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落語日記 男の嫉妬の噺を女の嫉妬の噺へ見事に変えた柳亭こみち師匠

鈴本演芸場 8月下席昼の部 柳亭こみち主任興行
8月29日
柳亭こみち師匠は、真打昇進後、寄席での主任を毎年のように務められている。最近の若手真打の中ではトップクラスの人気だ。こみち師匠ファンとしても嬉しい限り。今年も、鈴本演芸場で8月下席昼の部の主任興行を務めることとなった。
コロナ禍の状況で、鈴本演芸場では毎週月曜日が定休日となっている。今月は30日が月曜日で定休日となり、8月下席はこの日29日が下席の千秋楽なのだ。何とか楽日に間に合った。

落語協会のホームページでは、新型コロナウイルス関連の発表が続き、かなりショックな内容だ。
8月23日、末廣亭昼席に出演していた米粒写経の居島一平さんの感染が判明し、末廣亭は8月下席が休演となった。
そして、三遊亭多歌介師匠が新型コロナウィルス感染症によってお亡くなりになられたと発表があった。おそらく落語家さんが新型コロナウイルスで亡くなられたのは初めてのことだと思う。8月17日には鈴本演芸場に出演されていて、27日には亡くなるというその急変状況はかなり衝撃的だ。多歌介師匠は、まだ54歳。早すぎる逝去を悼むとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。演芸界にも、どんどんコロナが迫って来ている。

ストレート松浦 ジャグリング
途中入場。二本のスティックで傘やポールを浮かせる技は、いつ拝見しても見事。

橘家半蔵「代書屋」
おそらく初めて拝見。最近の寄席は出演者が固定されてきているので、この日の半蔵師匠のような出会いが少なくなった。
寄席の匂いを漂わせている師匠。短い小噺を紹介し、手土産にどうぞ。こんな古典的なマクラは、最近は逆に新鮮だ。本編も寄席サイズに上手くまとめ、下げもオリジナル。半蔵師匠のような方がどんどん出られる日常に早く戻って欲しい。

古今亭志ん輔「元犬」
志ん輔師匠で元犬は初体験。ベテランの前座噺は、意外性もあるし、演出も独自性が多くて、噺そのものが凄く新鮮に聴こえる。

ニックス 漫才
相変わらず「そうでしたか」と突き放す妹トモさんが可笑しい。姉エミさんのマイペースぶりも相変わらず。

桂文楽「替り目」
私の文楽師匠の「替り目」遭遇率はかなり高い。冬の噺のイメージはおでんが登場するからか。真夏の替り目も新鮮。

柳亭燕路「締め込み」
弟子の主任興行を前方でアシストする燕路師匠。私は、燕路師匠のにこやかで跳ねるように歩く高座への出が好きだ。きっちりと切れのある一席が、弟子の主任の高座の期待を高めるのだ。

林家正楽 紙切り
線香花火(鋏試し) 新聞配達のオバサン 露天風呂
この日のお題は、お客さんの個人的な思い入れを感じるもの。皆さん、ご祝儀を切っていた。

柳家甚語楼「狸賽」
柳家の中堅として、最近は寄席でよく拝見する甚語楼師匠。口跡のきれいな語り口が。席亭さんたちに気に入られているのかも。
狸を助けた心優しい若い衆も、イカサマ賭博で一儲けしようというスケベ心を出すところが可笑しい。この若い衆の欲に正直なところがストレートで気持ちいい。

仲入り

松旭斉美智・美登 マジック
久々に拝見。飴玉を客席に飛ばしたりする芸は、コロナの関係で禁じられているようだ。客席と遣り取りする芸を持っている芸人さんには辛い状況だ。美登さんのロープのマジックが見事だった。

柳家小ゑん「フィッ!」
小ゑん師匠も寄席の人気者。代演も多い。さて、この日は円丈師匠作の名作。「フィッ」と言う言葉というか不思議な声が日常会話に挟まれることによって、突然、何気ない日常から不思議な非日常の世界に入っていく。
不思議だけれども可笑しいという感覚。この日の小ゑん師匠は、シロや天神様をぶっ込んだり、コロナ禍の世相をも反映した改良版を見せてくれた。その工夫はさすが。

春風亭正朝「悋気の独楽」
「フィッ」のインパクトが強かったので、登場するなり正朝師匠も思わず「フィッ」。この日は一朝師匠の代演。
小僧定吉の子供らしさと生意気さが混ざった様子や、女将さんやお妾さんの色気など、それぞれがユニークな登場人物を見事に描いている。

柳家小菊 粋曲
並木駒形・ぞめき・都々逸・上げ潮
いつもの定番コースをサラッと聴かせて、すっと下がっていく。小菊師匠は艶やかなんだけど、かっこ良くも見えるのだ。

柳亭こみち「不動坊・こみち版」
さて、いよいよお待ちかねの登場に盛大な拍手。まずは、このコロナ禍の状況にあって、来場してくれた観客に対する丁寧なお礼から始まる。
いつもマクラが楽しい、こみち師匠。この日もネタ選びに迷っているという正直なお話。初日か楽日に掛けようと稽古を重ねていたネタがある。さて、いよいよ楽日に掛けようと思っていたら、膝前の正朝師匠が先に掛けた。これは主任としては文句が言えないところ。さて、どうしようかと今、悩んでいるところです。
こんな正直な告白を聞かせてくれるのが、こみち師匠のマクラの魅力。皆さんの反応を見ながら、どのネタにするかを今、考え中です、と。ここで、寄席の世界では「つく演目」は禁じられているという話へ。
悋気の噺も多々あるので、今日はヤキモチという点で「悋気の独楽」に付く噺を演ってみたいのですが、と観客の反応を確かめるように問いかける。会場の反応から観客の了解を得たと判断され、一気に本編へ入る。
さて、何だろう、ヤキモチの噺、嫉妬の噺。悋気の火の玉、権助提灯、風呂敷、お直し、色々と浮かんでくる。

まず、最初にお断りしておく。この日の一席も、こみち流に改作がなされた古典落語。この、こみち流改作の魅力を伝えるためには、改作の内容に触れざるをえないので、当然ネタバレになってしまう。予め、この点につきご容赦をお願いします。
まずは、世話焼きのおばさんと吉兵衛という名の男の会話から始まる。何という噺だろう、吉兵衛に縁談話。相手はお滝さんだと!何と不動坊ではないか。しかし、吉兵衛のところへ縁談を持ち込むのが大家ではなく、仲人が趣味の世話焼きおばさんだという、初っ端なから改作ポイントが出現だ。
この世話焼きのおばさんと吉兵衛の会話でアクシデント発生。世話焼きおばさんの不動坊火焔が死んだという仕込みのセリフを飛ばし、いきなり吉兵衛が号泣するセリフに入ってしまう。ここで、気付いて、少し前に戻りますと、噺をリセット。こんなアクシデントに寄席の観客は大喜び。
まさに貴重な場面と遭遇できた。このリカバリーによって、この日の不動坊をより唯一無二の一席と変え、この日に現場に居たからこそ見ることができた一期一会の高座となったのだ。このアクシデントは、こみち師匠が力み過ぎているから生まれたのだろうが、それだけ気合が入っている証拠でもある。

その後に登場するのは、吉兵衛の大ファンのおたえとおせんの女子二人組。吉兵衛とお滝さんとの縁談話の噂を聞きつけ、世話焼きのおばさんへ苦情を言いに押し掛ける。なので、こみち版では吉兵衛が銭湯で惚気る場面はカットされている。
不動坊の本来版では、お滝さんファンの男三人組が吉兵衛をやっかむ男の嫉妬が描かれる。しかし、こみち版では女子二人組の女の嫉妬に変えられている。ここが本来版と異なる最も大きな改変ポイント。
こみち師匠は、古典落語を女性が主役の噺へ、また女性目線の噺へ改作する取り組みをされている。この不動坊も、こみち流の視点による改作で、男性の嫉妬の噺を女性の嫉妬の噺へと変えてしまったのだ。
落語の世界ではお馴染みの女性の嫉妬、悋気。この不動坊で、その女性の嫉妬が見られるとは。そんな驚きと共に、吉兵衛をとられたお滝に対する女性陣の嫉妬の凄さが爆笑を呼んでいる。
お滝を頭が空っぽの女と扱き下ろしたりと、女子二人組の悪口大会が楽しい。このように、女子二人組の嫉妬の表現が単純明解で馬鹿々々しいので、シンプルに笑えるのだ。

この女子二人組が世話焼きおばさんへ談判に押し掛けたとき、このおばんさんが返した言葉がなるほどと感心させられた。二人のどちらかに吉兵衛を世話したら、しなかった方を傷つけ、それによって二人の仲が気まずくなる、それを心配しているから世話しなかったのだと。
おばさん、上手く逃げたねえと感心していたら、二人組が「どちらかが女房、どちらかが妾になっても構わない」と返す。おばさんのセリフを上回る意外性のある二人組の返し。そして、このセリフから、女子二人の吉兵衛に対する熱狂ぶりが伝わってくる。この熱狂があるからこそ、強烈な嫉妬が生まれるのだ。この対話の場面は、こみち版ならではの見どころ。

この女子二人組の復讐を手伝うのは、幽太を務める落語家の春風亭消火器の他、本来版の三人組の中からチンドン屋の万さんが登場。幽霊登場を盛り上げる薄ドロの太鼓が必要なための起用。この万さんが、すぐに泣く情けない男として描かれる。女子二人組の逞しさと対比される男性の女々しさ。こみち師匠やりたい放題だ。
不動坊の幽霊には、お滝さんと吉兵衛の二人で対決する。本来版では、姿を見せないお滝さんだが、こみち版ではなかなかに逞しく気丈な女性として描かれている。こみち流改作を観てきて感じることは、登場する女性陣がみな逞しく芯が強く自立した女性たちだ。男性視点の古典落語を、単に女性が主役に変えているだけではない。男性陣の情けなさを笑い、女性の逞しさ強さから生まれる物語の爽快感を感じさせてくれる、これがこみち流改作なのだ。

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