
原発の本質とは?:樋口英明
「今、日本で原発を続けることは耐えがたいほどに正義に反します」と”原発を止めた裁判官”として知られる樋口英明さんは2025年2月5日(水)に武蔵野スイングホールでの講演で語った。
主催は「フクシマを思う実行委員会」。
樋口さんは「まず皆さんの先入観を捨ててください」と呼びかけた。
ーー民主主義国家である日本で民主的な選挙で選ばれた国会議員だから国や国民のことを考えないわけがなく、必要だから原発を認めている
ーー多くの裁判官は原発を動かしてもいいと言っている。裁判官は少なくとも賄賂をもらうような人たちではない、その人たちが原発を動かしていいと言っているのだから安全なのだろう
ーー福島第一原発事故の教訓から発足した原子力規制委員会が許可した原発が動いているわけだから安全だと思う
これらはみな先入観だというのだ。
原発問題は難しいという先入観
そして樋口さんはいう「一番大きな先入観は原発問題は難しいという先入観です。しかし、難しくはありません。原発の本質さえ分かっていればすべての問題は解けます。原発の本質は二つだけです」。
樋口さんによれば、「人が管理し続けないといけないということ」と「人が管理出来なくなった時の事故の被害は想像を絶するほど大きいこと」が原発の本質なのだという。
「人が管理して原子炉を冷やし続けないと暴走します。福島第一原発事故では原子炉が壊れたわけではなく、停電しただけで原子炉を冷却するための水が送れなくなってメルトダウンしたのです。メルトダウンしたらその被害は我が国を滅ぼしかねないほど大きいのです」。

岸田文雄前首相は福島第一原発事故の教訓から作られた原発政策を180度転換し、原発推進路線に回帰した。
そして40年超運転してきた老朽原発を動かすことをも可能にした。
樋口さんは問うーー「老朽原発はなぜ許されないか」と。
「老朽原発は老朽家電や老朽自動車とも異なり、止めるだけでは安全にはなりません。老朽原発は老朽化した大型旅客機のようなものです。老朽化すると想定外のことが起こるのです」と樋口さんは語る。
「40年ルールの撤廃後は原発が止まっている期間は稼働期間に算入しないことになりました」。樋口さんは「しかし、我々も眠っている間にも老朽化するんですけどね」とジョークを交えながら説明を進めた。
「「休ませていたらもったいないから動かそう」という損得勘定を主に経済界はします。原発を止めたら天然ガスや石油を輸入しなければならなくなり国富が失われるというのですが、私は判決で次のように言いました」。
ーーコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件(大飯原発)停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。
2014年当時福井地方裁判所の裁判長を務めていた樋口さんはいうのだー「今日でもその考え方は全く変わりません」。
それに加え、現実のコスト計算上でも原発というのはペイしない存在なのだということを樋口さんは具体的に示した。
福島第一原発事故の損害は少なく見積もっても約25兆円で、この損害額は東京電力という巨大企業の100年分の利益に当たるという。
原発は「コスト的に全く引き合いません」。
原発問題は国防問題である
「原発問題はエネルギー問題であると同時に環境問題であり、人権問題でもありますが、一番大きな軸足を置いているのが国防問題なのです。一度事故が起きたら国の存立が保てません。滅多なことでは国は滅びませんが、短期間で国が滅びるとしたら戦争か原発事故によってなのです」。
ウクライナ戦争では、ロシアはまずヨーロッパ最大の原発であるザポリージャ原発を占拠したと樋口さん。
もしウクライナが抵抗して、ロシアの砲弾が原子炉に命中したらヨーロッパが壊滅しかねないことから簡単に占拠されたというのだ。
また、従業員も逃げ出せないと樋口さん。「逃げ出せば原子炉が制御できなくなり暴走するから逃げ出せないのです」。
「原発というのは自国に向けられた核兵器なのです」。
昨年末、英フィナンシャルタイムスはロシアが日韓の攻撃対象リストを作っており、そこには日本の原発も含まれていると報じた。
樋口さんは「54基もの原発が見事に海岸沿いに並んでいる。その時点で日本はどこの国と戦争をしても勝てません。それなのになぜ敵基地攻撃能力なんて言うのですか。原発と敵基地攻撃能力とは矛盾するのです」という。
「これを矛盾なく説明しようとすると、岸田さんは『仮想敵国やテロリストは日本の原発を攻撃することはない』というテロリストたちに対する高い信頼を持っていることになる」と樋口さんが皮肉をいうと会場から笑い声があがった。
幸運が重なった福島第一原発事故
そして樋口さんは「多くの人が2011年3月11日の福島第一原発事故は最悪の事故だと思っていますが、そうではありません。あの時は多くの幸運が重なってくれたことで東日本壊滅の危機を免れたのです」と話す。
「もしそうでなかったら東京を含む250キロ圏内が避難区域になっていたでしょう」。
あの時の事故で実際に避難したのは15万人余、経済的な損失は約25兆円、東京ドーム7200個分の土地が今も居住制限区域のままであるのに対して、想定された被害は避難者が4000万人余、経済的損失は2400兆円、半径170キロ圏内が居住制限区域になっていたという。
「我が国を滅亡させるような被害が想定されていたのです。そんな被害を及ぼす原発は止めるしかないと全員が思ってくれたら原発問題は解決しました。しかし、そうは思わない人がいるのです。まだ大丈夫だと思っちゃうのです」。
「大丈夫だと思ってしまうのは、一般的に被害が大きいほど発生確率は小さいからです。しかし、原発だけは例外で被害が大きいうえに発生確率も高いのです」。
さらに樋口さんは耐震性の問題に話を進めた。
「我が国で最強の地震は約4000ガルでした。マグニチュード7の熊本地震では、約1700ガルでした」。
「マグニチュード9が予想されている南海トラフ地震の震源域には浜岡原発と伊方原発があります。仮に現在稼働中の伊方原発の真下で南海トラフ地震が起きたとしたら地震の強さは4000~5000ガルになりそうです。しかし、四国電力は伊方原発の敷地に限っては181ガルを超える地震は来ませんというのです」と樋口さんは指摘する。

樋口さんは冒頭の言葉で講演を締めくくった。 「今、日本で原発を続けることは耐えがたいほどに正義に反します」。