【現代空間論/空間論8】空間は実在せず虚数でしかない
空間は共時的な拡がりを持つ。
つまり時計を止めれば、今そこにモノや人、道路や家、空や月、太陽や星が静止状態で広がっている、というのが我々が抱く空間の姿です。
しかし、そのような空間は実存せず、共通の今も存在しない。これこそ相対論が導き出すマクロ世界の実像で、我々が持つ空間や時間の通念を、物理学が覆しつつあります。
空間は存在しない!
相対論が示した時空は、ミンコフスキー空間(あるいはリーマン空間)で表現されます。
ミンコフスキー空間とは、時間と空間を対等の次元で扱った座標系です。空間の三次元に時間の一次元を加えた四次元座標ですが、ここでは単純化するために空間を一次元にして、縦軸を時間、横軸を空間とした座標系を用います。
この座標系で、A点とB点を結ぶ直線の意味を考えてみます。
図1左は、「私」が道路沿いにある自宅(A)を10時に出て、目的地(B)に11時に着くことを表しています。そしてこの線を、私の「世界線」といいます。
すべての事象は、この世界線で描くことができます。(A点やB点は地図上の位置を表しているわけではないので、事象といいます。)
そこで、「光」の世界線を描いてみます(図1右)。
光は1秒に30万km進みます。今ココ(時間=0、空間=0)を基点にすると、以下のように光の世界線が描くことができます。
そして、光速は不変で、いかなるものも光速を超えることはないので、O点から出発した事象は斜線部分に立ち入ることができません。
つまり斜線部分は、この世に存在しえないことが容易にわかります。
これを座標系として広げて描くと、図2のようになります。
O点は「今の私」。空間軸に沿って広がる斜線部分は、「今の私」には絶対に影響を及ぼすことができず、知り得ることもかなわない「空間的領域 space-like region」です。そこでは因果律が成立しないので「非因果的領域」ともいわれます。
一方、O点(今の私)より上下の三角形では、因果律が成立しています。O点の下の三角形が過去、上が未来。
「今の私」が影響を及ぼして関係を作ることができるのは、この範囲に限られます。この領域内でのみ因果律が成立します。「過去の私」が「今の私」に影響を及ぼし、「今の私」が「未来の私」に影響を及ぼす。
つまり、「今の私」と同時(時間=0)に広がる空間は、存在しません。存在していたとしても、「今の私」とは因果関係がないものとして存在しているだけです。
そして、「今の私」は空間でなく、時間だけを生きているといえます。
時間性が空間を生み出す
それでは、なぜ我々は空間を認識できるのでしょうか?
まずミンコフスキー空間が1秒30kmという光の世界線で描かれており、それが日常からかけ離れたスケールであることがあげられます。
我々の日常世界は、せいぜい1秒10m程度の座標系にあり、そこに光の世界線を描けば傾きはほぼ0となり、空間軸(X軸)と重なってみえます。
しかし、影響が少ないといっても、我々の日常世界には光の世界線も、非因果領域も存在しています。
例えば、10m離れたO点とD点間の距離を同時に測ることとします。これで世界観を描くとすると(図3参照)、世界線ODは空間軸上の非因果領域にあることになり、これはありえない事態となります。
つまり我々は、どんなに近くとも2点間の距離を同時に測ることはできません。
それができる(と感じる)のは、わずかでも時間が経過しているからです。我々が見ている空間の正体は、過去の空間です。2点間の測量も、過去の空間とそれより少し過去の空間を比較することで成立します。
人間の認知や記憶の働きは光の速度に比べ桁違いに遅く、人間の空間認識能力はちょっとした時間差を簡単に補正してしまうので、同時に二点を計測することも、空間の広がりを認識することも可能になります。
空間は虚数の世界
このように空間は、存在するようにみえるが存在しない。
それは、ミンコフスキー空間上で、空間が「虚数 i」(2乗した値がマイナス)であることに、解明のヒントがあります。
ミンコフスキー空間では、空間でなく時間を虚数として扱うことも可能ですが、橋元淳一郎氏(<参考>文献を参照)は、先にも述べた時間性を考慮すると時間を実数、空間を虚数にする方がよい(説明力が増す)と述べています(橋元氏は相対論をピタゴラスの定理で簡単に解説しており、本稿でもほぼ橋元氏の解説を用いています)。
図4は、光速の1/2で進むロケット内の時間を計算したものです。ここでは、光速cを30万kmではなく、単位のないc=1としています(ミンコフスキー空間で時間と空間は同じ次元)。
1秒後を考えると、私は動いていないので、時間軸上で真上方向1秒のところに位置しています。このケースでは、私の世界線は時間軸と一致しています。
一方、ロケットは1秒後、座標Pに位置しています。ロケットに乗っている人はロケットと同じ位置にいるので、その人の時間軸はロケットの世界線OPに一致します。ロケットの時間軸そのものが傾きを持つのです。
そこでロケット内の時間は、この世界線OPを計ればよいことになります。ピタゴラスの定理で解くことができます。ただ、それは虚数が入るので、
OP^2 = 1^2 + 0.5^2 = 1.25 ではなく
OP^2 = 1^2 + 0.5i^2 = 0.75 となります。
1秒後のOPは、√0.75 =0.866秒ということで、ロケット内の時間が「私」の時間に比べ、ゆっくり進むことがわかります。
ちなみにロケット内の時空は、図5右のように歪んでいます。
ロケットに乗っている人の時間軸は傾いた緑線ですが、その人からみても光速不変であるには、光の世界線からみて時間軸の傾き(緑線)と同じ傾きをもつ空間軸(青線)がなければなりません。
そのため、ロケット内の時空は、傾いた時間軸と空間軸によって表された斜交座標系になります。
このように、空間は虚数として表わされます。
現実世界に虚数は登場しないので理解に苦しむところですが、空間は存在しないのではなく、虚数として存在しており、時間性と相まって虚数の空間が現前する(ように見える)ということになります。
ところで、なぜ空間が虚数なのか、虚数でなければならないのかについては、巧い説明はないように思えます。そもそも光速不変も観測的事実で、そこに根拠はありません。
人間の環世界としての絶対空間
たとえマクロ世界の空間の実態が虚数であるにしても、我々は日常的にそれを感じることができません。我々が感覚的に理解できるのは、ニュートンの絶対空間であり、そこに用いられるユークリッド空間までです。
それが人間の「環世界」といえるでしょう。
環世界とは、すべての動物がそれぞれに持つ種特有の知覚世界のことで、その動物にとっては、それが全ての世界です。認知能力や記憶能力に合わせて出来上がったのが人間の環世界であり、カントがいうアプリオリな直観の形式が作り出している世界ともいえます。
とはいえ、環世界のような「人間的空間」と、ミンコフスキー空間などが示す「物理的空間」との関係は、今後究明されねばならない重要なテーマです。
「時間の謎」の次は「空間の謎」の解明
実は「時間」の謎(例えば「時間の矢」)は徐々に解明されつつあります。
宇宙から生物が生まれ、そして人間が誕生する。人間は次第に自然から自立(疎外)し、個人が人間共同態から自立(疎外)していく。
このような経路において、異なる「時間」が各段階で生まれ、我々が持つ時空の通念が層をなすように形作られてきたことがわかっています。
それに対して「空間」の謎は、ほほ手つかずです。
空間レシピでは「人間的空間」を古代から現代まで追いかけてきました。人間とかかわることで「空間」は「場所」と呼ばれるようになり、「場所」は人間存在を主語(主体)としてでなく、述語的に解き明かしてくれます。
この「人間的空間」の特性を「物理的空間」との関係から説明していくことが、不可避となってきました。
(丸田一如)
〈参考〉
橋元淳一郎『空間は実在するか』インターナショナル新書
橋元淳一郎『時間はどこで生まれるのか』集英社新書
カルロ・ロヴェッリ『時間は存在しない』NHK出版