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落語日記 仲良しの二人が切磋琢磨する落語会

第18回 あんこ椿は一の花
11月13日 鈴座 Lisa cafe
林家あんこさんと春風亭一花さんが続けている二人会。既に18回目の開催となるが、私は今回が初参加。同時期に前座時代を過ごし、辛い修行の日々を共に過ごした二人。長く二人会を続けているのも、まさに戦友のような連帯感や友情をを持った二人だからだろう。この会以外にも、様々な方と継続的な落語会を開催している一花さん。これを見ても、一花さんが芸人仲間からも人気のあることが分かる。
この会場も、今回が初訪問。定員40名くらいの規模で、高座が高くて後方の座席からも観やすい造りとなっている。マイク要らずの高座の近さもある。そこでは、cafeの名前が示すとおり、カフェのメニューが提供されていて、皆さん、コーヒーなど飲みながら和んでいる空間でもある。ちなみに鈴座と書いて「りさ」と読むそうだ。

井戸端会議 林家あんこ・春風亭一花
まずは、お二人が高座に上がってトークタイム。TBSのテレビ番組「落語研究会」名物の京須偕充氏の解説コーナーを模して、湯呑がのった小さな座卓が高座に置かれる。この座卓を前に座る二人。落語ファンには、この番組のパロディがすぐに分かって大受け。京須氏も解説者を引退されて、そんな話題から入る。
このトークタイムで話された内容は、常連さんを前に話されたからか、かなり踏み込んだ赤裸々な話を披露された。なので、お二人からは、ネット等には書かないでくださいとの要請があり、私もこれに従い具体的な内容は書かないことにする。
話題となったテーマだけを書けば、一花さんが出場したNHK新人落語大賞決勝戦の話題と、あんこさんのライフワークになっている江戸の天才絵師である葛飾北斎の親娘を題材とした「北斎の娘」という創作落語の話題。
この話のなかで、お二人の関係を伝えるエピソードがあり、書いてもお許しいただけると勝手に判断した事柄を書かせていただく。それは、深川江戸資料館の独演会で披露した「北斎の娘」を聴くためだけに訪れていた一花さんが、大感動して涙されたことを当時を思い出しながら熱く語っていたこと。
前座時代を一緒に過ごした仲間として、お互いの存在が大きかったと語る二人。苦労話の思い出も多いようで、それだけに一花さんから見ると、北斎の娘の苦悩とあんこさん自身の苦労が重なって見えて、噺の登場人物の心情が痛いほど強く心に刺さったようだ。
そんな一花さんの感想のあと、あんこさんが「北斎の娘」をこのあとに披露してくれると話され、会場の期待が一気に膨れ上がる。
この日初めて二人のトークタイムを聴いたが、まさにここでしか聴けない熱い話で会場は盛り上がり、この会の魅力となっていることがよく分かった。

林家あんこ「北斎の娘」
トークタイムの熱気が冷めやらぬ会場に、静かに登場。この日に配られたチラシでも案内があったが、今後に出演する公演が、鹿芝居とイタリアのコメディがあり、この二つの公演の稽古の真っ最中とのこと。若手の鹿芝居は昨年拝見したので分かるが、イタリア発祥の仮面即興風刺劇であるコメディア・デラルテなる演劇はまったく想像がつかない。日本でこの形式の演劇を開催しいている劇団からの要請で、演劇の素材も「禁酒番屋」と「平林」という落語。あんこさんは役者としても出演するらしい。こんな取組みもなかなかに意欲的。三遊亭遊かりさんもシェークスピアに挑戦されたし、女性落語家の皆さんの意欲的な取組みは素晴らしいと思う。

本編に入る前に、「北斎の娘」に取り組もうと思った切っ掛けと思いを語ってくれた。北斎の娘、葛飾お栄が父親と同じ絵師という仕事を選んだことに注目。あんこさんも、父親の林家時蔵師匠と同じく、落語家の道を歩んでいる。そんな共通点があるあんこさんが、同業の絵師である父親との確執、父親の名声との葛藤、そして女性の職人としての世間との闘いに着目し、そんな視点で、お栄の奮闘を描いていく。
この北斎の娘を題材にした作品は、小説や戯曲、映画、テレビドラマと幅広く取り上げられている。それだけお栄は魅力的な人物なのだろう。そんな歴史的人物をゆかりの地である墨田区出身のあんこさんが、落語の作品として作り上げた。
落語の表現形式は、演劇などと違い、セリフのみで状況説明がなされ、物語を進行していくという独特な難しさがある。そんな落語という表現形式での難しさを痛感しながら、少しづつ噺を磨いているそうだ。
私は、この噺はこの日が初体験。以前から聴きたいと思っていたので、嬉しい驚きだった。本来は、全3部作という長講の大作。この日は、寄席の主任で掛けられるくらいの長さに圧縮再構成したバージョンらしい。
本編では北斎父娘の日常が淡々と描かれる。江戸っ子の職人気質が感じられる北斎と、口だけは負けていない娘のお栄との掛け合いが楽しい。年老いてきた北斎を支えるお栄、絵師としての腕前も相当で、単なる助手以上の働きで北斎の仕事を助けている。依頼主である版元との確執や、強力な贔屓の後援者との関わりを描くことで、親子の関係性が浮かび上がってくる。そんなドラマを、あんこさんは静かに熱演された。今度は、長講バージョンでぜひ聴いてみたい。

仲入り

春風亭一花「井戸の茶碗」
この会の出番は毎回交替しているようで、この日の主任は一花さん。あんこさんはSNSの事前告知で、一花さんの演目をネタ出しされ、トークの中でも絶賛して観客の期待を高めていた。
今まで何度も掛け続けてきた得意の演目のようだ。私は、この日が初見。本編を聴いて、一花さんの芸風が活かされた見事な一席だったと感じた。
登場人物の身分や性格をそれぞれの特徴を捉えて、セリフで演じ別けている。特に、武士の二人は、年配の浪人と主家に使える若侍と、同じ武士でも年齢や身分が異なる。そんな二人の違いも分かり易い。男性の登場人物を演じる違和感も感じさせない。
特に印象に残った場面が、清兵衛が五十両を千代田卜斎に届けたところ。訳を聞かされたあと、卜斎は受け取りを拒否するが、このとき「武士の誇りだけは失いたくない」ときっぱりと断る理由を告げる。このセリフによって、卜斎は浪々の身ではあっても武士の矜持は失っていないことを痛烈に感じさせる。そして、受け取らないことも観客に納得させる名セリフとなっている。このときの清兵衛の反応、何を言っているのかよく理解できないという表情もよい。この辺りも、武士と町民のギャップを感じさせる上手い描写だ。
卜斎が受け取らない場面では、刀に掛けてと脅された屑屋が右往左往する様子で滑稽さを強調することも多い。でも一花さんは滑稽に走らず、武士としての矜持を強調していて気持ちが良い。一花さんの卜斎は単なる偏屈な頑固者ではないのだ。
そうは言っても、笑いどころもしっかり作る。屑屋連中の会話は楽しい場面。夫である馬久さんの名前もクスグリに登場させ、会場を盛り上げる。
登場人物がみな好人物なので、元々後味の良い噺ではあるが、一花さんの高座は特に心地良い後味を残してくれて、まさに珠玉の一席だった。

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