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落語日記 悪事を働く噺から、人間の悲しさや可笑しさを伝えてくれた馬生師匠

金原亭馬生独演会(第4回)
6月7日 日本橋社会教育会館 ホール
馬治師匠がプロデュースしている馬生師匠の独演会。前回までは江戸東京博物館の小ホールで開催していたのだが、この会場が大規模改修工事を行うことになり本年4月1日から令和7年度中まで全館休館となってしまった。そこで、今回から新たに、この会場をホームグランドとして開催していくこととなった。馬治師匠が企画しているので、馬治丹精会と一緒に、この会場へ引っ越してきたのだ。
 
回を重ねて、今回は4回目。前回までは裏方に徹していた馬治師匠も、今回は出番が回ってきたようだ。今回は馬生師匠が「文違い」をネタ出し。珍しい噺を馬生師匠で聴ける貴重な機会。今回も、設営や受付のお手伝いをさせてもらいながら、客席で鑑賞できた。この日も、馬生師匠のご贔屓さんで盛況となった。
 
7月上席は、毎年恒例の馬生一門が中心となって茶番が披露される浅草演芸ホールでの馬生師匠主任興行が控えている。今年は、7月中席が末廣亭で馬生師匠の主任興行と続き、馬生一門の皆さんにとっては忙しい7月となる。
 
金原亭駒介「真田小僧」
一門唯一の前座なので、一門の会では欠かせない存在。寄席や一門の会で鍛えられている。
 
金原亭小駒「無精床」
小駒さんは3月の池袋演芸場での三木助師匠主任興行で拝見して以来。小駒さんも、一門の師匠や兄弟子たちが主任を務めるときの寄席の前方で出演する機会が多い。
この日は、師匠もときどき掛ける演目。ぶっきら棒でいい加減な床屋の親方と、いやいやながら剃ってもらう客の対象的な表情が上手い。なかでも、嫌なら帰ればいいのに、べそかきながらも整髪してもらっている、どうみてもマゾな客が可笑しい。いじめられ役が似合っている。
 
金原亭馬治「片棒」
この日は裏方だけではなく、表舞台に立った馬治師匠。馬生師匠のご贔屓さんからも可愛がられている馬治師匠。なので、観客の皆さんは暖かく馬治師匠の高座を聴いている。マクラは、お馴染みの「蟹と入れ歯」で、これも受けていた。
噺も十八番中の十八番。ただし、師匠が主役でトリに控えている前方なので、どこか笑いどころも抑え気味。馬生師匠の高座が盛り上がるための、下ごしらえのような一席。
 
仲入り
 
金原亭馬生「文違い」
私はこの噺が好きなのだが、なかなか聴く機会の少ない貴重な噺。そう感じていたが、今年4月30日の入船亭扇蔵師匠の独演会で聴いてから、一ヶ月くらいで今度は馬生師匠で聴けるという幸運。志ん生、先代馬生と語り継がれて来た噺。当代馬生師匠も引き継がれているという嬉しさ。そんな期待感満々で、客席で待っていた。
 
馬生師匠のマクラは、噺に関連する予備知識、時代背景などの薀蓄話が楽しいのだ。
この日は、「素見(ひやかし)千人、客百人、間夫が十人、地色(いろ)一人」という言葉を紹介。遊廓にやって来る客のうち、一割が店に上がる客で、残り九割は素見客(ひやかしきゃく)。そして客のうち、馴染みとなって通ってくる上客となるのは、そのまた一割。そして、遊女が本当に惚れる情夫となるのはたった一人。この言葉をネットで調べると、解説付きで出て来た。ネットでは「地色一人」と書いてあったが、馬生師匠はたしか「恋一人(こいひとり)」と仰っていたようだ。
この言葉は、まさに、この噺の主人公である内藤新宿の飯盛り女お杉の心境を言い表している。色恋の手練手管で男を騙すのが商売の遊女が、心底から男に惚れるという切ない噺なのだ。上手い導入のマクラ、さすが薀蓄の深い馬生師匠。
 
騙し騙されの噺は、登場する悪党が憎めないのがいい。悪事が笑い話となり、悪党への憎しみが軽減される。この点でも、軽妙で明るい馬生師匠の芸風が活かされた一席だった。
この噺の主役遊女のお杉は、客を捕まえる為の、商売の為の手練手管というより、その客を騙して金銭を騙し取るという、まさに悪事を働く。しかし、その悪事の動機が、自身の恋愛感情であるという切なさ。この噺は騙す方も騙される方も、結局は色恋沙汰によって騒動が引き起こされている。惚れた弱み、嫌われたくないという恋愛感情の悲しさに尽きる。
この悲しさを可笑しさに変える象徴的な場面がある。お杉が客の男たちを騙すため、手練手管を見せるところ。すねて怒って要らないと突き返し、結局、客側が謝って金を受け取ってくれと懇願する。それじゃあ、と渋々受け取り、お杉の方からも謝る。お杉がこの小芝居を繰り返し、これが笑いを呼ぶのだ。二人の客から金を巻き上げたのと同じような詐欺の手口で、お杉自身も男から金を巻き上げられてしまう。観客はこの場面で、お杉も男に騙されていることに気付く。この同じパターンが繰り返される騙される場面が見せどころであり、笑いどころだ。
まさに、柔らかく軽やかな語り口の馬生師匠ならではの、人間の悲しさと可笑しさを伝えてくれた一席だった。

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