落語日記 苦悩する役者の姿を見せてくれた馬治師匠
第33回 馬治丹精会
10月3日 日本橋社会教育会館
運営のお手伝いさせてもらっている金原亭馬治師匠主催の独演会。今回も受付等の事務作業の合間に通路の脇から覗く程度で拝見し、ほとんどロビーに流れるモニターの音声で聴かせてもらう。
前回からの期間が短かったせいか、いつもより少なめの観客。常連さんが定着していて、受付でもお馴染みのお顔が多い。特に今回は「中村仲蔵」の初演というネタ出しのためか、落語に詳しいマニアな皆さんが来場されている。
馬治ファンとしては、空席がもったいなく感じられる会。若い世代の新規開拓が馬治師匠の現在の課題かも。
ゲストは、今回初めてお呼びした音曲漫才のおしどりのお二人。楽屋でも舞台と変わらない笑顔で腰の低いケンさんとマコさんのお二人。舞台はマコさんのアコーディオン演奏と歌、ケンさんの針金細工とテルミン演奏とバラエティな内容。寄席より長い出演時間なので、それぞれの芸をじっくり楽しめる。テルミンとアコーディオンの合奏は見事。この二人でしか聴けないスペシャルな音楽だ。
マコさんのけっこう強いケンさんイジリにも、うれしそうな反応で会場を和ませるケンさん。芸の上でも、息ピッタリのご夫妻。
今回のネタ下しの演目は「中村仲蔵」。芝居噺としては代表的な噺であり、歌舞伎役者の出世譚としても有名な噺。芸人の芸道の開眼を描く物語は、縁起の良い噺であり、芸談として落語家の世界にも通じる世界が描かれている。そんな演目なので、以前より馬治師匠にぜひ手掛けて欲しいとずっと願っていた。今回、馬治師匠の心境の変化か、機が熟したということか、馬治師匠からこの演目に挑戦したいと聞いたときは、驚きと共に欣喜雀躍の思い。
馬治師匠は今まで芝居噺の範疇に入るような演目は、手掛けてこなかった。この演目以外にも「淀五郎」しかり、「七段目」「四段目」なども掛けてこなかった。鹿芝居を続けている馬生一門なのに、ご自身の芝居噺への挑戦には手を付けずにいた。これは私の推測だが、役者の芝居風景が登場する演目は、その歌舞伎役者の演技の表現に対する強いこだわりがあったのかもしれない。それだけ、馬治師匠には、芝居が登場する噺に強い思いがあったのではないか。そんな想像を働かせながら、この日の高座を聴いた。
本編は淡々と噺を進ませ、芝居部分も誇張することもなく、でも観客には舞台が頭の中に再現される落語らしさを感じる一席だった。天才ではない、人間仲蔵の苦悩を素直な表現で見せてくれた。仲蔵の女房も、芸人の女房としてどこまでも仲蔵を励まし続ける、素敵な女性として描かれる。
この演目は馬生師匠の十八番であり、今回の馬治師匠の一席も馬生師匠から。基本は馬生師匠の型だが、セリフや構成で独自の工夫があったようだ。特に下げは、馬治師匠オリジナル。なかなか上手く出来た下げだった。そんな工夫を凝らすくらい、仲蔵のネタ下しには意欲的取り組んだようだ。
噺の中の仲蔵と同様に、芝居噺にも開眼されたであろう馬治師匠。これから挑戦する演目が一気に広がった。これからも、ますます楽しみになった。そんなターニングポイントな一席だったと思う。
番組
隅田川わたし「堀の内」
おしどり 音曲漫才
金原亭馬治「中村仲蔵」
仲入り
金原亭馬治「片棒」