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神話の暗示 その③
人間というのは面白いもので、遠く離れた民族の神話の中に共通点がいくつも見つかる事がよくある。世界は一度大洪水で滅びたとか、海に沈んだ大陸があったとか、英雄は一度死に、国家の危機に再び蘇るとか、世界の存続のために生贄を捧げ続ける必要があるとか。
大抵の場合、それは人類が共通の場所から長い旅に出発して、最終的に現在の位置に落ち着いたため、基礎となる神話があったせいだと思われる。
一つ、面白い符号を紹介したい。
前回もお話しさせてもらったが、イザナギは死んでしまった妻であるイザナミを迎えに黄泉の国(根の国)まで降りていく。そこで一悶着あって、結局妻を連れ戻すことを諦めて生者の世界に逃げ帰る羽目になるわけだが、ここで追手を退けるためにイザナギは身に付けていた三種類の道具を使う。
一つ目は髪紐。投げるとブドウに変わり、追手はそれを貪り食って足を止めた。
二つ目は櫛。投げると竹の子が生えて来て、追手はそれを貪り食って足を止めた。
三つ目は黄泉の国の境に生えていた桃の実。投げると追手は恐れをなして逃げ帰った。
有名な国産み神話の最終章の場面だが、ここで着目したいのはイザナギが用いた道具だ。
髪紐、櫛、桃の実。
この三種類、実はヨーロッパに伝わる有名な民話に、同じような用いられ方で登場する。
一度目は色とりどりの髪紐で絞殺、二度目は魔法の櫛で呪殺、三度目は毒林檎で毒殺。
「白雪姫」である。
白雪姫が成立した時代がハッキリしない(民話を収集し紹介したグリム兄弟の初版は1810年)ため、どちらがどちらに影響したのかは分からないが、ここまで共通していると共通の何かがあったと考えるのが妥当だろう。少なくとも全くの偶然ではあるまい。
つまり、古代世界において以下のような呪術的な常識が広い範囲で共通してあったと推測できる。
紐、櫛、果実 = 死の世界へ追いやる、死者を生の世界から遠ざける呪術的道具
連絡手段の限られた古代世界において、これほどまでに似通った表現が使われる点については、「死への恐怖」「特別な道具(特に衣食住などの生死に関わらないような、それでいて特別な効果のあるもの、化粧道具など)に対する特別な想い」などが複雑に絡み合っているものと思われるが、それはまた別の講義で。