水中藤

 水の中でふよふよと漂うその藤は、さながらダイバーを誘う数多の手のようであった。
 薄い紫や白色をした小さな花は、海流に散ることなく、まるで風に乗る地上の藤と同じようにふわふわと揺れている。
 ある男が言う。
「あの根本にはそれは美しい女性が藤を抱えて立っていて、こちらを手招いているのだ」と。
 その男は水中の藤を見て以来、食事も睡眠もろくに取らず、日に日にやつれていっているという。
 彼の知人曰く。
「彼はあの時、こまねく女に魂を奪われたに違いない」
 とのことだった。
 もしかしたら、彼は今も水の中でこまねく女性とその細い腕に抱えられた藤に魅入られ、その場に立ち尽くしているのかもしれない。

300文字(スペース、改行含む)

『水中藤』/ 藤堂 空翠


『水中藤』https://note.mu/suityuufuzi/n/nb44dba96f679

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