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映画「イマジナリーライン」
2024年11月18日(月)、坂本憲翔監督の入管問題に関する映画「イマジナリーライン」(約90分)を武蔵野プレイス(東京都武蔵野市)で観た。これは坂本さんの東京藝術大学大学院の卒業制作だ。
坂本監督は神戸外国語大学で国際関係を学んだ。この映画制作の直接のきっかけは名古屋入管で虐待を受けて亡くなってしまったウイシュマさんのことを知ったことだったと話す。
「世界中で言われている難民問題。日本が全く関係ないことではありません。この(日本の入管)制度を何とか変えなければいけない。生きるか死ぬかの問題になってしまう人がたくさんいることを知りました」。
「多くのことを知っていくうちに、映画を介して世の中にこの問題を知っていただきたい気持ちが芽生えました」と坂本監督。
フミコとユメは大の親友同士
この映画の主人公は3人だ。ヤマモトフミコとその親友のモハメッド・ユメそしてフミコの幼馴染で入管職員のフナハシ。
フミコは1年前に亡くなった母親の遺灰をまだ部屋に置いており、母の希望通りに鎌倉の海に撒いてあげようと思っている。
フミコとユメは大の親友だ。
フミコの紹介でユメに会って意気投合したフナハシ。
実はユメの母親はナイジェリアからの難民だった。
しかし、日本の制度のもとでは不法入国者として扱われて、その娘であるユメも不法滞在者とみなされるのだ。
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ある時、日本人としては何気ない言葉であってもユメにとっては心ない言葉をフミコが発したことから話が展開していく。
職務質問から逃れようとして入管施設に収容されてしまうユメ。
フミコは後悔しつつもそれを引き金に、入管の問題や難民、日本における外国人について学んでいくうちに目覚めてゆく。
ユメは入管施設に収容されたことでフナハシが入管職員だと分かる。
立場があるフナハシはロボットのような血が通わない接し方をユメに対してする。日本の組織人というのはそうなんだろうなと思わせる。血の通った人間としてでなく組織内での立場を重んじる非人として。
3人の心の変化が繊細に描かれる。
「善とか悪とかではなく、心のありようをグラデーションのように、心の機微を芝居を通じて描ければと考えていました」と阪本監督はいう。
心の変化が一番大きかったのはフナハシだろう。
だが結局、悲しいかな、ユメは自死してしまう。
直後、フナハシは辞表を提出。人間に戻る。遅かったが・・・
撒いていたのはユメの遺灰だったのか?
最後にフミコが鎌倉の海に遺灰をまくシーンが出てくる。
フミコが撒いていたのは彼女の母親の遺灰だったのか。
私にはユメの遺灰だったように思えてならない。
坂本監督は「脚本を書く時はあえてわからないとしたのです。空想のシーンなのか実際のシーンなのかもわからない。見て頂いた方に判断して頂きたいのです」と話す。
「イマジナリーライン」というタイトルについて阪本監督は「映画の専門用語なのです。登場人物二人が話している時に、その二人の間に空想の線を設けて、そこを基準にカメラを回すんです」という。
「差別という意識の根底には見えない差別意識があって、それは他人に対して見えない線引きをしてしまっているからだと思うのです。それで空想上の線つまりイマジナリーラインとつけたのです」。