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落語日記 落語協会の人気の新作に挑戦された遊かりさん

三遊亭遊かり独演会 vol.14
3月12日 お江戸日本橋亭
毎回通っている遊かりさん主催の独演会。遊かりさんが尊敬している背中を追いかけていきたい真打をゲストに迎え、その胸を借りて腕を磨こうというコンセプト。
その尊敬している先輩である今回ゲストは、落語協会の新進気鋭の真打、春風亭柳枝師匠。柳枝師匠の綺麗な本格本寸法の芸風から、遊かりさんの目指す芸風の幅広さを感じる。また同時に、本格派の背中を追いかけたいという遊かりさんの落語に取り組む姿勢も伝わってくる。今回の独演会は、ネタ出しはない。どんな演目が飛び出すか楽しみだ。
 
立川幸路「まんじゅう怖い」
この日の前座は立川談幸門下の幸路さん。前座さんらしからぬマクラから始まる。
この日の午後7時からWBC1次リーグでの日本の最終戦となるオーストラリア戦がある。プロ野球ファンの幸路さんは、今回のWBCを楽しみにしている。そんなWBCの最中に、遊かりさんから仕事の依頼があり、えーっと思いながらも遊かり姐さんの依頼は断れなかったと、正直な告白に会場大受け。
WBCより遊かり姐さんが大事です、そんな取って付けたような言葉を聞いて、楽屋から顔を出した遊かりさんによって更に盛り上がる。
こんな風に、本編前のマクラで盛り上げる前座さんは珍しい。WBCが気になる観客の気持ちに触れたタイムリーさと、幸路さんの人柄がにじみ出た絶妙なマクラで、会場も一気に盛り上がる。幸路さんがこんなマクラを語れたのも、後輩に優しい遊かりさんのフランクな雰囲気によるものと言えるだろう。
 
三遊亭遊かり「強情灸」
足を怪我されたようで、この日は袴姿。高座に枕のような正座用の合曳が置かれる。まずは、この状況の説明から始まるマクラ。
怪我の訳には触れず、その怪我による状況の変化をネタにしたお話。自分の正座イスは、二ツ目用で安いものを使ってます。これを使うと座高が高くなるので、見え方の変化を心配されている。
地元の十条には、整骨院や医院が多い。そんな中で診察を受けた整骨院や医院でのエピソードが、自虐ネタで可笑しい。電気治療を受けた際に、痛みの限界を調べる検査を受け、その限界を超えた痛さに、思わず悲鳴を上げた。聞いているだけで、こちらも痛さを感じる話。そんな治療における我慢のエピソードから、同じテーマの演目へという上手い流れ。
まずは、基本の形を崩さない滑稽噺の一席からスタートさせた。辛い治療を我慢する話題は、世間でもよく見聞するところ。ご自身の怪我による治療のリアルな体験談を聞かせたうえでのこの演目は、なかなかに効果的。お灸の熱さを我慢する表情は、怪我の治療を受ける遊かりさんとダブって見える。
ご自身の治療の体験からこの演目を選ばれたのなら、その選択自体がグッドジョブ。文字通り怪我の功名、転んでもただでは起きぬ芸人魂の表れだ。
 
三遊亭遊かり「ぐつぐつ」
袴姿なので、着替えに時間がかかるようだ。着替えの時間稼ぎの繋ぎ役に幸路さん再登場。そこでも、WBCより遊かりさんに会いたかったと、相変わらずの言い訳をネタに繋ぐ。
足を怪我されているうえに袴での早着替えは大変そうだ。一席ごとに着替える律義さは遊かりさんらしさ。
マクラは、狐狸が喋るのが落語で、登場するものは何でも喋る、生き物じゃなくても喋る、そんな本編を予告するような説明から。そして、季節変りは早く、いつの間にか花見の季節になってきたので、冬の噺は掛けられない。でも、覚えたばかりなので冬の噺ですが、と本編へ。と言うことは、二席目はネタ下しの噺。
何だろうと思っていると、この噺がはじまり、ちょっとビックリ。落語協会の柳家小ゑん師匠の代表作とも呼べる演目。芸協でこの噺に挑戦する方がいるとは。小ゑん師匠以外でこの噺を聴くのは初めてだ。そんな驚き。
この噺は、おでんの種が人格を持って、鍋の中でお喋りしている風景を描く。遊かりさんは、この新作の風景がよく似合っている。登場するおでん種の人間っぽい感情や気質に違和感を感じない。なので、ファンタジーではなく滑稽噺になっている。ネタ下ろしとは思えない完成度だ。イカ巻さんは遣り手のおばさんだし、蒟蒻くんは情けない純情青年。その他の登場するおでんの種も、キャラがはっきり描き分けられてる。
ご自身でも面白い噺だと感じて稽古をお願いしたのだろう。好きな噺は、似合う噺になるという良い見本。
後で遊かりさんのツイッターを見て分かったのだが、この二席目では袴の片一方の裾に両足を突っ込んだ状態で高座を務めたそうだ。後方に座っていたので、まったく気が付かなかった。袴の別名「窮屈袋」をご自身の身で体現されたことになる。まさに、妾馬の八五郎をリアルに再現していたのか。
 
仲入り
 
春風亭柳枝「棒鱈」
若手ながら、落ち着きと風格はベテラン並みの柳枝師匠。いつもと変わらない落ち着いた表情で登場。
ご自身が真打昇進されたのが令和3年3月下席、コロナ禍の真っただ中だったという思い出話から。披露興行での口上に並んでいただいた林家正蔵師匠、手土産に差し上げた地元のバームクーヘンのことしか褒めなかった。そのおかげで、俺は貰っていないという他の師匠方にもバームクーヘンを配ることになったという逸話が楽しい。
客席の自由さが特徴の浅草演芸ホール。そこでは、客席から大声で「お前は誰だ?」という掛け声をかける観客もいる。そんな、ちょっと演りづらい状況を、楽屋の符丁で「故障が入る」という。おそらく、邪魔が入ったというような意味として使われているようだ。この後の「棒鱈」の下げに通じる符丁の説明が、結果的に下げの意味を伝えることになるという上手い流れで本編へ。
いきなり酔っ払いが登場するところから始まる。この切り替えも見事。最後まで酔っ払っている男と冷静に対峙している寅さん、クセ強の薩摩弁の田舎侍、この三人の描き分けが鮮やかで、その表情の対比を楽しめる一席。
そんなキャラの行動が笑いを呼ぶ噺なので、そんな噺の特徴が活かされていて、余計なクスグリを入れていない。噺自体の可笑しさを大事にされている。そんな正統派の一席に客席も満足の様子だった。
 
三遊亭遊かり「転宅」
柳枝師匠の一席を受けて、その感想を興奮気味に話す遊かりさん。難しい棒鱈を格好良く語る高座に、聴き入っていたそうだ。自分の好きな落語家を呼んで、その一席を間近で聴けるという特権は、この独演会の主催者の役得。観客はゲストとのコラボによる遊かりさんの化学反応を楽しみにしているが、遊かりさんの嬉しそうな表情からご自身も大いに楽しんでいることが伝わる。
トリネタは十八番の一席。この日のネタ下ろしも済み、得意の演目で、のびのびと自由な高座をみせてくれた。遊かりスペシャルとして磨いている噺だろう。お菊さんはますます格好の良い姐御になっていくし、泥棒の気の小ささや情けなさに磨きがかかってきた。そんな変化も楽しめる演目。
ハプニングも含め、色々なことが芸の肥やしになるはず。この会を継続することが、芸道の精進に繋がっていると感じる独演会なのだ。

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