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落語日記 小さな地域寄席を大いに盛り上げてくれた扇辰師匠

ととや落語会 再開テスト公演 入船亭扇辰の会
1月23日 下板橋駅前集会所
板橋のお寿司屋さん「ととや」の親方主催の落語会。落語好きな親方が趣味と実益を兼ねて開催していた落語会だが、2019年9月1日に開催して以来、しばらく休止していた。
前回開催された2019年はコロナ前。その年の暮れから会場が改修工事に入り、その関係で2020年3月に第50回を開催する予定になっていた。ところが、2020年の年明けからコロナ禍が始まり、しばらく開催できなくなってしまった。
昨年、年末に向かって感染状況が落ち着いてきたので、親方は今回の開催を決めたようだ。その後、オミクロン株の感染が拡大してきたので、いつも楽しみにしてきた親方特製のちらし寿司の弁当を無しにして、会場での飲酒も禁止という制約を設けての開催となった。なので、今回は公式の第50回ではなく、再開に向けたテスト公演という位置付け。今回の成功から、次回が弁当・飲酒有りのいつものスタイルに戻して、第50回の記念の回となるようだ。

ととや落語会ファンとしては、2年4ヶ月ぶりの再開に、どんな形であれ開催できて良かったと大いに感激して、仲間2人と共に参加してきた。
会場では、食事は無いが座卓の前に間隔を空けて座布団の座席が配置されている。また、開演前は、窓や扉を開けて換気されていたので、会場はかなり寒い。これも、感染症対策のためには致し方ない。しかし、常連さんを中心に、会場にあふれる再開を喜ぶ空気は熱い。

この会の楽しみのひとつは、親方の前座芸。開演前に親方に芸の披露はあるんですか、と尋ねたところ、やりますとのお返事。これを聞いて、ととや落語会が戻って来たんだなあと感慨深かった。
さて、開演時間になり、金髪にギターを抱えてアメリカ国旗のマスクをした親方が舞台に登場。おおっー、親方得意のギター漫談のキャラ、アイダホから来た奇妙なアメリカ人のジョージだ。再開前の前回も、親方の芸はこのジョージのギター漫談だった。このキャラを見て、常連さんたちも、ととや落語会が帰ってきた、と実感したに違いない。
得意の喉で、おふくろさんの替え歌で「オミクロさん」を熱唱。アメリカ人が演歌を歌う可笑しさ、歌詞の馬鹿馬鹿しさ、コロナ禍による無念さ、そんな感情が演者と観客が共有した時間。そして最後はお馴染みの十八番「なごり寿司」。
親方も含め、常連さんたちも、この空間にいられることの有難さを嚙みしめた前座タイム。
親方が下がると同時に、出囃子のCDが流れる。ととや落語会名物の下手っぴ出囃子の生演奏ではない。いつもの出囃子のお姐さんは欠席のようだ。
この会の名物は、お手伝いのお姐さんが生演奏する出囃子。これが、かなりたどたどしいので、出演者は皆、ズッコケながら登場し、出囃子をイジルというのが毎度お馴染みの光景。これが聴けないのは、淋しいかぎり。

入船亭辰ぢろ「金明竹」
扇辰師匠の弟子の前座さん。久しぶりに拝見。
挨拶からのマクラ、前座さんでもこの会では短いマクラを振る。なんだか初々しい。師匠からはジロと呼ばれている。先日は「ジロ、散歩に行くぞ」と、何だか犬になった気分。
前座らしい一生懸命な金明竹。小僧の松公が脳天気で明るさ満点。

入船亭扇辰「天災」
再開第一弾の出演者は、ととや落語会のレギュラーメンバーの扇辰師匠。初出演以来、出演のたびに親方やととや落語会をイジってくれていて、常連さんたちからも人気の高かった扇辰師匠。扇辰師匠の毒舌からは、師匠がこの会を大事にしてくれていることが観客に伝わっているのだ。親方も再開にあたっては、是非、扇辰師匠からという思いがあったはず。そんな親方や客席の思いが爆発したかのような満場の拍手が鳴りやまないなか、しずしずと扇辰師匠が高座に上がる。

嬉しそうな表情での「帰って参りました!」の開口一番の挨拶に、客席は大盛り上がり。
そして長めのマクラは、この会や客席をイジルお馴染みのもの。これが毒舌ながら、扇辰師匠と客席をより強く結びつけ、一体感を生むのだ。
今回はいつもと違って演りやすい、なぜなら客席で誰も酒を飲んでいないから。いつもは客席で酒を美味そうに飲みながら聴いている。こっちは仕事をしてるんだ。このコロナ禍での制約を笑いに変え、毒づかれた客席が大喜び。
また、出囃子が生演奏でないので寂しい。いつもの出囃子が聴きたかった。こんな毒舌ながら客席の共感を呼ぶプライベート感あるマクラで、客席を一瞬で掴んでしまうのは、さすが。
一席目の本編は、極端な江戸っ子が大暴れする滑稽噺。この日を待ちわびて前のめりになっている客席は、奇妙な江戸弁と江戸っ子の奇行に爆笑の連続となった。
扇辰師匠の、換気の為に休憩しましょうと、気遣いの言葉で仲入りへ。

仲入り

入船亭扇辰「二番煎じ」
二席目は、この季節にピッタリの冬の風景を描いた噺。夜回りをめぐる商家の主人や町内の住民たちの大騒ぎを、表情豊かに見せてくれた。
この噺は、同じ場面に複数の人物が登場するので、それぞれの人物を演じ分けるのは難しいと思われる。特に、商家の旦那同士の上下関係を感じさせるのはかなりのテクニックが必要ではと、素人ながらこの噺を聴くときにはいつも感じている。この点でも、扇辰師匠は、夜回りの長となる商家の旦那を、貫録を持って見事に表現。

そして、この噺の聴かせどころは、冬の夜の寒さを人物の行動で感じさせてくれるところと、その対極にある熱燗と猪鍋による宴会風景だ。夜道を連れ立って夜回りする一の組の、芯から冷え切った身体。火の用心を呼び掛けるどころか、一刻も早く番小屋へ帰りたい。そんな震えるような冬の夜の寒さを伝えてくれる熱演。
番小屋に戻ってからは、熱燗と猪鍋の宴会風景を一人ずつ丁寧に描く。食事も酒類もない会場では、皆が涎を飲み込んだことだろう。終演後に扇辰師匠からの挨拶。この噺を聴き終わったあと、お客さんは必ず帰りに一杯やりたくなりますが、今日は大人しく家でお飲みください。これは、扇辰師匠ならではの、この噺のもう一つの下げだ。

完全な形での再開ではなかったことは、おそらく親方が一番悔しかったはず。それでも、扇辰師匠を呼んでもらったことにより、親方が再開を盛り上げた一番の立役者となったのだ。

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