまり、芸人の多くはまともな社会人とは認められない、はみ出し者とみなされていたのである」
 「役者は一般社会の価値観やモラル倫理にとらわれることなく、堅気とは別個の世界に生き、見栄も外聞もなく稼いでいればよかった。そこから、特有の芸人気質が生まれたのである・・・しかし、戦後の芸能界は、マッカーサー率いる新しい支配者「GHQ」(連合国最高司令部)の手で大きな変貌を遂げる」
 
テレビが「茶の間」を持ち込んだ
 「「GHQ」による対日文化政策の落とし子ともいうべきテレビの発達も、その変貌に拍車をかけた。一般社会の埒外に生きてきた芸人が直接、ブラウン管を通じて茶の間に入り込んできたのである。いうまでもなく、この茶の間(家庭)は権力支配構造の基準単位であり、まさに“健全な市民”のモラルによって動いている」
 「その結果、芸人にも一般社会と同じ倫理観や生き方が要求され、そこからはみ出した無頼の徒は、茶の間の住人に認知されない。そのため芸人は、好むと否とにかかわらず一見“人畜無害”“清純”“優しいお兄さん”といった仮面を被らざるを得なくなったのである」。
 「しかし、このような一般社会と同質の生活から、いったいなにが生まれるだろうか。いまこそ、悪の魅力を秘めた破滅型の芸人に目を向ける必要があると思うのだが・・・」と稲敏はこの記事を締めくくっている。

韓国・朝鮮人タレントはタブー?
 稲敏は評論家としても一家言あった。松園さんは、「今では多くの芸能評論家とされる人が実はタレント評論家になってしまっているが、桑原さんは違っていた」と話す。
 大下さんはいう「田辺エージェンシー、ナベプロ、バーニングとかは「あいつが来たら話さない」というのがあったはずなんです。芸能プロとのつながりというのはいろいろあって、そういう面では桑さんは一番自由だったんじゃないの。これは書いていいとか、書かないでとか色分けしてしゃべることが桑さんは少なかったと思います」
 大下さんはこう解説するー「記者にも二通りあって、書いて伝える、特ダネを獲る人。もう一つは人間観察、人間評論。普通のスポーツ紙、女性誌には前者はいるけど批評とは距離がある。桑原さんは人間観察する批評家だった。データもしゃべるけど、文字通り評論をやっていた」。
 「噂の真相」は1994(平成6)年4月号に載った桑原の追悼記事でこう書いた。「読者で印象深い記事を挙げろと言われた人が、必ず出してくるのが「韓国人タレントはなぜタブーなのか」である。実はこの実名暴露の一連の記事は本誌・岡留が桑原氏の全面協力を得て企画したものである」。
 その記事を紹介する。
 「マスコミが芸能・スポーツ界で活躍する在日韓国・朝鮮人を「日本人」として扱い、それをタブーにしているのは、彼らが置かれている苛酷な状況に対する配慮からであろう。しかし、このような過度ともいうべき心遣いは、往々にして“優越意識”の裏返しである場合が多い。たとえ、その意識がなくとも結果として、日本社会の差別と偏見に拍車をかけていることは否定できないのではないか」。
 そして記事の狙いを書く「彼らの“秘密”を興味本位に暴こうというものではない」と。
 さらに著者である桑原自身の考え方も明らかにしていく。
「たしかに日本は、これまで朝鮮に対して加害者の立場にあった。しかし、こうした贖罪意識と被害者のうらみ、つらみという“いたちごっこ”からは、なにも生まれない。彼らが民族の誇りを放棄し、日本人に同化しようとすれば、かえって差別は深刻になるであろう。彼らは胸を張って朝鮮人であると主張することによってのみ、心ない差別と偏見から解放される。朝鮮民族が「朝鮮人です」と名乗れないところに、正常な日朝関係などあり得ない」。
 
沸き起こった不協和音
 このレポートに対して芸能界、主にプロダクションサイドから「姦(かしま)しい不協和音」がまき起こったという。
 桑原は「韓国・朝鮮人の国籍が明るみに出れば、“イメージが損なわれ”“商品に傷がつく”などという発想の持ち主たちに取り囲まれて、仕事を余儀なくされるタレントたちこそ悲劇である。すべては私利私欲をむさぼる商売に差しつかえる、というプロダクション側のエゴイズムの論理でしかないからだ」と反論した。
 記事は韓国・朝鮮系タレントを実名で挙げたー伊沢八郎、五木ひろし、岩城滉一、香取道夫(コーラスグループ・リーダー)、西城秀樹、鳳啓成(作曲家)、白石顕雄(作曲家)、徳富彰(バンドマスター)、にしきのあきら、野村真樹、牧博(歌手)、吉屋潤(歌手)、岡田可愛、沢りり子(歌手)、松坂慶子、都はるみ、由紀さおり、和田アキ子、李礼仙、小池朝雄、小坂一也、春日八郎、つかこうへい(劇作家)、松山千春、矢沢永吉、大信田礼子、小柳ルミ子、高山ひろ子(元歌手)、美空ひばり、山口百恵、山佳泰子(モデル)。
 「芸能界には昔から「朝鮮人タレントは売れない」という、まことに不思議なジンクスがある」と記事はいう。「そのため、タレント本人の意思よりも両親やプロダクションの強い意向で、“疑似日本人”として生きるケースが多い」

西城秀樹と和田アキ子
 「西城秀樹がデビューするとき、広島に住む在日韓国人の両親は、地元の大韓民国居留民団に「うちの息子が歌手になったので、よろしくお願いします」と挨拶している。同胞がこぞって応援したことは、いうまでもない」
 「ところが、西城秀樹の名前が売れてくるとその蜜月関係は一変した。両親が同胞に向かって「迷惑だから、寄りつかないでほしい」と顔をしかめるようになったという」
「もちろん、それは西城秀樹や両親の意思ではなく、西城の周囲にいる芸能関係者の“国籍隠し”であったに違いない」。
 また記事は和田アキ子のことにも触れているー「和田アキ子がデビューしたときも、父親がよろしくといってきた。が、スターダムにのしあがってからは、そのことに触れたら大変でしたよ。怒って「告訴する」というんですからね」(大阪の韓国人ジャーナリスト)。
 記事はこう締めくくられたー「芸能界の差別社会の棘と、そうした彼らの主体性欠如の“いたちごっこ”が続くかぎりは、在日韓国・朝鮮人タレントが“疑似日本人”の仮面を脱ぎ、本名を名乗って活躍する日は、当分きそうもない。すなわち、階級社会が続く限り、永遠に韓国・朝鮮人の“国籍タブー”は続くという絶望的状況を固定化してしまうことにもなる」。
   (続く)

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