落語日記 仕切り直しの馬玉師匠
池袋演芸場 2月下席昼の部 金原亭馬玉主任興行
2月23日
池袋下席は、馬玉師匠の久々の主任興行。鈴本演芸場1月下席に予定されていた馬玉師匠の主任興行だが、その直前の中席で出演者に新型コロナウイルス感染者が出たために中止となっていた。あれから一ヶ月、ビックリの早さでの再登板となった。
国立演芸場の2月中席は毎年恒例の鹿芝居興行。この鹿芝居もコロナ禍の影響で中止となり、この鹿芝居の座長である馬生師匠の主任興行として開催された。芸達者な馬玉師匠は、昨今の鹿芝居では重要な配役をこなし、その迷演技で盛り上げていたのだ。毎年楽しみにしていたが、今年は拝見できずに残念。
そんな国立中席直後の池袋下席の顔付けは、馬玉師匠のみならず、鹿芝居で中心的な役割を担ってきた馬生一門が勢揃い。馬生師匠をはじめ一門の皆さんが馬玉師匠を盛り上げる興行となった。1月下席のリベンジでもあり、馬生一門ファンとしては行かねばならぬ芝居、ということでお邪魔してきた。
テケツで検温と手指消毒、木戸口では半券を見せるだけ、最前列は空席、二列目からは市松模様の客席。そんなコロナ対策のなか、客席はほぼ埋まる満員御礼状態。馬玉ファン、馬生一門ファンが駆けつけたようだ。私も顔見知りの馬生一門ファンお二人と遭遇。
入船亭辰ぢろ「たらちね」
扇辰師匠の三番弟子の前座さん。初めて拝見。かなり早口。
金原亭小駒「看板のピン」
馬生一門の二ツ目枠は、馬久さん小駒さん馬太郎さんが交互出演。この日は小駒さんの日。いつもより、ちょっと気だるげに登場。マクラで二日酔いであることを告白。これは、洒落じゃなさそうだ。
ぼーっとした感じはいつもと同じなのだが、本編に入ると流暢できっちりした語り口。端々に祖父である先代馬生師匠の声音を感じるし、端正さは当代馬生師匠らしさを感じさせる。拝見するたびに、私の中ではランクアップしていく小駒さん。
この噺で、小駒さんが聴かせてくれた印象的なセリフがある。親分の真似をして賭場に乗り込む男を見て「お稲荷さんの鳥居にでも、小ん便したんじゃねえのか。可哀そうだから、少しだけ負かして、帰してやろうじゃねえか」と言って暖かな目線で仲間に入れる優しい博打仲間たち。初めて聴くセリフ。私の心に刺さった。なかなか粋なセリフを語ってくれた小駒さんだった。
玉屋柳勢「お血脈」
元の柳亭市楽さん。真打昇進後は初めて聴く。当代は6代目となるこの名跡は、端唄「えんかいな」の一節から名付けられたと言われている。「夏の涼みは両国の 出船入船屋形船 あがる流星ほしくだり 玉屋が取持つ縁かいな」この歌詞は、両国の川開きの花火の様子を描いたもの、現在の隅田川花火大会のルーツである。
そんな予備知識があるであろう観客に向けてのマクラ。昨年3月に真打昇進、大変な時期での披露興行だった。自粛自粛で終演後の打上げが一切無くなった。花火師の玉屋が由来の名前なのに、真打になって以来、一度も打上げていません。そんなマクラが楽しい柳勢師匠。
本編は短い地噺。自由自在に遊ぶ演出。主役の石川五右衛門は、海老蔵物真似バージョン。受けていたので、かなり強引に海老蔵で押しまくった柳勢師匠だった。
金原亭馬治「棒鱈」
馬生一門の二番手を担当するのは、惣領弟子の馬治師匠。ほぼ同期である弟弟子の主任興行の盛り上げ役を引き受ける。マクラは先陣を切った小駒さんの話題。どうやら二日酔いは事実のようだ。そんな身内話でひと盛り上がり。そこから酔っ払い、酒乱と上手く繋いで本編へ。
本編は得意の演目。今まで何度聴いてきたことか。なので、噺の構成は分かっている。この日は、まさに寄席バージョンに再構成。お馴染みのキーワードや奇妙な唄はきっちり残しながら、下げまで寄席サイズで上手くまとめた。田舎侍の奇妙な唄は何度聴いても可笑しい。この日の観客にも大受け。やはり、馬治師匠の鉄板ネタだ。
この噺は、下げ間近で、登場人物がクシャミを連発する。このご時世、なかなかなチャレンジだ。
ホンキートンク 漫才
この日は笑組の代演。新生ホンキートンクも見慣れてきた。弾さんと遊次さんのコンビも、板に付いてきた。
寄席の漫才は、あるていどパターン化されていて、お馴染みのネタが多くなる。寄席ファンなら皆知っているネタが多くなる。以前の利さんとのコンビのときもパターン化されたネタで勝負されていたが、遊次さんとのコンビでも同じようだ。しかし、途中、初めて聴くネタも挟まれ、新生コンビ色を模索されているようでもある。遊次さんが、声が似ているというタッチの上杉達也の物真似を披露。
ちょっと中性っぽい遊次さんのキャラは、利さん路線を踏襲。なかなか弾さんに歌わせないネタも、新生ホンキートンクは引き継いでいる。吉幾三ネタもそのまま。以前からホンキートンクのネタは弾さんが作っていたことが、改めて分かる高座だった。
入船亭扇辰「一眼国」
登場するなり、この時期に、くしゃみを連発するネタと、大声で歌いまくるネタはいかがなものか、と馬治師匠とホンキートンクさんをイジル毒舌のマクラ。苦虫を嚙み潰したような表情での毒舌は、扇辰師匠のキャラだ。観客もこの毒舌を楽しんでいる。このマクラは、二組の演芸を通して、裏にはコロナ禍の現状に対する皮肉が潜んでいる。
そんな毒舌キャラそのままで本編に突入。久しぶりに拝見した扇辰師匠、少し痩せられたせいなのか、悪人顔が強烈になってきた印象。なので、狡猾な見世物小屋の小屋主がピッタリ。六部に話を聞きだそうとする前半が見せ場。ずる賢い興行主のしつこい説得が笑いを呼ぶ一席。
古今亭文菊「締め込み」
一之輔師匠の代演。いつもの登場スタイル。いつものマクラ。お馴染みのご自身を気持ち悪いお坊さんに例える話。キザというより、気持ち悪いが合っている。
本編は、切れの良い会話で進行した一席。どこか人の好い泥棒、短気で喧嘩っ早いが、女房のことが大好きなウンデバ亭主、同じように亭主が好きで妙な色気がある女房。この三者の会話の噛み合わないことの可笑しさを見事に表現。泥棒の「そこです」が結構ツボ。
客観的に真相を知っている観客だからこそ笑える状況を、効果的に活かしている。本編では、まったく気持ち悪くない人物描写。このギャップがまた楽しい文菊師匠。
仲入り
古今亭駒治「鉄道戦国絵巻」
クイツキの出番は、人気者の駒治師匠。駒治師匠が鉄道を題材にした新作落語で人気なことは承知の客席、鉄道唱歌の出囃子が流れるとテンションアップ。
ご本人も、鉄道に関する落語をやりますと宣言して始まる。本編に入ると、東急の社長のもとに息せき切って駆け付けた社員が、東横線が東急電鉄を脱退しJRに寝返った、との報告。ここから東急連合軍とJR軍との戦が始まる。この場面から、下げまで一気呵成、怒涛の戦況が進んでいく。終始ハイテンションで、大汗かいての大熱演。
東京の私鉄事情やちょっとした鉄道豆知識を織り込み、首都圏在住だとより楽しめる内容となっている。駒治師匠のサイトを拝見すると、記念すべき鉄道落語第一作らしい。まさに鉄道落語の原点となった演目なのだ。
何度か聴いているが、その時点での開発の進む鉄道事情が織り込まれ、時世に合うように噺も変化を続けているようだ。そんな変化も楽しめる噺となっている。
金原亭馬生「和歌三神」
膝前は師匠が出演して、主任の高座に向かって盛り上げていく。弟子の主任興行は誇らしいはずだが、そんな表情は見せず、落ち着いていて、いつものように語り始める。
本編は、ノンビリとした雪の風景から始まる噺。駒治師匠の一席と好対照で、その落差が寄席の楽しさ。
商家の主人と奉公人の権助の会話が淡々と進む。この権助の田舎弁は、こってりと強調されたもので、笑いの種となる。この日は馬治師匠の一席も、訛りの強い田舎侍が登場する噺。田舎訛りは馬生一門のお家芸かも。
庭の雪景色に触発され歌を詠んだ権助に触発され、向島まで雪見に出掛ける風流な主人。嫌々ながら供をする権助。道中の会話も楽しい。向島の名所を織り込んだ謳い文句も挟まれ、噺を格調高くしている。
大川端で宴会をしている三人のお菰さんと出会う。その三人が披露する和歌がパロディになっている。歌人の名前は分かっても、本家本元の和歌は分からない。それでも風流さは味わえる。現代では、本当の意味でのパロディの可笑しさを理解することは難しい。でも、雪見に出掛けるなんて風流さを味わえる貴重な噺、いつまでも残って欲しいと思う。
林家正楽 紙切り
相合傘(鋏試し) 松竹梅 雛祭り 花魁
寄席らしいリクエスト、客層が分かる。
金原亭馬玉「井戸の茶碗」
本日の主役、にこやかに登場。客席全体を眺めて、嬉しそうにお礼を述べる。
馬玉師匠の魅力は何と言っても、その笑顔と明るさにあると思っている。どんな演目でも、根底に明るさが流れているので、悲惨さや悪意を感じさせない。登場人物が粗忽者であっても、またずる賢い悪人であっても、その本性の中に良心を感じることができるのだ。それが噺を心地よくさせている。そんな馬玉師匠の魅力が存分に発揮される噺が、この日の演目「井戸の茶碗」なのだ。
登場人物全員が、正直者かつ清廉潔白で善良な人達。それぞれが、身分や職業による価値観に愚直に従っている。また、全員が頑固者でもある。そんな愚直で頑固者同士のぶつかり合いが、この噺の滑稽さを生んでいる。正直さと善良さが混乱を生むという面白さだ。
多くの演者が数多く掛けている有名な噺、大概の落語ファンなら何度も聴いている噺。それでも何度も聴きたくなり、何度聴いても落語ファンを満足させるのは、筋書きの後味の良さがあるからだと思う。しかし、それだけではない。演者による噺のバリエーションが楽しめるからだ。滑稽噺に近寄っているもの、恋愛物として描かれたもの、等々さまざまだ。
そんな中、馬玉師匠の一席は、その明るさという魅力が活かされた心地良いもの。余計なクスグリもなく、端正な一席。
客席のみんなが温かい気持ちになった、そんな一体感を味わえた高座だった。