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落語日記 大先輩の背中を追いかけようという覚悟を見せた遊かりさん

三遊亭遊かり独演会 vol.15
6月25日 お江戸日本橋亭
毎回通っている遊かりさん主催の独演会。遊かりさんが背中を追いかけていきたいという真打をゲストに迎え、その胸を借りて腕を磨こうというコンセプトの会。
今回のゲストは、落語芸術協会の副会長である春風亭柳橋師匠。前回の春風亭柳枝師匠に続き、春風亭の大名跡を引き継いでいる芸協の重鎮が登場。柳橋師匠のいつも穏やかでにこやかで明るい高座からは、本寸法な芸風と人間的な魅力があふれていて、私も好きな落語家さんの一人。爆笑派ではないが、落ち着きある高座によって、噺が本来持っている可笑しさを伝えてくれる本格派の落語家だと感じている。
今回の追いかけたい先輩のゲストは、この会の今までで一番の大物クラスの重鎮。大師匠の小遊三師匠をゲストにお呼びして以来。追いかける背中は、高くて遠い。それだけに、その背中を追いかけていきたいという遊かりさんの意気込みや熱意が、強くて熱いことを感じるのだ。
今回の独演会は一席だけブログでネタ出し、ほぼほぼネタおろしという「夢の酒」。

桂れん児「平林」
前座さんは、桂歌助門下のれん児さん。
開演前に会場で流す出囃子のCD、リピートで掛けるためのプレーヤーの操作が分からないという話から。今年二十歳になったが、若者はみな電気機器の操作に強いと思われがちで、皆がそうとは限らないというエピソードで笑わせる。
本編は、前回よりも滑らかでこなれた印象の高座。前回拝見したのが、昨年9月開催の12回。前座さんの変化は大きい。短い時間での成長ぶりは、若者の特典。
この噺はおかしい、一つの言葉が覚えられないのに、四つの言葉を覚えるというこの噺の矛盾点を指摘。こんな着目点による指摘は初めて聞いた。この若者の何気ない疑問、素晴らしい。

三遊亭遊かり「初天神」
膝の怪我がまだ完治していないとのこと。この日も袴姿に正座椅子用の座布団を使用。
そんな怪我の報告から。通っている治療院の女性の先生が交替してしまった。患者としてはちょっと辛い。そして、ご贔屓さんを前に、怪我は半月板損傷と告白。仕事柄避けられないが、正座は辛いはず。一日も早い回復を祈りたい。
そしてこの日のゲストの柳橋師匠の紹介。柳橋師匠には、ずいぶんとお世話になっている。柳橋師匠の地元である古賀の近隣の野木町で、小学生落語教室の指導役の仕事を紹介してもらって、今年で10年目に入る。この日も、その生徒さんが来場されているそうだ。大きくなって、今は落語教室は卒業しているOBさん。なので、教え子の前で先生が落語を披露するのですから、皆さん、大に笑ってください、とのお願いで笑わせる。この日は、よく笑う女性客が多く、終始笑い声の絶えない盛り上がった会となった。

落語教室の経験から、子供が子供の登場する噺をすると面白いと感じている。また、小学生が親子酒を演っても味がある、そんなお話から、子供の登場する本編へ。
演目は師匠の十八番の一席。中身も師匠直伝の遊雀バージョン。生意気な金坊が大暴れする。遊雀師匠の初天神でお馴染みの見せ場、良い子はここまでです、と金坊が悪人に豹変する場面も、きっちりと承継。金坊の傍若無人さをどこまで突き詰められるか、遊かりさんは遊雀師匠というお手本を目指している。

三遊亭遊かり「寝床」
遊かりさんは一たん高座を下りて、着物を着換え袴を着けて再登場。袴を付けるので、長着だけの着替えより時間がかかっているようだ。その間、れん児さんが再登場して場繋ぎのトーク。こんなフリートークが出来るくらいに度胸が付いたのかと感心。二十歳になったので、初めてビールを飲んでみたこと、そんな話を聞くと自分が年をとったことを痛感する。
遊かりさんのマクラは、断ち物の話から。自分は煙草を断っている。昨年のNHK新人落語大賞を受賞した立川吉笑さんも願掛けして煙草断ち。渥美清が煙草を断って小野照崎神社に願掛けしたことに倣って、遊かりさんも大好きな煙草を断って小野照崎神社に願掛けしたそうだ。その翌日、小さいけど仕事のオファーがあった。嬉しそうに語る遊かりさん。

カラオケ好きの中には、酷い歌声を無理やり聞かせる人がいる。そんな素人芸を聞かせる噺を、と言って本編へ。
二席目の噺も、遊雀バージョン。遊雀師匠の落語にどれだけ惚れているのだろう。
この噺の中での遊雀師匠の見せ場が、長屋を廻った繁蔵の言い訳大会の場面と、拗ねた大旦那を番頭が説得する場面。ここにフォーカスして、力を集中させた構成。
長屋の衆、店の奉公人それぞれの言訳大会は、大旦那がじょじょに気分を損ねて行く様子をその反応で伝える難しい場面。そして、拗ねた大旦那を説得する場面は、あまりに素直に引き下がる番頭に対して、だからお前は駄目なんだと𠮟りつけ、本音は義太夫を語りたくて仕方がない大旦那の感情を伝えるという難しい場面。これら名場面に、果敢に挑戦した遊かりさん。よく笑うご贔屓さんたちの助けもあって、思わず笑ってしまう名場面となった。

仲入り

春風亭柳橋「蒟蒻問答」
にこやかな表情で、柳橋師匠の登場。遊かりさんに子供落語教室の仕事を紹介して良かった。10年も続くほど評判が良い。遊かりさんは子供の親とも仲良くできる、そんなエピソードで遊かりさんを褒める。そして、遊かりさんを客観的に見ている柳橋師匠の視点は暖かい。こんなマクラからも柳橋師匠の人柄がにじみ出るのだ。
現在、大学の客員講師として学生に落語や謎かけを教えている。学生たちは謎かけも上手になってくる。そんな学生の話から、落語の世界は言葉遊びから始まったものという過去の話へ。昔から問答という言葉遊びがあった。大学生に教えているだけあって、この辺りの解説は分かりやすく、柳橋先生の丁寧な授業を聞いているようだ。

この問答の解説のマクラから、仏教の禅問答を題材とする本編へ。田舎の風景の長閑さと、江戸者の乱暴さが併存して描かれている噺。寺男の権助の田舎言葉からは、上州の在であることを感じさせる長閑な風景が浮かび上がってくる。それと対照的なのは、やくざ者の蒟蒻屋や住職に納まった八公。
このギャップの極みが修行僧との禅問答。仏教用語が何気なく散りばめられて、聴き手に面白く伝えるには、難易度が高い演目だ。この演目もこの日の楽屋で決まったものらしい。こんな噺をさらりと高座に掛けるカッコ良さ、遊かりさんも感激していた。

三遊亭遊かり「夢の酒」
三席目がネタ出しの演目。ほぼネタ下しに近いらしい。
マクラは夢の話。落語家アルアルで、落語家が必ず見ている夢が、いつまでたっても高座にたどり着けないという悪夢。気楽そうに見える落語家の皆さんも、ストレスと闘っている証拠。
夢の続きを見ることは、遊かりさんは何度も経験しているそうだ。私も経験がある。なので、寝る前に考え事をしているとそれが夢に出てくるという経験が、そう珍しいことでもないと皆さんが感じているから、この噺は説得力を持つのだろう。

この会の後もこの噺を掛け続けているようで、遊かりさんがこの噺が好きなことが分かる。語っている最中も楽しそうだった。
この噺には、現実世界のお花と夢の中の御新造という二人の女性が登場する。遊かりさんは、この女性陣の表現がリアルで、嬉々として演じて見せてくれる。嫉妬深いお花の可憐さ、若旦那を誘惑する御新造の色気、それぞれを楽しそうに役になりきっている。ここは、遊かりさんが女流である強みであり、人生経験を重ねてきた強みを活かしているように感じる。
笑いの種は、お花のヤキモチの馬鹿々々しさだ。これが強烈であればあるほど、可笑しさも大きくなる。堂々と強烈なヤキモチを焼いて見せる遊かりさん。対応する男性陣の困惑ぶりも楽しく、笑いに拍車をかけている。
夢の中の世界は、男性たちの欲望が反映されている。女流の遊かりさんが描くことによって、シニカルな視点をより強く感じさせる。この噺、遊かりさんに似合っている。これからも磨いていって、十八番の噺にして欲しい。

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