落語日記 じっくりと聴かせる噺で新境地を切り開いた遊かりさん
三遊亭遊かり独演会vol.9
12月12日 江戸東京博物館小ホール
遊かりさん自ら主催されている独演会。コロナ禍にあっても、今年は4回も開催された。感染症対策に考慮しながら、遊かりさん好みのゲストを呼ぶ形式も維持して、ネタ下ろしにも積極的に挑戦し続けた。今年の9月には、北とぴあ若手落語家競演会で奨励賞を受賞。コロナ禍で苦闘されてる落語家が多いなか、遊かりさんにとっては実りの多い一年だったと思う。
そんな本年の最後の開催となる独演会。ゲストは、落語協会からは初めてとなる柳家小平太師匠。その小平太師匠の正統派本寸法な一席で盛り上がり、会全体の雰囲気も一段と高揚。今回も、遊かりさんのゲスト選びはグッドジョブだった。
桂南之助「初天神」
今回の前座は、桂小南師匠のお弟子さん。「遊かり姐さんの一の子分です」と、ヨイショが上手く、そつがない。
遊かりさんとの出会いは上野広小路亭、前座で「たらちね」を掛けて下りたあと、次の出番の遊かりさんが袖ですれ違いざまに「本当に結婚したいんだね」と声を掛けられたというエピソードを紹介。その言葉、そっくりお返しします、と上手い落ちを付ける。
遊かりさんのように人生経験を重ねてからの落語家転身らしい。口跡鮮やかな正統派でもあり、期待大の前座さんだ。
三遊亭遊かり「だくだく」
まずは、前座さんの紹介。南之助さんは、30才過ぎてからの入門。ご自身の経験から、南之助さんの気持ちがよく分かると。
この一年を振り返り、コロナ禍の中で落語家は霞を喰って生きていた、としみじみと回顧。仕事のない時期は、用もないのにキャリーバッグを引きずりながら、東京駅の構内をあたかも仕事帰りのようにうろついていた。気持ちはまさに、地方から仕事をしてきて帰ってきたつもり。そんな遊かりさんのツモリの話から、本編もツモリの噺。泥棒と長屋の住民のツモリ攻防戦が楽しい一席。
三遊亭遊かり「親子酒」
一旦下がって再登場。二席目のマクラは、客席にチラシも配られている次回の独演会の告知。第十回を迎える記念の会。
そこで、大師匠と師匠がゲストの三代親子会を開催。会場も大ホールに変更。遊かりさん、なかなか気合が入っている。三代親子会は珍しい。大師匠と孫弟子が同じ会に出演できるケースは、そんなに多くない。ましてや、遊かりさんの場合は、四代親子会も実現できるという稀有な状況にある。真打昇進まで、まだ少し期間があるので、その間の大きな行事をしたかったとのこと。楽しみな第十回となった。
遊かりさんの日本酒好きは有名。甘いものは我慢できても、酒は止められない。さすがに、独演会の前は止めている。そんな導入のマクラから本編へ。
さすが、酒飲みの遊かりさんの面目躍如という親子酒。この日の遊かりさんの三席のうち、甲乙つけがたいが、私的今日二番となる一席。
吞みっぷり酔いっぷり、そして酒飲みの卑しさが、酒飲みならでは理解できる心情として表現されている。この大旦那の酔っ払いぶりは見事だった。また、大旦那が女房に帯留めを買ってやるから始まって、帯締め、帯揚げ、帯とエスカレートしていくところは、酒飲みの執念のようなものを感じて可笑しさ抜群。女房が酒を出す切っ掛け作りととしては上手い工夫、遊かりさんらしい工夫だ。
また、酒は天の美禄、塩辛は塩辛屋の親父が考えた、などのクスグリが昔聴いていて好きだった先代文治師の型を思い出させてくれて、個人的に感動していた。芸協の親子酒って感じがして、凄く良かった。
仲入り
柳家小平太「不動坊」
柳家さん若さん時代に聴いて以来だから、真打昇進後は初となる小平太師匠。以前の印象はあまり記憶になかったが、今回聴いて、こんなに上手い落語家だったのかとビックリ。またまた、大変御見逸れしていた落語家さんを発見。これも遊かりさんのおかげだ。
小平太師匠のメクリが出ていない。登場するなり「メクリを忘れました」。こんなアクシデントもツカミの笑い。落ち着いた語り口はベテランの風格。まずは、遊かりさんとのご縁を語る。落語協会からのゲストは初、芸協の若手も大勢いるのになぜ。遊かりさんの答えは、皆さん忙しい。こんなツカミで徐々に観客を掴んでいく。
演目は「野ざらし」を掛けようと思って準備していたら、遊かりさんから前回のトリで掛けましたと。マクラのときに観客の反応を見て、どのネタを掛けるか決められる落語家なんて、そうそういない。いたら、みんな名人です。そんな困惑も笑いにかえ、この前振りながら、見事な一席だった。
登場人物全員が、天真爛漫で感情駄々洩れの様子が可笑しい。この噺の魅力は、登場人物たちの人間の欲や嫉妬の感情をストレートに表現されていることの面白さだと、改めて気付かされた一席。
変わったクスグリなど無いのに、感情表現と設定の面白さで笑いを呼んでいる。小兵太師匠の技量の高さを後輩の前で披露した見事な一席だった。
三遊亭遊かり「たちぎれ」
遊かりさんも小平太師匠の高座に感動された様子。小平太師匠との出会いから勉強会のゲストに来てもらったご縁を嬉しそうに紹介。協会は異なっていても、背中を追いかけていきたい先輩として尊敬されていることが伝わってくる。
トリの演目は、ほぼほぼネタ下しのネタとのこと。これが渾身の一席で、私的今日一番の一席。もっというなら、遊かり独演会の今年一番の収穫だったと思う。これは、遊かりさんにとってターニングポイントとなった一席、新境地を切り開いた一席だったと感じた。
この上方落語発祥の悲恋の噺。笑いどころは少なく、じっくりと聴かせる一席だった。
呑気な若旦那が蔵に閉じ込められる前半部分と、悲劇の後半部分との落差、このメリハリが効いていた。放蕩者の若旦那だと感じさせた前半、その実は小糸に対する真剣な想いをずっと持ち続けていたことが分かる後半。蔵を出てからの若旦那の言動と行動によって、小糸に対する強い想いを伝えてくれた。
蔵から出られた後、真っ先に駆けつけた柳橋の亀清楼で女将と対峙した若旦那。この二人のかみ合わない会話が、それぞれの想いの重さを感じさせる。
特筆すべきは、この女将。小糸の実母でもある。この場面では、遊かりさんはまさに女将そのもの。直接的ではなく、言葉の裏側から女将の悲しみや悔しさなどの感情をにじませるセリフが見事だった。
この場面の二人のセリフは、言おうと考えながら出たセリフではない。遊かりさんが若旦那と女将の了見になって、自然と口をついて出た会話。だからこそ、より心に染み入るセリフとなったのだ。二人の心情と遊かりさんの感情が重なった。二人のこの長いセリフをまったく噛まなかったのが、なによりの証拠。
観客の想像力を喚起するのが落語の魅力。この会話によって、観客の想像力を上手く導いて、二人の感情を伝えてくれた。そんな見事な一席だった。