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落語日記 上方落語でも勢いのある若手とベテランが競い合っている

木馬亭ツキイチ上方落語会 8月公演
8月8日 木馬亭
月に一度のお楽しみ。木馬亭の自主企画公演である上方落語の会。ますます上方落語沼にハマっていく。
この会ならではの楽しみが、毎回必ずある。それは、魅力ある上方落語家との新たな出会い。この日は、二度目の出演ながら、主任の立場で熱演された桂九ノ一さんの魅力再発見の会となった。
この日の木馬亭は冷房設備が故障していて、入場時から客席は若干蒸し暑い。それよりも、高座はかなり暑そうで、演者の皆さんは大汗かいての熱演だった。

立川幸弥「やかん」
談幸門下の前座さん、と言っても芸協を退会されていて、立川流にも属さずフリーで活動されているという。どうやら談幸師匠から破門されたわけではないようだ。初めて聞くパターン。
浅草演芸ホールがあるここ浅草の地。この木馬亭ツキイチ上方落語会の前座は、浅草演芸ホールに出演しない立川流か五代目円楽一門会に所属されている前座が勤めている。なので、幸弥さんは芸協を退会されているので出演できるということなのか。
口調は滑らか。でも、スピーディ過ぎて、観客に笑う暇を与えない感じ。なので、客席も静かな反応。

桂天吾「ちりとてちん」見台あり
桂南天門下。プロフィールを拝見すると、令和元年5月に弟子入りし、令和4年6月より内弟子生活を終了とあるので、江戸落語の世界でいうと二ツ目に上がったばかりくらいの立ち位置。
マクラは、地方は落語と言えば笑点のこと、地方公演で出囃子に笑点のテーマソングが流れるのは珍しくない。座布団も二枚重ねて敷かれていて、主催者の方に座布団一枚にしてくださいと頼んだら、スタッフの人に掛けた声が「山田くん、座布団一枚取って」そんな地方興行の笑点ネタで笑いをとる。
何でも知ったかぶりする人がいる、自分の母親がそうです、そんな身内のエピソードで笑わせて、本編へ突入。
上方版は江戸版とほぼ同じ。ネットで調べると、江戸から上方に流れた噺が江戸に逆輸入されたという経歴。なので、この上方版が本家かもしれない。私的には、江戸落語において、起源を同じくする酢豆腐よりも、この噺の方がよくお目にかかる。
若々しくて勢いのある高座、上方落語ではあまり感じない本寸法な一席だった。

桂文鹿(ぶんろく)「俺たち暴走族」見台あり
桂文福門下のベテラン。現在は、上方落語協会を退会しフリーで活動されているようだ。
ウェルター級のプロボクシングのライセンスを取得して選手としても活動され、31歳でプロボクサーは引退。そういえば、浪速のロッキーこと赤井英和氏に風貌が似ている。そんな強面な落語家さんだが、口を開けば奈良のおっちゃん。
マクラは、最近の落語家は高学歴が多いという話から。天吾さんも関西学院大学卒。そんな話から、昭和44年生まれの文鹿師匠の若かりし頃の思い出話。文鹿師匠は、生徒数が多く校内暴力盛んな時代に青春を過ごした世代。暴走族も、まだまだ全盛期。落語家にも暴走族経験者がいる。芸協の瀧川鯉斗師匠は暴走族の総長だったことは有名。上方落語界でも、笑福亭飛梅(とびうめ)師匠が元・舞鶴の暴走族の総長だった。そんな経歴にも関わらず、落語は大人しい芸風らしい。

その飛梅師匠から、当時の暴走族の内輪話を聞いている。と話してくれたのが、ブブンブンブンという暴走族の爆音には、地域ごとに決まった音色があるという話。このエンジンを空ぶかしして出す爆音のことは、関東では「コール」、関西だと「イワシ」と呼ばれていた。新宿の暴走族なら新宿コール、湘南の暴走族なら湘南コール。関西でいうと大阪イワシ。こんな内輪のコアな話でも、不思議と惹きつけられる。それも、登場するエピソードが危ない話なのに、爆笑を呼ぶのだ。
そんな話題から入った本編は、元暴走族が引退してから50年後に開催した同窓会を描く新作落語。今や老人となった元暴走族たちが、久し振りに暴走行為。ここでも、パトカーに追われるのはお約束。年老いた元ヤンキーたちのどこか憎めない、ほのぼのとしたヤンチャが笑いの種。年齢層の高い客席も大受け。
暴走行為中のイワシも、マクラでの詳しい解説が効果的に効いていて、物語をすんなりと受け入れて、かつ大笑いできるものとなっている。なるほど、マクラが活かされた見事な構成。肉体派に見えて、なかなかに頭脳派の文鹿師匠。

仲入り

笑福亭べ瓶「太閤の白猿」見台なし
鶴瓶門下。youtubeで積極的に配信しているし、関東に居を構えて活躍されているので、東京でも名の通った若手落語家。生で拝見するのは初めて。配信動画で拝見しているので、初めての感じがしない。
にこやかに語りはじめたが、マクラは意外と硬いもので、芸人の覚悟の話。素人と玄人の違いは、何だろうと考える。それは、この芸で食べていくという覚悟、芸人を職業とする覚悟を持っているかどうかの違い。芸の技量の巧拙、上手下手は関係ない。そこで観客に対して伝えたのが、皆さんは芸を観に来ているというよりも、目前の芸人のプロとしての覚悟を観に来ているのです。なるほどという話。
文鹿師匠は、腰に模造刀の短刀を差している。これは、相撲の行司が短刀を腰に手挟んでいるのと同じ意味。この行司の短刀は、軍配を刺し違えたときは死を持って償う覚悟を表す物。そんな覚悟を象徴しているのが短刀なのだ。と言うことは文鹿師匠は・・・、と間を置く。ここで起きる笑い声。まさに考え落ち。

本編は、珍しい歴史ネタの噺。初めて聴く。豊臣秀吉と御伽衆として仕えた曽呂利新左衛門との遣り取りから始まる物語。この曽呂利新左衛門は落語家の始祖とも言われ、頓知で人を笑わせたという伝説が伝わっている。豊臣秀吉の可愛がっていた白い猿が、秀吉の家臣たちに悪戯して巻き起こる騒動を描く。
ネットによると、この演目は初代森乃福郎が「太閤の猿」の題で掛けたもの。2015年のNHK新人落語大賞の本選で、べ瓶師匠が挑戦したのもこの演目。なので、十八番にしている噺なのだろう。この会に初出演するので、持ってこられたに違いない。インパクト大で、挨拶代りのネタとしては、効果絶大だったと思う。

桂九ノ一「胴乱の幸助」見台あり
桂九雀門下、この会の4月公演で拝見して以来二度目の出演。前回は一番手だったのが、この日は主任という大役。
この日の主任の高座を拝見して、私の九ノ一さんの印象が大きく変わった。前回は「野崎詣り」で上方落語家のトップバッター。実質の開口一番、団体戦では先鋒の役回り。明るく賑やかな高座で、盛り上げ役を引受けられてた。しかし、この日は大将としての出番。落ち着いてじっくりと、個性を十二分に発揮しての熱演。それも、噺の中で義太夫節を真似て語る高度な技量も披露。まさに「お見逸れしました」という言葉で、おわびしたいくらいの気持ち。
寄席の出番順による立ち位置の違いが生まれるのは、江戸落語の寄席の世界だけではないらしい。上方落語の世界も同じ。そういう意味でも、この木馬亭のツキイチ上方落語会は十分に寄席と呼べるものなのだ。

マクラは、趣味道楽の話から。ご自身の趣味は音楽とのこと。先週、苗場スキー場で開催されたフジロックフェスティバルに四日間休みをとって出掛けた。四日間も休みにして大丈夫かと思ったが、その間に仕事の予定は無く、休みを取った意味がないと会場を沸かせる。
そのフェスの会場でマニアックに楽しんだ体験談や出来事を、面白可笑しく聴かせてくれるのは、さすが上方落語家。九ノ一さんのマニアぶりがよく分かる話。
そこから、世の中には趣味道楽にまったく興味がない人もいる、そんな人が登場する噺です、と本編へ。上方落語の中でもかなりメジャーな古典だが、私はこの演目は初見。九ノ一さんで聴けたのは幸運だったかもしれない。

筋書きは、上方で庶民の人気を博している義太夫節を知らないという、そんな野暮天な男が引き起こす騒動を描いたもの。娯楽には見向きもせず仕事に打ち込んで財を成した幸助は、芝居や浄瑠璃などは一切知らないし興味もない。そんな幸助の唯一の趣味と呼べるものが、町で見かけた他人の喧嘩の仲裁に入ること。そんな幸助を騙し、ひと儲けを企らむ若い衆たちの茶番が、騒動を巻き起こす。その偽物の喧嘩騒動が、客席を笑いの渦に巻き込む。

稽古屋での義太夫節を語って聴かせる場面がある。ここで、稽古屋のお師匠さんの義太夫節を見事に再現する九ノ一さん。本物っぽく聴こえる義太夫節、本職のような音遣いや抑揚は、かなりの技量だ。
ここで語られる義太夫節が、商家の娘お半と商家の主人帯屋長右衛門が不倫の果てに心中するという悲劇「お半長右衛門」。義太夫節を知らない幸助は、これを現実に起こった事件と勘違いする。義太夫が身近な芸能として存在している上方ならではの演目であることを、痛感させられる場面でもある。
この義太夫節が起こした騒動だけをみても、主任の役割を充分に果たした高座だった。
冷房設備の壊れた会場で唸る義太夫節。大汗かいての熱演。九ノ一さん、恐るべし。上方落語、恐るべし。

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