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映画「ラブレター」を語る

 俳優で歌手の中山美穂さんが亡くなった。
 私は中山さんといえば岩井俊二監督の「ラブレター」(1995)が印象深い。私の大好きな邦画の一本だからだ。本当に素敵な作品だ。
 岩井俊二は女学生のような感性を持っていると言われた。そんな彼の繊細で瑞々しさが一番いい形で表れていると思う。
 甘酸っぱくほろ苦い。
 中山美穂さんは一人二役。地元小樽の図書館に勤める樹(いつき)。
 そして中学時代に同じ名前「樹」を持つ男子がいた。
 その樹ののちの恋人をも中山さんは演じている。
 男「樹」の秘められた思いが時を隔てて封印を解かれる。
 中学時代の樹を酒井美紀、樹の現在の恋人を豊川悦司が演じている。


 この映画は韓国や台湾でもヒットした。
 そして一番有名になった場面は後半、男の樹が山で亡くなったことを知った樹が雪の中で山に向かって叫ぶシーンだ。
 「お元気ですか!」と繰り返す。このセリフが流行ったそうだ。
 しかし、私はへそ曲がりのせいか、この映画のハイライトを違う場面にみている。樹が中学時代の陸上部だったことを知った樹がカメラを持って学校の校庭を撮影する。その後、学校の先生から樹が山で亡くなったことを知らされるのである。私はこの撮影する樹のシーンがハイライトだと思う。
 というのはこの時点では樹の中で樹はまだ生きている。リアルな思いがあった。しかし、その後、樹はもういないことを知る。
 最後にリアルな樹を感じつつという場面だからだ。

今の恋人に似ていた樹
 学生時代から二人は意識し合っていた。それは女樹にとっては単に名前が同じでいろいろとあったからだ。
 しかし、男樹は運命的なものを感じていた。
 どうして女樹が男樹を思い出したかというと、男樹の恋人だった女性がダメ元で出した手紙が女樹のもとに届いて、男樹の学生時代のことを教えてくれと頼み、樹は彼女に返事を書くことからだ。
 思うにその女性から樹への手紙は今はいない男の樹からの、天国からのラブレターだったのではないだろうか。


 ネタバレになるが最後の場面について書く。
 長年封印されてきた男樹の女樹への恋心が解かれるのだ。
 二人は学生時代、クラスメートのいたずらで二人とも図書委員にされる。男樹は仕事を何もせず、誰も借りないような本ばかり借りていた。
 その中の一冊がプルーストの「失われた時を求めて」。
 ある日、樹のもとへ今の図書委員の女の子たちが訪ねてくる。
 見てほしいものがあるという。それはその本だった。
 実はこの本には女樹は思い出すことがあった。春休みのある日、男樹が家まで訪ねて来た。事情があって自分では返せないから、借りていたその本を図書館に返しておいてほしいというのだ。
 その時の本ー「失われた時を求めて」だった。
 男樹は引っ越してしまった。だから返却を頼みに来たのだ。

失われた時を求めて
 さて話を戻そう。
 図書委員の生徒はその本を樹に手渡した。
 生徒たちはカードを見ろという。樹がそれを見て裏返すと、樹の顔が鉛筆でスケッチされていたのだ。そう、男樹が描いたのだった。
 男樹の気持ちが分かった樹。彼の気持ちが時の封印から解けたのだ。
 女樹は恥ずかしそうにカードを胸にあてる、そこで映画は終わる。
 くどくどと回想シーンなどなく終わるところがいい。
 考えてみると、引っ越し前に樹に本を返しに来た時、気づいてくれないかと思っていたのかもしれない。秘められたプロポーズだったのだろう。

 この映画の仕掛けは同姓同名という割とベタな感じである。
 しかし、そういう仕掛けを活かしていく手腕が見事。
 そして中山美穂はじめ役者たちが適役。
 小樽が舞台。雪のシーンが効果的だ。
 ぜひ一回観てもらいたい映画である。
 最後に中山美穂さんへ。ご冥福をお祈りします。


 
 
 


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