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【ホラー短編】冷蔵庫の中に何かが……(1/3)
1/3
その日の朝早く、内島《うちじま》嘉介《かすけ》は友人の家に向かっていた。
(あのヤロウ、いつ電話しても「金はそのうち返す」ばっかりだからな)
線路沿いにある小さなアパートまで来ると、路上に車を停めて一〇一号室に向かった。チャイムを押したが反応がない。嘉介は無遠慮にドアを拳で叩いた。
ドン! ドン! ドン!
「おい、足本《あしもと》! いるんだろ!」
返事はない。しかし今日はこのまま帰るつもりはなかった。今月は麻雀の負けが込んでいて、金を持って帰らないと家賃が払えないのだ。
「足本! 居留守すんな、おい! 負け分の二万円を払えコラ!」
ドアを叩きすぎて拳が痛くなってきた。本当に留守のようだ。部屋の灯りは消えているし、物音もしない。嘉介は苛立たしげな鼻息を鳴らし、ドアを蹴飛ばした。
「クソッ……」
「死んだよ」
嘉介はぎょっとして振り返った。いつからそこにいたのか、腰の曲がった老婆がいた。猜疑心の強そうな目でこちらを見ている。
「足本さんなら死んだよ」
嘉介は相手が何を言っているのか飲み込めず、聞き返した。
「え?」
「だから、死んだんだよ。おとついまで警察が来てて大変だったんだよ」
「死んだって、その……何で?」
「自殺したんだよ。包丁で自分の腹をカッさばいたのさ!」
嘉介は体の中がすっと冷えるのを感じた。
「あんたは?」
「ここの大家だよ。あんたも足本さんに金貸してたのかい? ちょっと待ってな、今ドアを開けてやっから」
そう言うと老婆は鍵束を取り出し、一〇一号室を開けながらぶつくさと愚痴をこぼした。
「まったく。ここ数日、借金取りがひっきりなしだよ。ドアを壊されちゃかなわないからね。欲しいもんを取ったらすぐ帰りな」
嘉介はそろりと一〇一号室を覗き込んだ。
部屋の四分の一ほどはゴミ袋で占められていた。汚れた皿でいっぱいのキッチンシンクからは汚水が溢れ、ウジが沸いている。嘉介の侵入に抗議するかのようにハエが飛び立ち、ぶうんぶうんと音を立てて飛び回った。
(こりゃヒデエな)
嘉介は勇気を振り絞り、悪臭漂う室内に入った。
借金取りが来たというのは本当のようだ。タンスなどはすべて中身を引っ張り出されているが、どうも金目の物は見つけられなかったらしい。足本はすでに売れるものは何もかも売ってしまっていたようだ。
よく見ると畳に赤い染みが残っている。嘉介はぎょっとして飛び退いた。割腹自殺なんて本当にする奴がいるとは。
足本とは特に親しかったわけではないが、死んでいたというのはさすがにショックだった。
床にはカード金融の督促状が散らばっている。封を切ってすらいない。
女物の衣類や化粧品が少しあり、洗面所に青とピンクの歯ブラシがひとつずつあった。
「彼女がいたのか」
「ああ、いたね」
玄関前で待っている老婆が言った。
「だけど一ヶ月くらい前からずっと見てないよ」
嘉介は一刻も早くここから逃げ出したかったが、しかし金はどうしても必要だった。家賃を滞納すればアパートの管理会社から嘉介の両親に連絡が行き、ろくに勉強もしないで麻雀ばかりしていることがバレてしまう。
ふと、冷蔵庫に目が行った。独身者向けの小型タイプで、そこそこ新しい。嘉介は冷蔵庫のドアに手をかけた。
「うん?」
開かない。もっと力を込めたがそれでも開かなかった。
(あ、壊れてるのか。だから借金取りも持って行かなかったんだな)
嘉介は納得した。こいつを自分で修理して売れば多少は金になるだろう。盗むようで多少気が引けないでもないが、これは正当な権利なのだと自分に言い聞かせた。
その日の午後、嘉介は大学に向かった。
かったるい講義を半分寝ながら受けたあと、いつも通りクラブハウスにある麻雀同好会の部屋に向かった。部屋にはいつもの面子が集い、いつものように麻雀の卓を囲んでいる。
校内で賭け事はまずいのでやりとりするのは「こども銀行」の万札だ。だから金がない嘉介でも参加できる。
牌のやり取りをしながら、嘉介は雀友たちに聞いた。
「あのさ。足本が死んだって知ってたか?」
向かいにいた武本が記憶をたぐるように眉根を寄せた。
「ああ……あいつか。あんま知らねえけど。死んだって何で?」
「俺もよくわかんねえんだけどさ……」
嘉介は今朝見てきたことを話しながら、足本と初めてあったときのことを思い出していた。
嘉介が麻雀を始めたばかりのころの話だ。麻雀教本を片手に雀荘にひとりで言ったとき、同じくひとりでいた足本が声をかけてきた。初心者の二人は一緒に麻雀を打った。
その後は面子が足りないときに足本を家に呼んだり、あるいは足本の家に行ったりしたが、付き合いはその程度だ。あとは麻雀で二万円の貸しがあったくらいである。
「お前、恨まれてるんじゃねえの。金の取立てに行ったんだろ」
相沢の意地悪そうな笑いに、嘉介は肩を竦めた。
「二万ばっかしで恨まれちゃかなわん。まあ全然ガッコ来てねえし、ヘンだとは思ってたけどさ……死んだとはなあ」
「女がいたんだろ? きっとフラレて逃げられたんだよ。で、えらいこと落ち込んで。そんで自殺しちまったんだよ、きっと」
武本が無責任な推理を口にした。だが嘉介も実際その線だろうと思っていた。まともな精神状態の人間があんな部屋で生活していたとは思えない。
「見ろよ。ニュースに出てるぜ」
スマホ中毒の金山が四六時中見つめているその画面を他の三人に見せた。ニュースサイトが表示されている。
〝市内で大学生自殺 借金苦か〟
金山はすぐにスマートフォンの向きを自分に戻した。
「確かに書いてある。自分で自分の腹を切ったって」
「腹を切った?」
武本が呆気に取られた。
「切腹したのかよ? ハラキリ?」
嘉介は頷いた。
「そうらしいな。大家のババアも言ってたぜ」
金山が続けた。
「うん、自分の腹部を包丁で刺したものと思われるってさ」
武本が気味悪そうに首をすくめた。
「江戸時代でもねえのにか? 腹を切るなんて普通するかね。死ぬにしてももっと楽な方法があるだろ」
相沢がヘッと笑った。
「よっぽど憎かったんだろ。嘉介とか、借金取りとか、逃げた彼女とかがさ。ハデな死にかたして、そのやるせない思いを世間に知って欲しかったんじゃねえ?」
そのあと四人は武本の家に行き、酎ハイをがぶ飲みした。
嘉介はあまり飲めないほうだが、今日に限って結構な量を入れてしまった。飲まずにはいられなかったのだ。どうやら足本の件が自分で思っているよりもはるかに大きなショックだったらしい。
金がないのでその後の麻雀には参加せず、ふらふらになって自分のアパートに戻った。台所で蛇口から直接水を飲む。
「ウエップ!」
床に座り込んだ。そして目の前にある冷蔵庫に気付いた。今朝、足本の部屋から持ってきたやつだ。すっかり忘れていた。
「ああ……あのヤロウ。死ぬこたねえだろうよ……人生は長えんだぞ……」
自分をこんな気分にさせた足本への恨み言をつぶやきながら、嘉介は冷蔵庫のドアに手をかけた。やはり開かない。押しても引いてもビクともしないのだ。いったい何が入っているのだろう?
(まあ、どうせ腐ったピザとかだろうけどさ。あいつデブだったからな……)
嘉介はグラグラする体をどうにか起こすと、布団に倒れ込み、そのまま気絶するように眠った。
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