スティーブ・ルカサーの愛
TOTOのギタリストとして知られるスティーブ・ルカサー(ルーク)は多くのミュージシャンのレコーディングに参加する腕利きである。
そのルークが長いキャリアの中でもとびぬけて素晴らしい経験だとするのが、崇拝するビートルズの2人ーポール・マッカートニー、リンゴ・スターと仕事を共にしたことだ。
ポールとの出会いは、ルークがマイケル・ジャクソンの『スリラー』の制作に参加した時のことだった。ルークとジェフ・ポーカロ、デビッド・ペイチが呼ばれた。TOTOの代表作となる『TOTOIV~聖なる剣』がリリースされた1982年春のことだ。
最初に取り組んだのがマイケルとポールのデュエット「ガール・イズ・マイン」だった。ルークは言う「俺は初めてビートルズのメンバーに会えるんで夢心地だった。彼らこそ自分が音楽を始めるきっかけだったからだ」(「スティーブ・ルカサー自伝」DU BOOKS)。
ポールとリンダ、ジョージ・マーティン、そしてビートルズつきのエンジニア、ジェフ・エメリックが部屋に入って来ると、ルークはすっかりおじけづいてしまったという。
「同じ部屋、手が届くくらいの距離に偉大な人たちがいる・・・彼らが俺の人生を変えたんだ」。
ジョン・レノンが殺されてからまだ2年も経っていない頃で、警備員の数がやたらと多かったことがルークの印象に残った。
ペイチがスティービー・ワンダーの「愛するあの娘に」をプレイし始め、ドラムのジェフ・ポーカロ、エレクトリック・ピアノのデビッド・フォスター、ベースのルイス・ジョンソン、ギターのルークも加わると、マイケルがそれに合わせて歌い始め、ポールも加わった。
それでポールの気持ちがほぐれたらしかった。
セッションの後、ルークはポーカロ、ペイチらと隣の部屋でマリファナ煙草に火をつけて一発きめていたという。
するとポールとリンダが入って来た。ポールは「ミュージシャンたちのにおいがする」と言って、二人も一緒に「くつろいだ」。
『TOTOIV~聖なる剣』の83年2月下旬の第25回グラミー賞式のあとに、ルークはポーカロとともにロンドンに飛んだ。
ポールの『ヤァ!ブロード・ストリート』のサントラに参加するためだった。ルークらは気まずかった。というのは、彼らのアルバムがポールの『タッグ・オブ・ウォー』を抑えて最優秀アルバムを受賞していたからだ。
ポールは会うと開口一番ジョークを飛ばしてきた。「知ってるだろ、ビートルズは一度もグラミー賞をもらったことがないのさ」。
実際は『サージェント・ペパーズ』でビートルズは最優秀アルバム賞を獲ったことがあったのだが・・・
サントラ用に、ウィングスの「心のラヴソング」に取り掛かった。オリジナルよりファンキーな出来となった。
ポール、ジョージ・マーティン、ジェフ・エメリックは「最強のチームで、彼らが一緒に仕事をしている様子は圧巻だった」とルークは話す。
その仕事は2週間におよんだ。ルークたちはその間ほとんど毎日のように、ポール、リンダ、ジョージ・マーティン、ジェフ・エメリックと昼飯を食べたという。
ルークはいう「リンダは愛らしくて、よく笑い、これ以上ないっていうくらい素敵な人だった」。
ルークらバックバンドのメンバー全員はあらかじめ、何があってもポールにビートルズのことを聞くなと言い渡されていたという。
ある日、ルークはリンダにそのことを言うと、リンダは「何ですって?そんなのバカげているわ」と答えたという。
ルークは試しに、リンダのメロトロンで「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のイントロを弾いたみたという。
ポールは最初驚いたものの、そのあとでビートルズの曲にまつわる話をいくつか披露してくれたのだという。
そのままルークらは「プリーズ・プリーズ・ミー」を演奏し始めると、ポールが飛び入りで参加。ルークはいう「決して忘れられない、魔法のように素晴らしい体験だった。演奏が終わるとスタッフ全員が拍手した」。
ルークはポールに、ビートルズマニアとして思いつく限りの質問をした。一番印象的だったのは「ジョンやジョージ(・ハリスン)やリンゴについて話す時、彼(ポール)の顔がいつもパッと明るくなったことだ。ポールの話はたいてい「僕と奴らが何々した時・・・」で始まった。だから、彼らがポールにとってどれほど大切な存在なのか、すぐわかったんだ」(ルーク)。
さらにルークはリンゴとも一緒に仕事をすることになる。2011年暮れのこと。ルークは翌年のリンゴ・スター・アンド・ヒズ・オール・スター・バンドに参加しないかと誘われた。「それが俺の人生における、この上なく素晴らしい新しい章の幕開けだったんだ」。
2012年夏、ルークはバンドに参加する段になると、「すごく緊張した。理由はただ一つ、リンゴに気に入られたかったからだ」。
リハーサルのためにカジノ・ラマというカナダのリゾート施設に着いた初日の夜、初めてリンゴと対面した。
リンゴはルークをきつくハグすると「君の幸運を祈るよ、じゃあ僕はそろそろ寝るから」と言ったという。
ルークはリンゴのプレイを評価しない批評家たちに反論している。「リンゴこそ史上最高のロックドラマーだ・・・リンゴはドラムをロックンロールの前面に押し出したんだ」、「彼はビートルズのどのレコードにも独特のスウィングを持ち込んだ」と話す。
「他のどのドラマーを代わりに据えても、ビートルズはまったく違うサウンドのバンドになっただろう。このことはもっと認識されるべきだ」。
リンゴはルークについて次のように語っているー「スティーブは僕が今までに会った中で一番素晴らしいミュージシャンの一人だ・・・僕はスティーブを”僕の最後の親友”と呼んでいる。彼は僕とバーバラにとって本当に家族のような存在になったのだ」(「Ringo Rocks 30 years of the All Starrs 1989-2019」Julien's Auctions)。
(冒頭の写真の中央リンゴの後ろ左がスティーブ・ルカサー)