落語日記 意欲的な取り組みの成果を披露した扇蔵師匠
入船亭扇蔵独演会
8月27日 池袋演芸場 夜の部 落語協会特撰会
前日の「RAKUGOもんすたぁず」に引き続き、2日連続で池袋演芸場訪問。この日は応援している落語家、入船亭扇蔵師匠の独演会。たまたま連日となる日程。
この日の会場は満員の観客。入場を待つ行列の混雑で、開場時間を繰り上げるほどの人気ぶり。
近年の扇蔵師匠が取り組んでいるのは、「ざこ八」「文違い」「ちきり伊勢屋」など、寄席などであまりお目にかかれない珍しい演目への挑戦だ。また、松本清張に心酔し、その作品を落語にして口演する試みにも挑戦されている。今までに「くるま宿」「いびき」「左の腕」と発表してきた。今年も11月5日に日本橋亭で第四弾として「西郷札」をネタ下ろしするそうだ。また、吉川英治作の「宮本武蔵」にも取り組まれている。
この日も、ネタ出しのニ演目が初演。一つは新作、もう一つはお馴染みの古典。穏やかな芸風とは裏腹に、演目への取り組みはなかなかに意欲的。この辺りも、扇蔵師匠の魅力。
古今亭松ぼっくり「金明竹」
前座は前日に引き続き、松ぼっくりさん。前日より長め、傘と猫の入ったバージョン。伸縮自在なところは、さすがベテラン前座。
入船亭扇蔵「悋気の独楽」
まずは、満員の客席に向かってお礼のご挨拶。今日は一人で四席を聴いていただくので、皆さんには申し訳ないので、せめて着物を着換えます、そんな恐縮した挨拶は扇蔵師匠らしさ。
四席とも着替えるため荷物が多くなり、キャリーバックで来ましたが、自宅から最寄りの駅に着く前に、キャスターの一つが壊れました、良くないことが起こらなければ。しかし、そんな不安を吹き飛ばす、充実の四席だった。
マクラは続いてご自身の近況。地元の区役所が運営している「子ども・子育て会議」の委員に選ばれたそうだ。公募を見て応募し、採用されたとのこと。代々教師の家柄、ご自身も教員資格を持つ扇蔵師匠、教育に熱心な人柄が伝わる。
その会議では、子供の人権部会担当となる。そんな自分は、落語界という人権のない世界にいる。今でも落語の噺の中には「七去三従」という言葉が意味する世界が残っている。現代の世の中では通用しない、そんなお話。これらは、男尊女卑や女性差別の過去の価値観や倫理観であり、そんな現代の価値観や倫理観との相違を、扇蔵師匠は自虐的な表現で笑いに変える。
落語が描く舞台は、吉原もあり、お妾さんもいる世界。そんな落語が現代でも受け入れられているのは、どんな制度や価値観倫理観の下にあっても変わらないもの、それら人間が根底に持っている感情の機微や欲望を描いていることが理由であると考えている。
一席目の本編は、お妾さんが当り前の時代でも、女房には焼きもちはあったという噺。建前は許されていることでも、感情が許さないということを描いている。まずは、滑稽噺ながら女房の焼きもちという感情と亭主の愛人に対する欲望を、軽妙かつシニカルに見せてくれた。
入船亭扇蔵「雨乞いの龍」
一旦下がって、着替えて再登場。二席目は、ネタ出しの演目。この新作は、この日が初披露。
まずは、この演目の舞台となるお寺の説明から。お母様の故郷である桶川市の川田谷という土地が舞台。この地に天長6年(829年)開山したと伝わる東叡山泉福寺という古刹がある。この寺の山門に掲げられている龍の彫刻が左甚五郎作との伝承があり、この龍にまつわる伝説も残されている。この演目は、その伝説を題材にした新作。作者は桑原木造人さんという方。
本編に繋がるマクラとして、江戸を中心とした五街道の話。その最初の宿場町である四宿の解説から、そのひとつの中山道は板橋宿の風景から幕を開ける。辻占い師が旅人を呼び止める。その面相、手相が素晴らしく、日本一の相であり、手先が非常に器用だと看破する。内臓が弱っているようなので禁酒を勧められ、逗留先として占い師の旧知の住職のいる桶川宿にほど近い泉福寺を紹介される。ここで噺の舞台は、泉福寺に移る。
旅人は、名無しの権兵衛と名乗る。この旅人が左甚五郎その人なのだが、前半ではまだ正体が明かされていない。初めて聴く観客も、この時点ではまだ、正体不明のままだ。
寺に逗留するうちに、村の子供たちと遊び、村人たちとも仲良くなる。人なつこさ気さくさは、後から見れば左甚五郎だ。あるとき、病気になった子供のためにカエルを彫る。このカエルが生きているかのよう。この辺りで、落語ファンなら左甚五郎だと大抵気付くだろう。
ここからは、雨乞いの龍を彫って村の窮地を救うというヒーロー譚になる。酒は飲まないが、旅先で彫刻で人助けするという左甚五郎物のお約束どおり、定番の型を外さない物語となっている。
飄々としていて優しい表情、そして押しつけがましくない親切を施す左甚五郎が扇蔵師匠の任にピッタリ。時間が長閑に流れる噺。無理に笑いを押し付けない空間が心地良い。
落語の演目には左甚五郎が登場する噺が多くある。その甚五郎物の噺に、今回、新たな一作を加えた扇蔵師匠なのだ。
仲入り
入船亭扇蔵「親子酒」
ネタ出しの初演を終えて、ひとまずホッと一息、そんな表情の扇蔵師匠。
マクラはこの日の楽屋風景の話。楽屋はホッとする場所ですが、今日は違います。なぜなら、人間国宝の神田松鯉先生が聴きに来られています。そして、三遊亭鬼丸師匠が何故か遊びに来られています。そんな報告に、なんとなく沸く会場。
鬼丸師匠は扇蔵師匠と同じ東洋大学出身。大学では扇蔵師匠が先輩、でも落語界では先に入門しているので鬼丸師匠が香盤が上、そんなご関係なのだが、同じ埼玉県出身という関係でもあり、どうやら仲良しのようだ。
仲入り前の一席の長閑な空気を温めるかのような、笑いの多い一席。酔っ払いも上手い扇蔵師匠。大旦那の意地汚さは酔っ払いあるある、酒飲みの気持ちがよくお分かりのようだ。
落語が四席続くのでと断りを入れ、その合間の彩りとして、寄席の踊り「茄子とかぼちゃ」を披露。
入船亭扇蔵「お見立て」
トリネタもネタ出しの演目。このお馴染みの廓噺が、ネタ下ろしとは意外だった。師匠の扇遊師匠から教わったそうだ。中堅クラスになっても、まだまだ初演を迎える意外な演目が多いことに気付かされる。
そして、お囃子さんが弾いてくれた出囃子が「中の舞」。演者に関係なく、主任の出番で使われる出囃子。こだわらない演者もいるようだが、やはりこれが流れると、トリの出番だと気分が盛り上がる。
マクラは、定番の吉原、遊郭のお話。花魁と呼ばれる由来は、扇蔵師匠らしくて丁寧。満開時期には桜が植えられる吉原、その桜よりも先に咲いている花の魁(さきがけ)だから、そんな優雅な由来は扇蔵師匠に似合っている。男を騙すのに尾は要らん、そんな楽説もお約束通り。
語り口は扇遊師匠と違っているが、丁寧な本寸法で表情豊かな一席は扇遊師匠ゆずり。変なクスグリを入れないので、何度も聴いてお馴染みになっている落語ファンにとっては、本寸法の気持ち良さを味わうことができる。珍しい噺や松本清張作品など、意欲的な取り組みを見せる扇蔵師匠だが、古典の演目では基本を外さず、師匠と同じ本寸法の道を目指していることが伝わる独演会でもあった。