落語日記 初めて上がる明治座の高座に感慨深げな遊雀師匠
明治座浜町寄席 夜の部「夏の夜噺」
6月24日 明治座
明治座で定期的に開催している落語会。今回は夜の部で三遊亭遊雀師匠が明治座に初めて出演されるということを聞き、出掛けて来た。この明治座の落語会の観客は、落語ファンと演者ファンだけではなく、この劇場自体の常連さんも多いような雰囲気。芝居好きな大人な観客が多いなか、遊雀師匠の高座で会場はどんな反応を生むのか、それも楽しみ。
金原亭駒介「道具屋」
開口一番の前座は、馬生門下でお馴染みの駒介さん。大劇場でも堂々とした高座。もうすぐ二ツ目、自信もついてきたようだ。
三遊亭兼好「たがや」
演者のみ公表されていて、出番順と演目名は当日お楽しみ。人気者が揃うなか、まずは兼好師匠がトップバッター。
軽やかなマクラで会場を暖める。昨今の自然災害は、想定地域外での発生も多い。そんな自然災害と、落語会でのアクシデントを比較した話が楽しい。落語会でも同じ、想定される客席の場所以外の場所で見られる居眠り。演者もビックリの場所、そんな場所に座っている観客も大受け。
本編は「夏の夜噺」というテーマに沿った演目で盛り上げる。地噺らしく、途中の脱線部分でも爆笑を呼ぶ。兼好師匠の家庭での奥様との遣り取り、ゴミ出しの命令をアイコンタクトで受けをとる。そんな数々の家庭内のエピソードが並び、目に浮かぶようで可笑しい。
まずは「夏の夜噺」らしい一席から開幕させ、次の演者へバトンを渡す。こういう役割を心得た演者の存在が、会の良し悪しを大きく決める。という訳で、序盤から良い会となる予感。
柳家喬太郎「梅津忠兵衛」
二番手で仲入り前の大役は、喬太郎師匠。すっかりお馴染みとなった釈台と合曳のような座布団が用意されて、喬太郎師匠がしずしずと登場。さすがの人気、満場の拍手。
マクラで明治座の客席をイジリ爆笑を誘って本編へ。始まったのが、小泉八雲原作の怪談を元に、喬太郎師匠が落語に仕立て上げた演目。原作は怪談のようだが、喬太郎師匠の落語はどちらかと言うとファンタジーな一席。舞台は江戸時代の秋田は横手、門番を務める怪力の下級武士が遭遇した物の怪との物語。ときたま、兼好師匠の高座イジリが入ったりする笑いも散りばめながら、不思議な雰囲気で夏の夜噺に相応しい一席で満場の観客を引き付けた。芝居好きが多いだろう明治座の観客も満足の一席。
仲入り
田辺いちか「安政三組盃 -羽子板娘-」
仲入り明けは、講談から。まずは自己紹介、ご自身の芸を称して、いちかばちかの勝負をしていると芸名にちなんだシャレ。いちかさん初見の観客も多いだろうなか、度胸満点で堂々とした自己アピール。
落語に挟まれてこの日唯一の講談、なので講談の特徴の説明から入る。講談は連続物、続き読みが原則なので、毎日聴きに来てもらうために切れ場を作るというお話。「このお話はここからがますます面白くなるのですが、丁度お時間ととなりました。この続きはまた明日」と言って噺を切る。
ネットで調べると、この演目は「講談中興の祖」といわれる二代目松林伯圓の作。今回読まれた「羽子板娘」はその物語の発端の部分らしい。秋田藩の佐竹の殿様が浅草で美女が描かれた羽子板を見て、この羽子板の美女に一目ぼれ。喬太郎師匠の噺に続いて、秋田藩に所縁の演目が続く。
殿様はこの絵のモデルとなった娘お染を、3年の期限付きで妾とする。このお染が酒乱で、殿様の前で酔っ払っての大騒ぎ。さて、お染はどうなってしまうのか。ここで、前振りのとおり「この後、お染の方を救うヒーローが登場いたしますが、丁度お時間となりました」と言って高座を下りる。講談教室の見本のような一席だった。
桃月庵白酒「代書屋」
今日の演目は何にしようか迷っていた。夏の夜噺というテーマも知らなった。楽屋で聴いていた、いちかさんの一席、これは夏の夜噺なのか。そんな毒舌のマクラからスタート。鋭い指摘に会場も爆笑。ここで自分がテーマに沿った噺にすると、いちかさんだけが悪者になるので、自分もいちかさん側に立ってテーマと関係のない噺をします宣言。さて、主任の遊雀師匠はどちら側につくのでしょうか、そう言って遊雀師匠も巻き込む。
前半の夏の夜噺路線から一変、仲入り後のいちかさんの演目を切っ掛けにして、この落語会の構成そのものをイジル根多とする。それも白酒師匠の鋭い視点と毒舌で、会全体を盛り上げるという力技。
本編は、滑稽噺のお手本のような爆笑の一編。代書屋を訪ねた客のとぼけた返答がいちいち可笑しく、この奇妙な回答が笑いを呼ぶ。客の粗忽者のボケっぷりが突き抜けていて絶妙。対する代書屋の真面目な表情との落差の大きさが笑いに拍車をかける。夏の夜噺ではないが、夏の夜に聴く噺なので、広い意味でテーマに沿った一席でもあったのだ。
三遊亭遊雀「紺屋高尾」
主任の出番の前に、これだけ爆笑させた白酒師匠の一席。これが主任の立場に与えたプレッシャーや演り辛さは、素人目にも想像は付く。しかし、この遊雀師匠の一席は、そんな後輩からの重圧などまるで無かったかのような、いつもと変わらない高座だった。白酒師匠も遊雀師匠のことを分かっているからこそ、爆笑の滑稽噺をぶつけてきたのだろう。
遊雀師匠が舞台袖から高座に上がるまでに、客席のあちらこちらから掛け声が飛ぶ。この日の高座は、遊雀師匠が初めて明治座の舞台で落語を披露する記念すべき瞬間である。このことを知っている遊雀ファンが、おそらく大勢駆け付けているのだろう。おまけに、初めての明治座登場で、落語会の主任を任されているのだ。主催者側の期待の大きさも伝わってくる。遊雀ファンとしては、そんな瞬間に立ち会えると考えただけで、テンションマックスなのだ。
マクラも、そんな客席の喜びや期待が感じとられているようなお話。明治座の客席には今まで何度も来ているが、舞台の側に居るのは初めて。舞台からの風景はこんな風に見えるんだねえ。そんな感慨を、正直に話される。
白酒師匠の言葉を受けて、さて何をやろうか。楽屋でもずっと考えていた。今日の高座はきっと思い出に残る一席になる。その思い出を大切にしたいので、自分が掛けたい演目にしますと宣言。この遊雀師匠の初舞台を大切する気持ちが、遊雀ファンの心を鷲づかみにする。
そんなマクラから続いた本編は、遊雀師匠の十八番の噺。何度も聴いている演目。数々ある十八番のなかでも代表的な噺。大箱の満場の観客を前にしてもいつもと変わらない一席だった。とは言っても、遊雀マニアポイントのぶっ込みや泣き、メタ発言などはほとんど登場しなかった。その分、本筋における登場人物たちの表情でその感情を伝えてくれる正面突破な高座だったと思う。登場人物それぞれの思いが、切なくて愛おしい。
心に沁みる初高座で主任の務めを無事に終えた遊雀師匠だった。師匠自身のみならず、観客の思い出にもなった高座だった。
この日の高座を振り返ると、前半は季節感たっぷりの演目で、後半は演者の個性が発揮された高座が並ぶという構成。これだけの人気者を集めると、下手するとお腹一杯になってしまうことがある。ところがこの日は、全く満腹状態にならず、それぞれの高座を最後まで集中力が途切れずに楽しむことができた。それぞれの演者の力量の高さのなせる技。そんな、充実の落語会だった。