レモン

[掌編]


 初恋は叶わない。そんな話を聞いたのはいつだったろうか。レモンに例えられるそれは、甘酸っぱいものらしい。
 遊園地ではしゃぐ君にカメラを向ける僕。きっと二人は恋人同士に見えただろう。
 モデルを目指す彼女と、カメラマンを目指す僕。利害関係の一致というやつだ。いつだって二人で歩いている僕らを噂する友人たちに、問いただされては苦笑いで否定する。胸の奥が痛むのなんて気が付かないふりでやり過ごした。
 写真のためなんて、本当は嘘だった。もっとずっと前から僕の視界は彼女しか映していなかったのだから。
 机の引き出しから一枚の便箋を取り出す。彼女に似合う、けれど男の僕が使っても違和感がないような、黄色地に小さなクローバーの箔押しがされた便箋。
 彼女への想いを綴るのが僕の日課になっていた。窓の外へ視線を移すと、きらきらとした町の明かりよりもか弱く、星たちが輝いている。
 ふと思い出すのは彼女の笑い声。あの日の彼女。今は遠くにいる彼女に宛てた出せない手紙を、箱の中に積み上げる。いつかこれを届けられるその日まで。いつか出会えるその日まで。
「千晶の事が好きです」
 何度目かになる呟きが静かな部屋に消えていく。亮輔くんと呼んでくれる彼女の声が聞きたくて仕方がなかった。
 また訪れる永い永い夜に、彼女に会えるその日が遠のくのを感じながら、安らかな眠りを夢見てうたた寝をする。
 僕の初恋はレモンよりも酸っぱい。

もくじ
マガジン『世界の欠片』

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