空想さん
奇妙な味の短編を集めてしまった。
想像から生まれた想像してほしい一言集です。
すべてを投げ出して猫のように丸まってしまった夫とその猫を見守る家族を描いた作品
夫が猫のように丸まってしまった。 いや猫そのものになって丸まってしまったというべきかもしれない。 猫になってしまったのだから当然仕事にも行かなくなった。 私には猫に満員電車に乗ってねという気持ちは湧いてこなかった。 この猫はまったく大学時代から猫らしくないほど、勤勉だった。休むこと、遊ぶこと、気を抜くことをしなかったし、たぶん教わらなかったんだと思う。 猫が唯一の遊び相手に選んだのが私で猫と私は大学生にして結婚することになった。 娘の愛菜が生まれたのは猫が23歳の時
親がいなくなって家は僕のものになった。 だからか扉が勝手に開くようになった。閉めてもまた勝手に開く。 どの引き出しにも隙間が空くようになった。押しても押してもまた勝手に隙間が出来ている。 家中にとても隙間が多い。 数えようとしたけど、こんなには数えられはしない。 数えられないほど隙間が多いということは、すべてが見えるようになって、すべてが見られるようになったということなんだろうか? これでは何にいつ入り込まれてももう分からない。 見られ放題の自室で僕は震えている。 見慣
脳が欠陥品と判明したので良品に交換して貰うことにした。 配送も終わったのであとは待つだけ。 これで仕事のミスも、無駄にざわつく不安感もなくなる。薬の量も減らせるかもしれない。 出ていった妻子も戻ってきてくれるかもしれない。 仕事も辞めなくて済むかもしれない。 何もかもに我慢してうつ向いているだけの生活もやめられるかもしれない。 僕は玄関まで椅子を持ってきて座って待つことにした。 それにしても、 何故欠陥品の脳と判明したんだっけ? 誰に指摘されたんだっけ? 僕はどこに欠陥
通りから銃声が一発。 日本でも聞こえるようになったか。 彼らの勝利だ。 祝ってあげる。 僕からも銃声を一発。 自分の頭がよく爆ぜた。 君の頭にも一発。 君の頭はよく爆ぜた。 嘘は良くないよ。 通りから銃声なんて聞こえない。 でもどこかの国で銃声が一発。 今日も誰かの頭はよく爆ぜた。 了
くるりの音楽は時折厄介すぎて自分の心の内側に気付かぬうちに形成されていた歪みや溜まった澱みを露にする。 見たくもない奥底の真実を突き付けてくる。 ここ最近でもっとも悩んでいた自分の醜い部分を浮かび上がらせてきた。 それでも歌の力が優しすぎてその部分を目を逸らさせずに見せてくれる。 ここからは本当に恥ずかしい一人語りだから読まなくていいです。 自分の為だけに記す。 僕は小説が物語が書けない。 書きたいという意思があるのに上手く書けた試しがない。 その理由が分かっていたけど気
「ただいま」 母は死んでるのでもう答えない。 「おやすみ」 父も死んでるのでもう答えない。 生きているときから返事はなかった。 両親と入れ違うように喉の手術は成功して声を取り戻した。 やっと発声できるようになったのに無言で答える部屋は死んでいるようだ。 もう一度「ただいま」と私はいう。 もう一度「おやすみ」と私はいう。 了
いない人を呼ぶのは不可能なのでいる人を呼んだ。 いない人が来た。 いない人はいなかったので「いないからね、僕は」と言った。 「いないですよね、あなたは」 「ええ、いるはずがありません」 「いる人を呼びたいのですが…」 「ええ、いる人を呼んでください」 「いない人がまた来ませんか?」 「いない人がいるんですか?」 「いない人が言うセリフではないです」 「いない人が言うべきセリフとはなんですか?」 「いないですからね、僕はですかね?」 「それはもう言いました」 「言いました
君の業務用扇風機、業者が間違えて持って帰ったよ サグラダファミリア萌えって言っていたから美大受けんじゃない? モーターボートをやれる幅の水路ってあってね… ハンドルを荷台に積むだけの簡単な仕事ですよ うちのソーラーパネルを俳句紙の表紙に? コンコルド怪談から始まる百物語なんてあっていいわけないだろ やましいことがあるからあの箱入百科事典から目を逸らそうとしてるな あの商店街が武道館でやるイベントってなんなんだろうな これが先祖代々継ぎ足して使っているハンドクリ
「うちの校長つっこんで」 「学校史上一番教頭感あるけど、教頭も教頭感しかないからダブル教頭と呼ばれても仕方ない系やん」 「仕方ない系?」 「さっきの屋上つっこんで」 「年代物の魔方陣とUFO発着場のマーク書かれているけど教師から消されへんぐらいには無視されてるから俺らには愛されてもうてるやん」 「無視されてるもんは愛したったらええねん」 「今日の給食例えて」 「ショーシャンクとグリーンマイルの間ぐらいの質やぞ」 「何か罪犯したんか思たわ」 「生徒会長につっこんで」 「お
バラバラになった夫はもう怖くなかったので夕食を作ってあげることにした。 また失敗して焦がしてしまった。 お前には時間の感覚もないのかと怒られてばかりだった。 殴られてばかりだった。 でも、もうあの手では殴れないよね。 今では浴室で静かにしている。 静かにしている夫のことは今でも好きみたい。 了
カラカラカラと水車が回って川底で頭を打った。 これで仕事が捗るかもしれないとオフィスでキーボードを打つ。 お客さんが全員戻って来た。 半裸である。 悲しそうだ。 見たことない悲しさだ。 でも川底はとても涼しい。 私に服は必要だ。 ダウンジャケットを重ね着する。 このオフィスはクーラーを効かせ過ぎている。 まるで冬のようだ。 この国は冬を殺したのにそれはおかしい。 お客さんは全員風邪を引いたまま帰っていった。 お客さんではなかったかもしれないと思い至ったがそれは考えないことにし
地下室の母親探して私は土を呑み込んでいく。 呑んでも呑んでも見つからぬところが母親らしいが素直な子供のままの私はいつまでも呑み込んでいける。 あらかた呑み込んだところでさらに呑み込んでいける。 土だけを呑み込んだところで見つからないのか?と首の角度を変え地下と地上も呑み込んでいく。 軽い町から重い星まで喰らったところで母親吐き出した。 バラバラだったけど母は母だ。 愛してる。 美味しい。 了
「おかえり」 妻は返事をしない。 帰宅したらメイクも落とさずソファーに横たわって何時間も動けなくなる。 「早くお風呂に入ってリラックスした方がいいよ」 返事はない。 身動きひとつない。 「食事も栄養バランスをもっと考えなきゃ」 妻はまた涙を流した。 「君なら大丈夫。俺は知ってる」 知ってるとも。 薄まっていく自分の体を見ながら夫はいつもの言葉をつぶやく。 ごめん、君のために死ねなかった。 ただなんの意味もなく死んだ。 産まれてくる子には君が意味をつけてくれ。 そう虚空に
ボクはクラスでもとうめいにんげんなのかなとおもってます。 サヨちゃんみたいにかわいくないし、タケシくんみたいに足もはやくないし、ケンゴみたいにつよくもないし、アキラくんみたいにかしこくもないんです。 なんにもないんだなぁといつもかなしくなってしまいます。 このままじゃあほんとうにきえてしまうんじゃないかなとしんぱいになってしまいました。 お母さんにそうだんしてもとうめいにんげんなんていないのよといわれただけです。 なんにもボクの気持ちがわかってないんです。 ボクは
気が狂ってしまった友人を弔うことにした。 そのために全員を集めることにした。 みんな大学や仕事先を休んですぐに集まってくれた。 その友人もたいそう喜んだ。 その友人は気が狂ってしまっていたので、 「久しぶり」「元気だった?」「会えて嬉しいや」「また遊べるんやね」「あの頃みたいに戻れるかな?」と言っている。 僕らは答える言葉を持っていなかったのでそそくさと土を掘った。 その友人は深い穴の底で、僕らが降りそそぐ土を被さりながら「こんなに深い穴は久しぶりだね」「あの頃を
「さっきあの先生に8と言われたんだけどなんだったんだろ?」 「言われたんだ?」 「うん。あの先生時々数字だけ口にするのなんなんだろね」 「知らなかったの?」 「なに?」 「受験が成功する生徒の数よ。先月は9だったわ」 「私…」 「必ず当たるから怖いのよね」 了