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落語日記 小朝師匠が企画力を発揮した小満ん師匠主任興行

鈴本演芸場 4月下席昼の部 ~小満んと小朝のたっぷり寄席~
4月28日
なかなか落語を聴きに行けず、落語フラストレーションが貯まった4月。黄金週間の前半の一日、なんとか寄席に駆け込み、やっと今月3回目となる落語体験。少し間が空いただけでも感じる落語のご無沙汰感に、我ながら呆れる。
鈴本演芸場4月下席昼の部は、「小満んと小朝のたっぷり寄席」と題した特別興行。これは前半は通常の寄席の番組なのだが、仲入り後は春風亭小朝師匠と柳家小満ん師匠が30分ずつ口演するW主任という特別な構成で開催された。小朝師匠のブログの表現を借りると、前半は寄席の、後半はホール落語会の雰囲気を味わえるという番組となっている。
そもそも、寄席の興行においてW主任という興行形態は滅多にない。鈴本演芸場では、先日開催された高座舞においての馬生・小馬生主任興行や、若手真打として馬治・馬玉主任興行など過去にW主任興行は行われているが、これらはみな同じ一門内での組合せだし、さん喬・権太楼の名物となっているW主任興行もあるが、これはお盆休みの時期に行われる鈴本夏祭りという例外中の例外として開催されている。
鈴本演芸場としても黄金週間の入口に掛かる4月下席は、集客を期待できる時期であり、この時期の企画や顔付けもより盛り上がるよう工夫を凝らす番組作りを心掛けるはず。なので、この4月下席の特別興行も、そんなヒットを狙って企画されたのだ。

そこで、ここからは私の勝手な推測。
持ちネタの多さや歴史や文化などの周辺知識の多さとその知識を惜しみなく伝授してくれることから、多くの後輩落語家から尊敬され慕われているのが小満ん師匠。そんな小満ん師匠とW主任を務めるには、人気と実力だけではなく落語界におけるそれなりのポジションが必要なのではと思う。落語家は香盤という序列社会にいる。序列の上の者も下の者もお互いに気を遣うので、W主任の片方を務めるときの相方選び、その顔付けはなかなかに難しそうだと想像する。なので、今回のW主任は小満ん師匠と小朝師匠との双方が納得しなければ実現できなかったはずなのだ。
そんな難しいと思われる企画を成立させたたのは、おそらく小朝師匠のプロデュース力の賜物と思われる。主任のプライドを考えると、席亭側からこの組み合わせを提案したとは考えづらい。やはり、先輩を立てながらご自身との絶妙なコラボ効果を考えた小朝師匠が企画したと考えれば得心が行く。
通常興行の形態ではなく、小朝師匠の敬愛する先輩の小満ん師匠が主任として登場し、小朝師匠は口演時間は主任と同等ながら、クイツキ兼ヒザマエという香盤で組んだ顔付け。この芝居の主任主役はあくまでも小満ん師匠であって、小朝師匠は膝前の出番であって持ち時間のみが主任相当という考えられた上手い構成なのだ。

小朝師匠は、歌舞伎とのコラボやAKBなど様々な分野での公演を企画されてきているが、寄席の世界においても四代目桂三木助二十三回忌追善興行や五代目春風亭柳朝三十三回忌追善興行などをプロデュースし成功させてきた。そんな小朝師匠だからこそ、今回の特別興行を企画し開催できたものと推測できる。
仲入り後は、落語協会では人気実力ともにトップクラスの漫才コンビのロケット団を間に挟み、芸風がまったく異なる小満ん師匠と小朝師匠がたっぷり語ってくれるという夢のようなコラボレーション。そんな画期的な特別興行を寄席ファンとしても見逃す訳にはいかない、という訳で出掛けてきた。
仲入り前の出演者の皆さんの高座からも、お祭りの渦中にいるような高揚感が伝わってくる。特別な寄席であることを意識されてのテンションアップ。満員の客席にも、期待感ワクワク感が充満。よく笑う反応の良い観客の皆さんが、演者の口演を一層盛り上げたのだった。

番組

江戸家猫八 ものまね
途中入場

春風亭柳枝「棒鱈」
活きの良い若手真打として寄席で活躍中の柳枝師匠。人気者揃いの顔付けに抜擢されるのはさすが。
マクラの浅草演芸ホールでの掛け声の「お前は誰だ」から、こんな口演中の邪魔を「故障が入る」との上手い前振り。定番の演目をメリハリを付けて寄席サイズに上手く構成。抜擢に応えた好演。

隅田川馬石「鮑のし」
こちらも寄席でよく聴く定番の演目を馬石スタイルを目一杯発揮した一席。
甚兵衛さんの間抜け具合が可愛いのと、周囲の人たちの甚兵衛さんを見守る視線が暖かい。本来は怒るべき地主までも、祝いの品に怒り出す前に、甚兵衛さんの祝いの口上に辛抱強く付き合う。ここまで甚兵衛さんに優しい鮑のしは初めてだ。これが馬石スペシャル。

のだゆき 音楽
ピアニカとリコーダーで定番ネタながら、演奏自体が見事なので、この日の客席も大受け。この歓声が出演者の熱演を引き出している。

むかし家今松「開帳の雪隠」
仲入り前の出番には、古今亭の重鎮が顔付けされている。今松師匠の芸風は、小満ん師匠と共通点があると感じている。それは、自分の芸を観客に押し付けて楽しませるのと対極にある芸風で、観客の意識や集中力を自分の側に引き寄せて、観客の想像力を目一杯喚起して噺の楽しさを伝えるという芸風。登場人物たちの会話は感情をことさら強調することがなく、情景描写も必要最小限。それでいて登場人物の感情や情景が伝わってくるという高座なのだ。この芸風を代表するお二人が小満ん師匠と今松師匠だと感じている。
また、お二人とも他の演者が掛けない珍しい噺にも挑戦されているし、マクラなどで語る演目にまつわる歴史や文化の薀蓄話で感心させられるというのも共通点だ。そんな落語家としての姿勢が、後輩からも尊敬を集め慕われている所以ではないかと思う。そんな観点から、この芝居の顔付けに選ばれたのだろうと推測する。
この日の今松師匠の一席も珍しい演目。昔の旅の目的は神社仏閣詣りという話から、御印紋を額に押してもらうと天国に行けるという信仰や神社仏閣が江戸の街に出張ってくる出開帳の説明を経て、芝山の仁王様の出開帳で賑わう両国の回向院という噺の舞台へ。こんな歴史的背景の前振りによって、噺の舞台が一気に目の前に広がるのだ。
その門前の老夫婦が営む小さな駄菓子屋、人混みで賑わっているのに雪隠を借りに来る者ばかりで商売上がったり。そこで、店主の爺さんが知恵を働かせて儲けたという下げが楽しい長閑な噺。今松師匠の語り口がピッタリ。

仲入り

春風亭小朝「中村仲蔵」
仲入り前の今松師匠の出番から、ホール落語会の雰囲気を感じて後半に突入。登場するとともに、高座が急に明るくなったように感じるのは、小朝師匠が発するオーラによるものだろう。
満員の観客に目を配りながら、歌舞伎と落語の大きな違いは観客。そんなマクラで客席が一気に盛り上がる。しかし、この後に続く話を聞いていると、ディスっているのは歌舞伎の観客の方。寄席の観客を持ち上げて、その後また落として爆笑。まさに、小朝師匠は自由自在に客席を手玉に取っている。
歌舞伎役者とも親しい小朝師匠ならではの、玉三郎丈から聞いたエピソードなどを聴かせながら、噺は歌舞伎の世界に入っていく。ところどころ早口になり固有名詞など聞き取りにくいところもあったが、歌うようなリズミカルな語り口を聞いていると、流れるようなセリフに身を任せる心地よさを感じて、細かい固有名詞など、どうでもよくなってくる。
いつの間にか始まっている本編は、名優と言われた初代中村仲蔵の噺。団十郎に可愛がられたエピソードなど、本編に細かく挟まれる役者の蘊蓄や小噺が楽しい。これも脱線ではなく、計算された流れの本流の一部。
師匠にあたる役者や座頭、座付の作家など登場人物たちの関係性や人間模様が面白い。舞台の裏側で繰り広げられる役者の苦悩や嫉妬、芸に対する執念や後悔が、仲蔵を中心とする登場人物それぞれの関わりで伝えてくれる。どの人物も魅力的なのだが、特に仲蔵の女房が役者の妻らしさ、また夫の芸の理解者として愛情深く描かれている印象を受け、私的一番好感を持った人物だ。
そんな楽屋裏のドラマが本流なら、歌舞伎役者たちが噺の中で見せてくれる芝居の描写も見事な支流。芸達者な小朝師匠らしい歌舞伎役者の演技の表現。それもじっくり時間をかけて見せてくれた。鈴本演芸場の高座が歌舞伎座の舞台に早変わりしている。
この本流と支流が交錯しながら、物語が進行する。まさに、小朝落語の完成形を見た思いだ。

ロケット団 漫才
いつもと変わらない毒舌ネタにもドカドカ受ける満員の観客。見慣れた寄席ファンもつられて笑ってしまう。芸風の違いを区切る色物効果抜群、良い仕事をしたロケット団。

柳家小満ん「猫の災難」
高揚している客席を静めるかのようにゆったりと登場。静かに淡々と語り始めるところはいつもの小満ん師匠。マクラでは、膝替わりのロケット団をイジルところから。歌人の若山牧水の名前が登場したときは、ちょっとびっくり。その作品とともに牧水が酒豪だったというエピソードを紹介。さすが、小満ん師匠らしいマクラ。
そんなインテリ風のマクラから、始まった本編は酒に意地汚い長屋の熊五郎が呑みたいという感情をストレートに爆発させる一席。その欲望のストレートな表現は、マクラでの知的で冷静な小満ん師匠の様子とのギャップを生み、それが可笑しさを倍増させている。
この噺は、熊五郎一人が酔っ払って自制心を無くしていく様子がほとんどの場面を占めるという難しさがある。酒飲みならず飲めない観客にとっても、酒に負けて欲望が抑えきれなくなっていく描写で可笑しさを感じたはずだ。極端に酔っ払いの喋り方になっていないのに、じょじょに酒に負けていく熊五郎の描写は、見事と言うしかない。
小朝師匠と違った手法ながら、満場の観客の心を掴んだ小満ん師匠の一席。小朝師匠との芸風の違いを感じさせるからこそ、お二人がタッグを組んだ本芝居のコラボとしての効果がいっそう発揮されたと言える。
久々の寄席で、この日のような高座と出会うことが出来て、本当に寄席の神様に感謝したい。

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