落語日記 苦手な演目に挑戦する姿を、赤裸々に見せてくれた二人の落語家
遊かり一花の「すききらい」Vol.6
1月19日 新宿 フリースペース無何有
遊かりさんと一花さんのお二人が、自分たちの好きな噺と苦手な噺に挑戦していこうというコンセプトで続けている会。好きな噺に取り組む回と嫌いな噺に取り組む回を、交互に開催されている。
今まで参加した回は、いずれも好きな噺の回だったので、三度目の今回は「嫌い」な噺の回。いわゆる苦手な噺の回は初参加。お二人が苦手な噺に取り組み格闘する姿はどんな様子なのか、楽しみに出掛ける。
会場が狭いうえにコロナ対策の間隔をとった座席配置で、定員15名の客席は少数精鋭の常連さんで満員。
オープニングトーク
まずは、この日の午後に飛び込んできた春風亭昇太師匠のコロナ感染のニュースの話題から。浅草演芸ホール二之席は芸協の芝居で、昼の部は昇太師匠の主任興行だった。昇太師匠は出演予定だった18日、19日を休演。その後、感染が判明したため、19日の夜の部と20日の昼夜の興行が中止となった。
遊かりさんも浅草に出演していたが、昇太会長には話しかけるどころか近寄ることなど出来ず、濃厚接触者には該当しなかったそうだ。オミクロン株の感染力の強さが、今まで感染者が出なかった芸協の牙城を崩したようだ。
そんな報告から、遊かりさんの話は、一花さんのシクジリ話へ。出演の事前確認のメールの返事がないことや、高田馬場に新たにできた「ばばん場」という小屋の正月興行に芸協から一人参加したときに頼りの一花さんが遅れて到着し、遊かりさんが孤立してしまった話など。一花ねーさんと呼びたいくらい、態度は先輩という遊かりさんの苦情に、頭を下げっぱなしで恐縮している一花さん。普段見られない二人の表情に、常連さんたちは大喜び。遊かりさんにいじられて、恐縮しながらも見せる一花さんの笑顔に、おじさん達の頬は緩みっぱなし。
今回は、苦手な噺を掛ける順番。二人は披露する演目を発表。好きな噺は稽古も楽しいが、苦手な噺は稽古が疲れる。なので、この日はお互いに苦手な噺は一席づつとし、まず前半にやりますとのこと。苦手な噺を先に終わらせてしまいたい、そんな二人の芸人としての本音を、正直に感じさせてくれるところがこの会の魅力。
春風亭一花「芝居の喧嘩」
この日のトリは一花さんの番。なので、トップバッターは一花さんから。まずはマクラでは、シクジリ話の言い訳から。
この日、挑戦する苦手な噺は、一朝師匠の十八番。なので、一朝一門はみな挑戦はするが、結局は尻つぼみでやらなくなる。持ちネタになっているのは一蔵兄さんくらいらしい。自分も稽古を重ねても上手く出来ない苦手な噺。一朝師匠からは「この噺は間(ま)の噺」との教えを受ける。
歌舞伎役者の話から、一花さんと馬久さんが二人で正月に観た歌舞伎役者親子のドキュメンタリー番組の話へ。夫婦でハマった印象的な場面、勘九郎丈が子供を叱る様子を面白可笑しく再現。そんな歌舞伎役者の話から上手い流れで本編へ。
一朝師匠譲りの小気味よい語り口の一花さんが、序盤からトントンと芝居小屋の風景を語ってみせる。苦手ではないのはと思っていたら、啖呵を切り名を名乗るところでつまずき、少し戻ってからやり直す。特に、登場人物が口上のように名乗りをあげるセリフが難しそうだ。折り重なるように、次から次から新たな人物が登場し名乗りをあげる。一朝師匠がトントンと小気味よいリズムで聴かせてくれる場面がいかに難しいかが伝わってくる。
こんな一花さんの悪戦苦闘する姿は珍しい。本来は、演者としても見せたくない姿だろう。習作段階を公開することで苦手を克服していこうという主旨は、理解できるが、演者にとっては勇気のいることだ。この会の常連さんたちは、そんな二人の苦闘する姿を暖かく、かつ楽しそうに見守っている。
三遊亭遊かり「大工調べ」
まずは、一花さんの話から。先輩たちからは評判が良いし、しっかりしていて出来た子という評価を受けている。それだけではない一花さんの顔もあるし、この会でしか見せない顔もある。忌憚のないもの言いは、二人の仲が良い証拠。聴いている観客も悪い気がしないのは、単なるディスリではないことが伝わるからだ。
そこから、芸協の後輩たちのシクジリ話。ここで、遊かりさんが前座さんたちのシクジリの経験から、ご自身の視点を披露。
女性と男性との違い、男性は相手の能力の違いを認め合い、出来る人と出来ない人の区別なくお互い仲が良くなる。仲間として面倒を見ることができる。女性はなかなかそれが出来ない。そんな遊かりさんの分析。
私には男女の違いはよく分からないが、落語に登場する与太郎と周囲の人達の関係がまさにそうだ。落語の世界では、登場人物たちは能力の違いを理由に仲間外れにすることはない。馬鹿にしながらもボヤキながらも、対等に付き合う。大工調べの棟梁と与太郎との関係性もまさにそうだろう。
遊かりさんが先輩から言われたのが「この噺は啖呵を聞かせる噺ではない、人間関係の噺だ」ということ。たしかに、後半の棟梁の啖呵が始まる場面までの遣り取りは、棟梁、与太郎、大家の三人の人間関係を、それぞれのセリフで伝える噺だ。そこがこの噺の難しさだと遊かりさんが感じているようだ。
そして、これこそ能力の差で相手を判断しないという落語世界の基準を、噺の中で伝えることに繋がるのだ。本編は、そんな遊かりさんのこの噺の捉え方が反映されていると感じられる一席。棟梁が大家にキレる前までの場面、三者の立場がはっきり伝わることを意識されているように感じた。
仲入り
三遊亭遊かり「桃太郎」
苦手の演目を終えて、安堵の表情で後半戦を迎える。そんな表情でこの会のコンセプトの話から。この会は、ほとんどが常連さん。そんな常連さんに対して、出荷前の作品を聴かせる会。試作品・プロトタイプを試す試験場のようなものというこの会の趣旨は、常連さんには承知のこと。二人の悪戦苦闘を、温かく見守り楽しむ会なのだ。
二ツ目中盤くらいになると、前座噺はほとんど掛ける機会がない。この会なら掛けられるので、苦手な噺ではないが、最近ではほとんど掛ける機会が少なくなった前座噺を掛けてみますとのこと。観客の立場からすると、前座噺と区分けして、二ツ目や真打で聴けなくなるのはもったいない気がしている。経験を積んだ後の前座噺を聴きたい観客も多いはずだ。
本編は、遊かりさんらしさあふれる楽しい桃太郎。息子が桃太郎の由来を父親に話して聞かせるなかで、股(もも)と股の間から産まれたので桃太郎と説明。こんな説明は初めて聴いた。かなりのマセガキぶりに、ちょっと驚いた。
春風亭一花「親子丼」
この日のトリは一花さんの番。苦手な噺を終えたあと、二席目はどんな噺でリカバリーしようかと楽屋で悩んでいたそうだ。その噺の候補として古典と新作があり、どちらが良いか決めかねているのでと、客席にアンケートを実施。一花さんの新作は未だ聴いたことがないので、私は新作に投票しようと思っていたら、観客の皆さんも思いは皆同じだったようで、満場一致で新作に決定。
この新作は、林家たい平師匠から一花さんに似合いの噺なので演ってみたらと勧められた噺ですと紹介。ネットで調べると、上方の落語作者くまざわあかねさん作の新作。
ここで、遊かりさんとの関係の話。遊かりさんは、お姐さんというよりお母さん。母性愛にあふれているている人。そんな話をしていると、楽屋口から遊かりさんが顔を覗かせプレッシャーをかける。
遊かりさんのツイッターに「うら若き嫁、一花と、子供もいないのに姑モードの遊かりのバトル。やってて楽しい会です」と書いてあった。遊かりさんご自身も母親のような感覚があるようだ。そんなマクラから、お母さんの噺です、と始める。
本編は、小学3年生の息子がいる独り身の女性の婚活をめぐる噺。舞台は現代。主人公の女性は、付き合っている男性に子供がいることを言いそびれている。そんな女性を巡って、息子や母親、相手の男性、友人との会話で噺が進行。主役の感情の切り換えと場面転換がシンクロしていて、台本もすごく良く出来ている。母親として結婚に悩む女性の揺れる女心を一花さんが好演。
出色なところは、母親想いの息子の描写だ。母親に対する息子の言葉は短く、表情も硬いのだが、その言葉と裏腹に母親を思いやる愛情を感じさせる。この息子の健気さは、観客の琴線に触れるもの。
最後の最後で観客の胸を熱くさせた一花さん。苦手な噺を、リカバリーして余りある一席で締めてくれた。
エンディングトーク
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