落語日記 二之席は、お得な寄席なのだ!
鈴本演芸場 正月二之席夜の部 柳家喬太郎主任興行
1月13日
寄席の世界では、二之席までが正月特別興行とされている。初席(はつせき)は、新春を寿ぐ特別興行として、各協会に所属する演芸家が総出演する特別な番組として開催されている。ここでは、一人5分ほどの出演時間で次々と交替していくので、主任以外はマクラや小噺、せいぜい短縮版の噺を掛ける高座が続いてく。要は、顔見世興行のお祭りなのだ。これはこれで正月気分が味わえて楽しいのだが、普段の寄席のように、落語の演目自体をじっくりと楽しむことは難しい。
ところが、同じ正月特別興行でも、落語協会の二之席は、出演時間や出演者の数が通常の寄席興行と同じとなっている。その代わりに、出演者が人気者揃いの豪華メンバーとなっており、ここで正月特別興行らしさを見せている。人気者の落語をじっくりと聴ける二之席は、落語ファン寄席ファンならご存じのとおりの、お得で狙い目の寄席なのだ。
なので、この日も主任が喬太郎師匠であることも手伝って、満員の人気となっていた。出演者も、みな主任を務めるような人気者が勢揃い。二之席に顔付けされるということは、人気者の証しでもある名誉なことなのだ。
林家十八「転失気」
前座は、この日に出演される林家きく麿師匠の弟子。初めて拝見。落着きのある高座ぶりは大物の予感。
三遊亭わん丈「國隠し」
二ツ目枠は、真打昇進記念として林家つる子さんと交互出演の顔付け。登場するなり「待ってました」の声掛けあり。さすがの人気。マクラも。二人のお嬢様のお年玉の話、楽屋での後輩前座の貫いちさんとの会話など、次々と笑い声を巻き起こし客席を一気に盛り上げる。
本編は新作、ご自身の出身地の滋賀県と妻の出身地の埼玉県のマイナーさからくる劣等感を表現した一席。私がこの噺を初めて聴いたのが、2015年5月。調べたら、当時わん丈さんはまだ前座だった。その頃に映画「翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~」のモデルのような噺を自作して披露していたとは。わん丈さんの凄さは、すでに前座時代から発揮されていたのだ。
寒空はだか 漫談
初めて拝見するはだか先生。調べると、昨年8月から落語協会の準会員となられたようで、これからも寄席で拝見できるようになった。
ときおり歌を披露しながら、所々で毒を吐く。森本レオの物真似ネタ、タワーの歌、大阪万博をディスる歌など、次々とネタを繰り出す。
ご自身は埼玉県草加市出身で、埼玉県にはご当地ソングがないが、ライバル県の千葉にはある。その違いは、海があるかないか。そんな地域イジリは前のわん丈さんの一席から続く流れ。落語ならツクところだが、漫談なので違和感はない。地元ディスリ話は、笑いのカテゴリーとして確立しているようだ。
春風亭正朝「蔵前駕籠」
にこやかな表情で新年のご挨拶、二之席が正月興行であることを実感できるマクラ。二之席寄席の高座が似合う正朝師匠だ。
旅の話から、江戸の頃の交通手段として駕籠の話。蜘蛛駕籠も得意な正朝師匠なので、どっちかなあと思っていると、幕末の動乱で吉原通いの駕籠の客を狙った追い剝ぎが横行していたとうマクラ。蔵前駕籠の方だった。本編は、とんとんとテンポ良く、威勢のいいセリフの応酬で進んでいく。本編自体の本来の口演時間は短い噺なのだが、途中で挟まれるエピソードが楽しいものとなっている。
古今亭文菊「権助提灯」
お馴染みの独特の奇妙な歩き方、澄ました表情はいつもどおり。自虐的なマクラもこの日は少しおとなしめ。文菊師匠の華やかな雰囲気はお正月気分にぴったり。
「やきもちの噺をします」と宣言して始まった本編。腹に一物をかかえた女将とお妾さん。この登場する女性陣の微妙な表情は、文菊師匠の得意技。この二人の女性陣が見せるエアバトル。悋気と相手に対する対抗意識、優越感なのか負けん気なのか、そんな感情が大旦那に対する態度の裏に見え隠れする。そんな描写は絶品。そして、そんな女性陣に翻弄される大旦那を嘲り笑う権助は、我々観客の気持ちを代弁してくれる。情けない大旦那に同情する余地はない。悋気の怖さをきっちり伝えてくれた文菊師匠。
風藤松原 漫才
久々に拝見したが、落語協会の定席にすっかり馴染んでいるようだ。
この日のネタは、高校教師になりたかった風藤先生が教師役、松原先生が生徒役で見せる授業風景。ことわざの上の句に正解の下の句を付けるというもの。この松原先生の解答が馬鹿々々しくて大受け。私もかなり笑わせてもらった。落語協会の色物に、新たな宝が生まれたようだ。
林家きく麿「ロボット長短」
淡々と語るマクラから、不思議な可笑しさを発散している、きく麿師匠。
この日の演目は、柳家はん治師匠が興味を持ったネタだそう。稽古を付けて欲しいとまで言われたそうだが、長短は柳家の魂の噺なのでやめろと先輩に止められたそうだ。はん治師匠の普段の高座や長短を知っている落語ファンにとっては、想像できるだけに笑えるエピソードだ。
そこから入った本編は、まさに「長短」の気の長い長さんに当たるのがロボットとの設定になっていて、長短同様の会話で進行する噺。気の長い様子をロボット特有の動きで表現する。いちいちウィンウィンと音を立てて、かくかくとした動きを見せる。短七さんじゃなくても、かなりイライラするだろう動き。相手がイライラすることをロボットにさせることで、逆に不自然さはない。
饅頭を取り出すところや、油を差すと滑らかに喋ったりと、ロボットならではの設定が長短とは別の可笑しさを生む。良く出来た噺、はん治師匠でなくても感心する。
隅田川馬石「金明竹」
仲入り前を任されたのは若手人気者を代表して馬石師匠。マクラ短く始まった本編は、なんと金明竹。元犬もそうだが、なんてことのない前座噺を爆笑を呼ぶ一席に変えるのが馬石師匠の得意技。この一席では、小僧の松ちゃんと女将の対話が見せどころ。
使者の口上を聞いてもよく理解できない二人が、何とか思い出そうとする会話で笑わせる。馬石師匠の口上は、松ちゃんや女将がどう聴こえたかを再現するような、やや不明瞭で早口なもの。観客も何を言っていたのか分からないという感覚を味わい、二人の気持ちが伝わってくる演出。
そんな口上でも、必死に思い出そうとする女将とどこか抜けている松ちゃんのかみ合わない会話が爆笑を呼ぶ。「忘れたことも、思い出そうとすれば思い出せる」と松ちゃんや自分に何度も言い聞かせる女将。大旦那の質問にも頓珍漢な答えを繰り出す女将が、可愛くみえる。
圓朝ものなどの重厚な演目にも挑戦する一方で、こんな前座噺で軽妙な語り口で笑いをとる一席も見せてくれる。まさに、人間国宝の雲助師匠と同じように幅の広い芸風を見せてくれた馬石師匠なのだ。
仲入り
金原亭駒介さんがロビーで、能登半島地震の義援金募金箱を持って募金活動。
林家八楽 紙切り
花嫁(鋏試し)・酒吞童子・ゴジラ(-1.0の名場面)・雷門
クイツキは色物の紙切りから。八楽さんは初めて拝見。語り口が師匠でもある父親に似ている。風貌はあまり似ていないのに、芸風が似ているという面白さ。ゴジラの注文に、最近観に行った映画の好きな一場面を切りますと言って見事なゴジラを切ってみせた。こんなマニアックなところも父親似だ。
橘家圓太郎「桃太郎」
膝前は、好みの圓太郎師匠という嬉しい顔付け。独演会「圓太郎噺」に通っていたが、最近はご無沙汰している。久々に拝見すると、少し太った印象。
マクラでは小学6年生のお嬢様の話題。圓太郎師匠はマクラでよくお嬢様の話をされる。歳の離れたお嬢様で、可愛くてしかたがないのだろう。この日の話は、娘には目標を自分で見つけさせたい、そう願っていると、まさに父親の顔を見せる。大谷翔平の例を出し、娘に自分との違いを考えさせた。一日考えて出した答えが「親が違う」。さすが、圓太郎師匠のお嬢様。
そんな圓太郎親娘の会話が、桃太郎のいい前振りになっている。後半の生意気な子供の様子がダブって見えて、可笑しさも倍増。
ダーク広和 奇術
ダーク先生は、和服姿で登場。日本伝統の手品である「柱抜け」という芸を披露。海外ではサムタイと呼ばれる同様のネタがあるらしい。
お手伝いに十八さんが登場し、ダーク先生の両手の親指を重ねて、こよりで強く縛る。この状態で、両手の輪の中にステッキやリングが入るというマジック。
膝替わりなので、このネタ一つで盛り上げて、最後に衣装の早変わりを見せてさっと高座を下りる。かっこいい。
柳家喬太郎「社食の恩返し」
釈台を前に座る喬太郎師匠のお姿は、今や違和感のない風景と思えるようになった。昼の部の主任の一之輔師匠と並び、喬太郎師匠は落語協会を牽引している人気者、そんな人気者が主任を務めるのが二之席。
この日は、昼間に岐阜県可児市で落語会の仕事を終え東京へとんぼ返り。最近は遠隔地でも、日帰りの仕事が多いそうだ。この歳になると、これが体力的にきつい。歯磨き粉の最後の一回を絞り出すように、今日も残りの力を振り絞っている状況です。そんな嘆きのマクラから始まったが、本編が始まると、弾け具合はいつもどおりの元気な一席。
最前列に小学校4年生の男の子。何年生?と話しかける優しさ。彼はきっと将来のご贔屓さんだ。
社員食堂を略して社食、この言葉を最近はあまり聞かなくなったように、社食の存在自体も無くなってきている。そんなマクラに登場した社食として、国立劇場の中にキャストやスタッフ向けの食堂があったというお話。
メニューがラーメンやカレーなどの気の置けない普通の料理というところが、喬太郎師匠には気に入っていたようだった。国立劇場再建後も是非、残して欲しい。それも、せっかくなので国立劇場らしさあふれる食堂を。この提案が、馬鹿々々しくて楽しい食堂。実際に在ったら行ってみたい食堂だ。この話を聞くのは二度目、この食堂はよっぽど思い出のある場所だったのだろう。
本編は、社食が無くなることになり、調理を担当してきたおばちゃんに若手社員二人が恩返しで送別会を開いてご馳走をしようと奮闘する筋書き。
この送別会が、一人の社員の故郷である北海道の道東地方の名産物を利用したもの。これが地元の人しか知らないような食材のオンパレード。マリモの天ぷらに至っては、食べていいのかという料理。この若者の奇妙な料理が、おばちゃんに対する感謝の気持ちを強く伝え、おばちゃん同様に観客も胸が温かくなる人情噺となっている。爆笑の中に、感情の機微を伝える喬太郎師匠らしさあふれる一席。
人気者の熱演のオンパレードで、この日も二之席を狙って駆け付けた大勢の落語ファンを満足させたことだろう。