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落語日記 落語坐こみち堂Ⅸ 柳亭こみち独演会

6月15日 国立演芸場
 新型コロナウイルスの影響で、恒例の会「落語坐こみち堂9 柳亭こみち独演会」が方式を変えて開催された。客席数をかなり減らした数に限定し、ライブ配信も同時に行い、この方式のことを「ハイブリッド公演」と称して告知していた。観客のいる落語公演がオンラインで同時配信されるのは、国立演芸場史上初めてらしい。私はライブ配信を視聴した。
 落語家の皆さんが取り組んでいるライブ配信、システムや方式がそれぞれに工夫されている。今回の方式も、かなり新鮮な取り組み。今後は、人数限定の有観客での同時配信+アーカイブ視聴という、今回のような「ハイブリッド公演」の方式が増えていくかもしれない。

 産経新聞社が主催なので、チケット販売方法もイープラスを使用、配信のシステムも大手らしくしっかり準備されたようだ。ところが、配信が始まると、前半には音声や画像が途切れるアクシデントが発生。これが、ネット配信の怖さ。当方の端末の通信障害か、はたまた配信元に何らかのトラブル発生か。終演後にアナウンスがあり、アーカイブ視聴期間が予定より延長された。やはり、配信の乱れは、配信元の何らかの障害によるもののようだ。また、カメラワークもテレビ放送と比べると不安定な感じも受けた。
 初めての試み、まだまだ課題が多いネット配信。これから習熟していく分野なのだろう。画像の途切れで、集中力が切れる。せっかくのこみち師匠の熱演がもったいない。私は、あらためてアーカイブで視聴した。

柳亭こみち 挨拶
 まずは、舞台にフェイスシールド姿でこみち師匠が登場。ネットのニュース記事の写真で見ると、観客もソーシャルディスタンスを保つために、間隔を空けて座っている。また、観客の皆さんもフェイスシールドを付けていた。笑い声による飛沫対策だろう。感染症対策を行っていることは伝わるが、異様な印象であることは否めない。
 そんなコロナ禍での開催、色々な異例づくめの状況ながらも何とか開催に漕ぎ着けられ、観客やスタッフの皆さんに感謝の言葉を述べるこみち師匠。
 当初に販売していたチケットをいったん全部の払戻しをして、そのうえでネットによる面倒な販売方法を潜り抜けて、限定チケットを入手した観客やライブ視聴者の皆さん。こみち師匠は、この煩わしい手間を掛けさせたことを詫びる。そんな苦労を厭わなかった観客に対する熱い感謝の思いが伝わってくる。こみち師匠の人柄が伝わる場面。

太田その社中 寄席囃子実演
 太田その師匠が三味線、柳亭市坊さんとこみち師匠が太鼓を担当。寄席に関わる音曲を実演しながら紹介。
 一番太鼓から追い出し太鼓、出囃子、紙切りの伴奏などを実演。こみち師匠の四助(よすけ・すりがねのこと)も見事。前座の太鼓には、基本形以外に「崩し」という、前座さん個人の叩き方のアレンジがあることを初めて知った。

柳亭こみち 当て振り「芸者さんの一日」
 ここでフェイスシールドを外し、皆さんのお顔がやっと見えます。
 太田その師匠の美声による「梅にも春」に合せて、踊りではなく、和風パントマイムのような芸者さんの一日を披露。幇間の芸らしい。いきなり舞台に寝転ぶ姿にビックリ。踊りが上手なこみち師匠、さすがに上手い。

柳亭市坊「転失気」
 相変わらず、口調は達者な市坊さん。でも、観客を置いて一人旅しているようだった。

柳亭こみち「妻の酒」
 いよいよお待ちかねの高座。マクラは、自粛生活での家庭の様子など近況報告。異様な開催状況の中に、ほのぼのした雰囲気が流れる。いつものこみちワールドに引き込んでいくところはさすが。再開した寄席の楽屋風景で、重鎮たちの会話も楽しい。自粛中、毎晩ハイボールを飲んでいたという話から本編へ。
 この噺は、今年の2月の勉強会「こみちレッスン」で聴いた噺。
 聞こえる笑い声は、普段と変わらない感じだが、こみち師匠は客席の反応を探り探りという感じ。特にカメラの向こうの視聴者の反応が伝わらないのが不安のようだった。
 この噺は、酔っ払い亭主の反撃の様子を描きながら、その根底には、女房側が感じる亭主たち男の自分勝手な酒飲みの理不尽さを、痛烈に皮肉っている噺だと思う。そんな女房の呑みっぷりを、女性らしさも感じさせながら見せてくれたこみち師匠だった。
 ネット配信の第一弾としては、まずはマクラでご機嫌を伺い、こみち師匠らしさあふれる演目からスタートさせた。

仲入り

柳亭こみち「船徳と嫁姑」
 通常開催より時短の構成ながら、仲入りもきっちりとる。感染症対策の換気のためだろうか。
 こみち師匠は、女性ならではの感性や視点で、古典落語をこみち流女性版の噺へ改作することに挑戦されている。そして、この日のトリの一席も、この手法によるこみちスペシャルな噺に改作して、こみち流落語の魅力を充分に伝えてくれた。改作の内容に触れるので、ネタバレはご容赦を。
 この一席の演目名は、主催者のツイッターのネタ帳の画像から判明。この演目名で分かるように、船徳のアレンジで、船の客二人連れが、いつもの男性二人組ではなく、嫁と姑コンビという設定。嫁と姑という微妙な関係の二人を、危機的状況に置いてみたらどうなるか、そんな実験的な試み。

 四万六千日の観音様に向かう道すがら、嫌がる嫁を無理やり船に誘う姑。ここから、すでに二人の反応や行動が面白い。 まさにボケとツッコミのいいコンビ。若旦那も情けなさは一流だが、その主役である若旦那も喰われてしまう嫁姑の活躍ぶり。
 危険な船旅で度々登場するクスグリどころで、姑による細かい嫁いびりで笑わせる。グルグル回るところで嫁の納豆は不味い、そんな嫁いびり満載。しかし、嫁もへこまず、平然として反論。女流ならではの嫁と姑の対決の描写、こみち流落語の真骨頂を発揮。
 この姑は、単なる意地悪ではない。最後の最後で中洲に乗り上げ若旦那がダウンした後、なんと姑が船を漕ぎだし窮地から脱出する。この逞しさは、いざピンチになっても動じず窮地を脱するという女性の精神的な強さを伝えてくれる。そして、岸まであと少しというところで、川の中を歩いて岸に向かうが、このとき姑が嫁を負ぶって川に入るのだ。えっー、逆じゃないの、そんな観客を尻目にさっさと嫁を負ぶっていく。姑の逞しさと同時に、嫁に対する思いやりも見せる優しい姑なのだ。

 そもそも、四万六千日様に二人で繰り出そうというのだ。表面は口喧嘩しているようでいて、内心の二人は仲良しで、憎み合っている訳ではない。仲良く喧嘩しているのだ。
 船徳という演目、体力も気力もない弱弱しい若旦那が、見栄っ張りで我儘な行動から大騒動を巻き起こす噺であり、そんな視点で今まで聴いてきた。しかし、こみち師匠は客を嫁と姑という誰にでも分かり易い関係性を持つ女性二人に置き換え、その女性コンビが主役の座を若旦那から完璧に奪ったのだ。
 ライブ配信に限定数の観客という異例のスタイルでも、期待に違わず、この日も見事な改作をいつものように聴かせてくれたこみち師匠であった。

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