花様年華~倉俣史朗「ミス・ブランチ」のデザイン考
花様年華という言葉がある。
最初に私がそれを知ったのは、ウォン・カーウァイの映画のタイトルだった。監督の作る美しい画の雰囲気にぴったりの単語だと思った。
「花様年華」を調べてみると、①19~25歳くらいの青年期後期 ②花のように綺麗な時期 ③人生で最も美しい瞬間 というような感じである。
最近ではもっぱら推しであるBTSのアルバム名を思い浮かべるのだが、そんなある時、ぴんと閃いた。
私の最も好きなデザイナー、倉俣史朗(1934〜1991)のデザインは「花様年華」(主に②と③の意味)というワードがふさわしいのではないかと。
代表作の椅子「ミス・ブランチ」
倉俣史朗といえば、一番有名なものはこの作品ではないかと思う。
アクリル製の椅子の中に造花のバラを閉じ込めた「ミス・ブランチ」。何度見ても息を呑むような美しさをたたえている。富豪になったあかつきには手に入れたい椅子である。名前の由来はテネシー・ウィリアムズの戯曲「欲望という名の列車」の主役であるブランチ・デュボアから。
このデザインは発表から25年経った今も色あせない。それどころかますます唯一無二性を帯びてきている気がする。枯れることのないバラは、時を閉じ込めたまま浮遊している。カラフルで艶やかな脚も椅子本体を引き立て、強い印象を残すことに成功している。
この椅子が量産できる以上、類似品やオマージュを捧げたようなものがたくさんできてもおかしくないのだが、今のところあまり目立つものは見たことがないように思う。他のインテリアデザイナーが影響力を避けるために、あえて距離を取ったということも理由としてあるようだ。
椅子でなければ、アクリルの中に植物やいろいろなものを閉じ込めたキューブの製品はよく見かける。それらはシンプルで魅力的だが、「ミス・ブランチ」のバラやたんぽぽの綿毛を閉じ込めてオブジェにした作品と比べると、全く違う印象を受ける。同じような立体物のはずなのに。
いったい何が作品を魅力的にさせているのかといえば、技術を含めたデザインとそこに込められた哲学なのだと考える。倉俣さんは生前のインタビューで、自身の作品はアートとデザインの中間だと語っていた。才能と努力を持ち合わせた人が、限りなく力と思いを注ぎ作り上げたユニークなものはすべてアートだと捉える自分にとって、とても納得のいく言葉だった。職人的に自身の道を追求した結果、幻想と夢の世界、浮遊感、鮮やかさ、幸せと切なさなどが表現されているから、惹きつけられるのだと感じた。
展覧会について
そんな「ミス・ブランチ」を含めた歴代の作品が、世田谷美術館で展示されているのでぜひ行ってほしい。百聞は一見にしかず。テイスト的に好きそうだな、と思い諸々の余裕があったら、何も言わずに用賀まで足を運ぶときっと良い時間が過ごせると思います。
富山と京都にも巡回するので、そちら方面の方はお待ちください。倉俣さんのエッセイやスケッチ、読んでいた本なども並んでいるので頭の中の一部も覗けるような展覧会になっています。
倉俣史朗の人生や魂の一部、すなわち花様年華が込められた作品をどうかお見逃しなきよう(詳細は最下部に記載)。
余談1
日曜美術館で、「ミス・ブランチ」が誕生した経緯が紹介されていて大変興味深かったのだが、個人的に鳥肌が立ったエピソードがあった。
制作のきっかけが、知人からもらった韓国土産のおもちゃのバラだったというくだりを見て、自身の現在に至るつながりや引き寄せというような、そういったものを感じてしまった。こういうものがたまらなく好物なオタクの余談である……。
余談2
展示の中で、倉俣さんはデザイナーでなかったら音楽家になりたいと語っていた。また、音色という言葉がもっとも好きだという。彼の作品が音楽的な理由が少しわかり、嬉しかった。個人的には最初に上げた「I NEED U」や「BUTTERFLY」に近い音色の作品もある気がしています。展覧会ではインタビュー映像もあるので、ぜひ最後まで見てほしいです。
余談3
この展覧会には当然物販があり、かわいいものやきれいなものが大好きな人は散在しやすいので、そこに気をつけた上で挑んでほしい。図録はもちろんポストカードやマステなどの定番、ドリップコーヒー、トートバックなどが揃っています。上級者はフラワーベースなどのプロダクトを購入するのもありだと思います。
展覧会詳細
『倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙』
世田谷美術館
会期:2023年11月18日(土)~2024年1月28日(日)
時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日
公式サイト
参考サイト