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落語日記 珍品からメジャーな噺まで持ちネタの多さが魅力の扇辰師匠

鈴本演芸場 9月中席夜の部
入船亭扇辰主任興行 特別企画公演「扇辰ばなし」
9月15日
今席は、入船亭扇辰師匠がネタ出しで得意の演目を披露する特別企画興行を開催。ラインナップを見ると、扇辰師匠しか掛けないようなスペシャルの演目もいくつか上げられている。日程の合ったこの日に出掛けてきた。

前座 春風亭らいち「転失気」

入舟辰乃助「マオカラー」
コロナ禍での落語家の皆さんの苦労話から、後輩の柳家小はださんが「小はだコーヒー」というカフェを開店した話。扇辰師匠も交えた開店初日の騒動を面白可笑しく。
本編は、改作を演ります宣言して、古典落語「十徳」の構成だけ残して現代の服装で「マオカラー」のスーツを題材とする新作を披露。「カコナール」のような日本人の洒落っ気のある命名をいじっていて楽しい。

アサダ二世 奇術
この日も、ロープ、トランプ、前座の助けを借りた風船割りと、ちゃんとやりますの言葉どおりに客席を盛り上げる。

三遊亭歌奴「片棒」
この芝居、早い出番から正統派で本格派の鈴本芸人が登場。まず、寄席で差し障りのない噺としてケチの噺をやります宣言。
本編は、寄席サイズながら金銀鉄の三兄弟が登場するバージョン。見どころは外さず短さを感じさせない凝縮版。お囃子など銀次郎が見せる芸事パートでは、歌奴師匠の得意な咽を聴かせてくれたのは、さすが。

古今亭文菊「長短」
マクラは、気取った雰囲気のいやらしいお坊さんキャラを見せるお約束は健在。
先日のととや落語会で見せた表情とは異なる。やはり、寄席でのスタイルと地域落語会でのスタイルは変えているようだ。
本編は、性格の違いだけで笑わせるという、私的には難易度が高いと思っている噺。短七の江戸っ子ぶりと長さんの気が長いというより行動がスローで優柔不断な性格の違いを見事に描写。二人のタイミング、間の取り方で笑いを起こす。この噺でこんなに笑い声が上がるのを見るのは珍しい。

江戸家猫八 ものまね
定番で安定安心の高座。お家芸のウグイスから始まり、八色鳥、カエル、犬、チャボ、サイ、熊、クラゲという流れ。最後のクラゲは地方公演で小学生からのリクエストに応えた一芸。どんな生物でも物真似して見せる芸人魂をみた。

林家彦いち「長島の満月」
すっかり新作派のベテランとなった彦いち師匠。鈴本の顔付けはある程度固定化しているので、主任をとれる演者が前方に並ぶ豪華メンバーとなることが多い。彦いち師匠は、この日も安定の新作で会場を沸かす。
皆で思い出話をするなかで、あるある話で盛り上がることがよくある、そんな噺をします、と始める。まさに、この噺は、彦いち師匠が学生の頃の経験したことを落語にしたもの。ご自身が鹿児島県の離島で少年時代を過ごした経験から、都会生活の同級生たちと昔話の思い出が噛み合わなず、そのギャップから可笑しさが生まれる。
彦いち師匠の頭から思い出がシャボン玉のように浮かび上がる仕草が、なんとも可笑しい。

入船亭扇橋「高砂や」
仲入り前の大役を、扇辰師匠の一番弟子の人気者が務める。
マクラは、とある結婚式の司会を引き受けたときの思い出深いエピソードから。このときの新郎新婦は、居合道を趣味とする仲間。なので、仲人は居合道の師匠である範士。この範士の出で立ちが、まさに稼業の人そのもので、迫力満点。このときのケーキ入刀も、新郎新婦が気合一閃、日本刀で真っ二つというもの。
そんなマクラから、仲人を頼まれて困っている熊五郎とご隠居の会話が楽しい本編へ。
祝儀として披露する「高砂や」の稽古を隠居に頼む。豆腐屋の売り声を真似てごらん、ではヒデ爺の豆腐屋の売り声でやってみます。と稽古を重ねてもなかなか上手くいかず、隠居はあきれ顔。そんな楽しい稽古風景。

仲入り

柳家小菊 粋曲
小菊師匠の登場で高座が華やかになる。この日は都々逸と両国風景をたっぷりと。

橘家文蔵「夏泥」
膝前は、三K辰文舎のお仲間の文蔵師匠。まずは、落語家は水商売なので縁起を担ぐことが多い、なので楽屋で使う言葉も気を遣うというお話から。そこから縁起が良いとされる泥棒の噺へ。
文蔵師匠の夏泥は、泥棒が人が好いというよりも、あまり深く考えず、直情的に反応して感情に流されて行動するタイプに見える。自分が泥棒なのに、相手が泥棒に入った家の住人という認識より、目の前にいる困っている人と捉えている。そんな状況で、このまま黙って見過ごす訳にはいかない、そんな人間が根底に持つ善の本能に泥棒は突き動かされている。
おそらく、この噺の肝は、どんな悪人でも困った人を助けずにいられないという人間の本性も根底には持っているはず、そんな性善説を可笑しく伝えてくれるところ。そんな肝の部分を強烈に感じさせる文蔵師匠の夏泥だった。

米粒写経 漫才
久々に拝見。この日も居島一平先生の強烈なボケっぷりが炸裂し、爆笑を呼ぶ。変な外国語を駆使し、サンキュータツオ先生に文句を言いまくる。爆笑の連続で客席を満足させたと思うが、膝替わりにしては受けすぎかも。

入船亭扇辰「藁人形」
いったん緞帳が下がり、上がるとともに釈台を前に座っている扇辰師匠が登場。やはり、足の具合がまだ本調子ではないようだ。表情は明るく、釈台を前にして座る経験から感じるお話で会場を沸かせる。
この芝居は「扇辰ばなし」と題する全日ネタ出しの特別公演。この日は「藁人形」という珍品中の珍品。私は生で聴くのは二度目、十年くらい前に、黒門亭の林家彦丸さんで聴いて以来。
この噺は、花魁や願人坊主など、世間の底辺で生きる人達の悲哀や残酷さを痛烈に描いた噺であって、笑い所が少なく、悲惨な筋書きは後味の良い噺ではない。そんな噺なので、寄席や落語会で掛ける演者は少ない。しかし、当時の時代背景や庶民の生活や苦悩を描いたものであり、たとえ受けない噺であっても、後世に残し伝えるべき落語界の財産には違いない。
そんな噺や珍しい噺に取り組み寄席に掛けようという扇辰師匠の取り組みは、落語ファンとしても本当に敬意を表すべきものだ。この取り組みこそ、落語がたんなるエンタメではなく、承継されている伝統芸能であることの本質なのだ。

噺の筋書は、廓に出入りする願人坊主の西念が、信じていた人に裏切られるという辛い思いをする物語。
噺の前半で、花魁になったお熊の西念に対する物言いが優しくて、父親の様に慕っているという言動が扇辰師匠によって見事に描かれる。ここでは、後半で西念が裏切られることになるとは、まったく感じさせない。このギャップが、西念のショックの大きさに繋がる。
終盤で西念の甥の甚吉が登場することによって、辛い物語が救いの物語と変わっていく。傷ついた西念を長屋に訪ねた甚吉は、打ちひしがれた西念の様子を見て、励ましの言葉を掛ける。花魁に復讐するのではなく、叔父さんと二人で花魁を買って金を叩きつけてやろう。この言葉から感じられるのは、甚吉のキップの良さや心意気。この前向きな激励の言葉は、残酷な仕打ちを受けた西念を救う一言となる。と同時に、観客が感じている物語の後味の悪さを、このセリフによって帳消しにされる。西念と同時に観客も救われたセリフなのだ。
この甚吉も博徒であって、喧嘩が原因で入っていた牢を出所したばかりという社会の底辺にいる身の上は西念と同類。それでも、西念の面倒を見ようという優しさも持つ。そんな男のセリフだけに、余計に心に突き刺さるのだ。
珍品ながら、心に刺さる物語を聴かせてくれた扇辰師匠の主任興行だった。

最後にネタ出しの演目を記録しておく。
11日 さじ加減
12日 ねずみ
13日 幾代餅
14日 麻のれん
15日 藁人形
16日 江戸の夢(宇野信夫作)
17日 夢の酒
18日 井戸の茶碗
19日 五人廻し
20日 甲府ぃ

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