落語日記 歌舞伎役者が落語と茶番に挑戦
第1回 馬と友
10月24日 お江戸日本橋亭
落語家十一代目金原亭馬生師匠と歌舞伎役者の八代目大谷友右衛門丈の仲良しのお二人が、落語と茶番を披露する会。歌舞伎役者が落語と茶番に挑戦された。
茶番とは、茶番狂言ともいう滑稽な即興寸劇。今風にいうと歌舞伎のパロディでコントのようなもの。江戸時代の歌舞伎の楽屋内で大部屋の下級役者が、お茶汲み役を務めていて「茶番」と呼ばれていた。そんなお茶当番になった者が色々と工夫を凝らして余興をしてみせる風習ができ,その後、一般にも広まったものと言われている。
この茶番が、幕末から明治にかけては太神楽で演じられるようになる。太神楽とは、江戸時代末期から寄席芸能として人気を集めた総合演芸。太神楽は、元々は神社への奉納や祈祷などの神事芸能であったものが、寄席の出現などに伴い舞台芸能へと変化をしてきたもの。獅子舞の余興として演じられていた曲芸が、寄席芸能として発展していった。
現在の太神楽は、獅子舞などの舞、寄席でお馴染みの曲芸、祭囃子などの鳴り物、そして掛け合い茶番の話芸という四つの柱から成り立っている。その中の一つ話芸として、茶番が受け継がれている。
馬生一門は、太神楽の翁家和楽師匠から指導を受けて茶番を披露してきたが、平成26年に和楽師匠がお亡くなりになってからは、弟子の翁家和助さんが引く次いで稽古されてきた。
馬生一門は、寄席においてこの茶番以外にも、鹿芝居や高座舞などを中心となって披露している芸事の好きな一門。芸達者であり芸事が好きな馬生師匠が先頭に立ってこれら興行を牽引してこられた。馬生一門は、寄席以外の独演会などでも高座舞や茶番をよく披露している、余興好きな一門なのだ。
そんな馬生師匠が、仲良しの友右衛門丈を誘っての今回の二人会。
今回の目玉は、友右衛門丈が落語へ初挑戦することともに、本物の歌舞伎役者が茶番に出演するというもの。茶番の演目も、仮名手本忠臣蔵から「五段目・山崎街道」という歌舞伎の演目のパロディだ。茶番では、歌舞伎の演目を演じる素人役者が演技のシクジリを見せ、その滑稽さを笑いのネタにする。本物の役者がどんなシクジリの滑稽さを見せてくれるのか。歌舞伎のパロディの茶番を本物の役者が演じるとう、パロディのパロディのような不思議な面白さ。本物の演技力を持つ役者がコントのようなしくじり芝居をどのように見せてくれるのか。そんな興味と楽しみで出掛ける。
会場に近づくと、入口前に馬玉師匠が待機されていた。検温係を担当されていて、観客の体温チェック。さすが、出演しない馬玉師匠がお手伝いという見事な連携を見せる一門。
入場すると満員の大盛況。おそらく、馬生師匠のご贔屓と友右衛門丈のご贔屓の皆さんが集合されているようだ。ここは土足厳禁の会場だが、コロナ対策でいつも用意されていたスリッパは撤去されていた。
番 組
金原亭駒介「道灌」
まずは前座の駒介さんが露払い。フェイスガードを付けたままで一席。コロナ禍の下での会であることを意識せざるを得ない。観客に対する感染症対策へのメッセージになる。
大谷友右衛門「七段目」
お次は、友右衛門丈が落語を披露。この会は全部ネタ出し、友右衛門丈が挑戦するのは忠臣蔵の一場面が登場する芝居噺。おそらく、馬生師匠と友右衛門丈とが話し合われて、この演目を決めたことだろう。
この芝居噺の中で、芝居好きな若旦那が演じる芝居の真似事を、歌舞伎役者本職が演じるのだ。さて、芝居がかった素人芝居のセリフを、役者本職はどのうように見せてくれるのか。非常に興味をかきたてられるところだ。
まずは、ご挨拶のマクラ。緊張されているとはおっしゃるが、さすが歌舞伎役者、堂々とした高座ぶり。本番までに稽古は二回だったとのこと。
さすが役者さん、落語のセリフもスラスラと頭に入っている。と、感心して聴いていたところ、途中でセリフを忘れてストップ。噺を戻して再開、すると、また止まってしまう。楽屋から小声で助け舟が出て、その後は滞りなく進行。やはり慣れない落語のセリフに加えて、気をつけてながら上下を振る仕草は、お芝居と勝手が違うようだ。
さすが、友右衛門丈のご贔屓さんが集まっている会場。皆さん、こんな様子を微笑ましく見守っている。
注目の芝居好きな若旦那が演じる芝居の真似事、さて、友右衛門丈はどのように演じたのか。
これが本物の役者が芝居の一場面を披露しているようではなく、落語として語っているように聞こえたのだ。
この噺における芝居の一場面のセリフは、素人が演じる歌舞伎役者の物真似だ。なので、落語家は若旦那の芝居狂いを表現するために、本物らしさを追求する。しかし、友右衛門丈は、本物の役者としてのセリフ廻しではなく、さらっと演じていて、どちらかというと若旦那の素人っぽさが出ているのだ。落語家本職がプロの役者っぽく演じるのと異なり、若旦那が素人芝居をしているように感じさせた。芝居臭くない芝居の真似事だった。
ここは馬生師匠の演出なのか、落語初心者である友右衛門丈の自然な姿なのかは分からない。落語らしさを崩さないように、あえて歌舞伎役者としての演技の披露を封印したのかもしれない。落語ファンから見ると、この素人っぽい若旦那が登場する七段目は、なかなか聴けないもので新鮮だった。
とにかく、途中で噺をつっかえることなど気にされることもなく、高座は終始、楽しくてしょうがない様子。そんな喜びあふれる友右衛門丈の高座に、観客も同じ様に楽しくなった。鹿芝居では、芝居の素人の落語家さんたちに演技指導した友右衛門丈が、今度は落語家から落語の指導を受けて、芝居噺の一場面の役者の真似事を素人っぽく見せる。なかなか面白い企画だった。
対談 金原亭馬生・大谷友右衛門
袖から馬生師匠が登場、二人並んで対談が始まる。「トモさん」「ウマさん」と呼び合うくらいの仲良し。職業を離れての遊び仲間のようだ。
今年の国立演芸場での馬生一門の鹿芝居に出演された友右衛門丈。本物の歌舞伎役者が登場することによって舞台が締まっていた。また、演技指導や演出も手伝われたので、本物の歌舞伎役者の指導監修の下での稽古は、一座の皆さんの演技を本格化させた。それと同時に、端役とはいえ友右衛門丈の出演は、その本物の存在感で、芝居の格調を各段とアップさせたのだ。
お二人でこの鹿芝居の思い出話をされる。鹿芝居やこの会への友右衛門丈の出演のきっかけは、なんと奥様の後押しだったという裏話が披露された。どうやら、友右衛門家は嬶天下のようだ。
途中から馬玉師匠が加わり、三人で鹿芝居の思い出。和泉屋多左衛門役として友右衛門丈と絡んだ馬玉師匠は、普段にない緊張感があったと告白。やはり演技が本格化したのは、友右衛門丈の影響大だった訳だ。
趣味の話に移り、友右衛門丈が一級小型船舶免許を取得された話。馬生師匠は、友右衛門丈運転の船で東京湾クルーズに出掛けたときの思い出を、楽しそうに語ってくれた。
仲入り
金原亭馬生「らくだ」
さて、今度は本職の馬生師匠の出番。渾身の高座、友右衛門丈のご贔屓さんたちも吸い込まれるように高座に集中されていた。
らくだの兄貴分、丁の目の半次の迫力と、屑屋の人の好さが好対象。あるときから逆転する心地良さが観客の気分を高揚させる。さすがの一席。
茶番「仮名手本忠臣蔵 五段目・山崎街道」
出演 金原亭馬生・大谷友右衛門
最後の出し物は、この日の目玉商品の茶番。いつものようにツッコミ役は馬生師匠で、普段は弟子が演じるボケ役を友右衛門丈が担当。まさに役者がコントを演じるときのうように、ここでも真剣に、そして楽しそうな友右衛門丈。
この日も、いま流行りのコントとは違い、どこか長閑でのんびりした笑いを生むコントになっている。その笑いどころも古風であり、お約束の分かりやすいボケで、オジサン二人の仲の良さも感じさせる。ときおり見せる、お二人の恥ずかし気な照れた表情が微笑ましい。
馬生師匠は慣れた様子なのだが、いつもの弟子を相方とする茶番と少し違う。相手役に対するツッコミが優しいのだ。友右衛門丈のボケに対しても、穏やかに優しくツッコむ馬生師匠。
この日は落語に茶番と、歌舞伎役者の本業から離れた演芸の世界に初挑戦された友右衛門丈。さすが歌舞伎役者だけあって、器用にこなされた。
同時に、コロナ禍で本業の舞台に立つ機会を奪われた友右衛門丈が、歌舞伎ではない舞台であっても、観客の前で芸を披露することの喜びの表情を見せてくれた。やはり、役者にとって舞台を奪われるということは相当に辛かったことをのだろう。友人として友右衛門丈を誘った馬生師匠のグッドジョブだ。
そんな二人の会、これからも続けていきたいそうなので、これからも楽しみだ。
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