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VARシステム/三笘の1.8mmは正しい?(2/2)

FIFAワールドカップ・VARシステムの測位技術とサッカーの行方

1回1.VARシステムに新たな測位技術を採用
   2.三笘選手のライン判定
   3.テクノロジーは非公開
2回 4.UWBの測位精度
   5.「1.8mm」測位は不可能
   6.デジタルな現実が基準になるサッカー
   7.IMU搭載ボールの問題

FIFAワールドカップ・カタール大会の対スペイン戦で三笘選手のライン判定「1.8mm」に一役かったVARシステム。
技術的にみると、最初に導入された2018年には、映像判定システム「ホークアイ」が使われ、今回これに「IMU(慣性計測ユニット)」が加わりました。このIMUには位置情報技術「UWB」が使われています。

4.UWBの測位精度

UWB(Ultra Wide Band)とは、超広帯域の無線通信規格のことです。帯域は各国で異なりますが、概ね500MHz以上の周波数帯を利用しています。軍事利用目的に生まれた技術ですが、最近ではAppleのAirTagや自動車キーなどの位置測位システムに使われています。

UWBは、他の測位技術に比べ測位精度が高いことが特徴です。UWBには、ToFやAoAなどの測位方式がありますが、IMUにはToF(Time of Flight)法が使われていると考えられます。
信号が発信器(ボール)から受信機に届く到達時間から距離を算出し位置を推定し、複数の受信機の情報から三点支持計算を行うことで、高い精度でボール位置を特定することが可能です。

UWBは信号のパルスが非常に短く、広い周波数帯域幅を使用します。UWBのパルスは反射信号と重ならず干渉や衝突の影響を受けにくいので、正確な位置の算出が可能になります。
電波を使った測位方式の中でもUWBの測位精度は高く、測位精度は「cm」単位といわれています。

5.「1.8mm」測位は不可能

しかし、我々の経験でUWBの測位誤差は、場合によって数十cmを示す場合もあり、UWBだけを用いて「1.8mm」の精度を確保するのは不可能です。
今回採用された帯域が500MHzというUWBでは低帯域であることからも、精度はそれほど高くないといえます。

VARシステムでのボール位置の判定は、「ホークアイ」とUWBを並存することになります。ただし、選手が錯綜して「ホークアイ」による映像判定が難しい場合などに、UWBが補助的に用いられる程度で、「ホークアイ」が中心であると想定されます。

それでは、「ホークアイ」は測位精度「小数点一桁mm」を持つ技術なのでしょうか。一般的に「小数点1桁mm」といった場合、小数点2桁まで算出し、それを丸める(切り捨て等)必要があります。多分、「小数点1桁mm」は一次算出結果と思われます。それであればボールとラインの重なりは「1.8mm」ではなく「1mm」(切り捨て)といえます。

また、計器などを用いた場合、精度とは一定の条件のもとでその計器を用いて測定をしたときに、避けられない誤差の最大値を用います。
そもそも設置された受信機の位置精度は「mm」単位、温度や湿度などの気象条件などでも画像の歪みが発生します。

それ以上に、ボールは蹴ったり、跳ねたり、空中においても数cm単位で常時変形しています。IMUで収集する加速度センサー情報等を駆使しても、変形の大きさは大まかな推計でしかなく、もしかするとボール変形は無視されている可能性があります。

今回のボールの位置判定はボール表面で行われており、現実空間では短時間で激しく変形するボール表面を「小数点1桁mm」で測位するのは不可能と断言できます。
むしろ、ボールを球形と見なして、デジタル空間上の仮想フィールドでボール表面の理論的位置を算出したと考えるべきです。

6.デジタルな現実が基準になるサッカー

ただし、現在採用されているテクノロジーの測位精度が「mm」であっても「小数点1桁mm」でも、「人間の目では無理」(元サッカー国際審判員の家本政明氏)な領域でのテクノロジーにおける精度の争いです。

IMUにせよ、ホークアイにせよ、実際にフィールドで行われるフィジカルな現実をデジタル化し、デジタル空間に再現する技術です。
そして、フィジカルな現実とデジタルな現実とは双子の状態、つまり「デジタルツイン」をなしており、「人間の目では無理」な判定はデジタルな現実を「正」として行うことが企画されました。

そして、FIFAは最新テクノロジーが作るデジタルな現実に委ねるという意思決定を行い、それをワールドカップを通じて世界が認めました。

7.IMU搭載ボールの問題

筆者が所属するWHERE社は、2016年頃、国内ボールメーカM社と「IMU」と同様の技術開発を進めていました。しかし、ボール内部への機器固定で壁に突き当たり、頓挫した経験を持ちます。

一番問題になったのは、「ボール総重量」の制限です。各球技にはボール規格があり、サッカーボールの総重量は410~450gと決められています。
ボール重量のほとんどは表皮部分にありますが、新たに取り付ける機器の重量が仮に全体の1割40gある場合、その分、表皮部分を薄く軽量にして対応する必要があります。その結果、転がり方や飛び方などのボールの挙動に大きな影響が生まれます。

特に、M社が再三指摘されていたのは、薄くなった表皮の影響でボールの曲がり幅が大きくなる点です。

その点について、公式ボール「アル・リフラ」は影響がなかったのでしょうか? 
これについて、ボールメーカはブラインドテストを実施し、旧ボールとの違いがないことを確認したと言われています。しかし、「アル・リフラ」は前回のボールと比べて平均ボール2個分曲がりが大きいというデータが示されています(*2)。

@whoknowswins

いずれにせよ、一連の技術革新によってサッカーは、「デジタルツイン」の洗礼を受け、データドリブンなゲームに生まれ変わります

それと同時に、フィールドの現実が、データ判定や分析、シミュレーションの支えによって、先鋭化するとともにより刺激的なものに変化していくことでしょう。


〈参考〉
*2 NHK NEWS WEB「サッカーW杯公式ボール “前回より2個分曲がる” 専門家が実験」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220824/k10013786201000.html