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痛みを紡ぐ女(6/7)

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6/7

 紡は車を回し、工業地帯へと向かった。

 コンクリート、バラック、草が生えた赤土の空き地、霧雨病のかかり始めのおかしな咳をする工員たち。

 街灯は切れがちで、ときどき首にロープをかけられた人間の死体がぶら下がっている。その首に下げられた看板にはタグ(*ギャングが縄張りを示す落書き)が書かれていた。ここはギャングの縄張りだ。

 古い工業団地がひしめく中、紡はゆっくりと車を走らせた。場違いな高級車と女のドライバーを地元民が敵意に満ちた目で見ている。怒鳴り声を上げて石や空き缶を投げつけてくる者もいた。

 ガツン!
 車体に石がぶつけられれ、桂馬が思わず身を竦めると、紡が笑った。

「まあ、私の車じゃないですし……ああ、いたいた。あれがいい」

 紡は運送会社の廃墟に車を入れた。屋根付きの大きな宅配物集積所に、地元ギャングが六人ほど集まっていた。ドラム缶に火を起こし、合法麻薬《エル》をドリップして純度を高めた粉末を鼻から吸い上げている。

 紡が車を停めて車を降りると、彼らがかけている大音量のラップミュージックが押し寄せてきた。

「あなたはここにいてね」

 言わなくても桂馬は車から出る気はなかった。

 紡がギャングたちのほうへ歩いて行くと、ギャングは場違いな来客をいぶかしんだ。彼女を取り囲み、じろじろと胸や尻や顔を見つめて値踏みする。

「何よ、ネエチャン。何の用だ」

「何でもいいよねェ! お姉さんも欲しいモノがあるんじゃないの? コレとかさァ」

 ギャングの一人が自分の股間を突き出し、下卑た笑いを向ける。

 紡は微笑んだ。

「ええ。あなたたちが欲しかったんです」


* * *


 二時間後。

 疵女は一人、宅配物集積所にいた。

 ドラム缶の炎は燃え続け、あたりにはギャングが吸っていた合法麻薬《エル》の空き箱・空き瓶などが落ちている。疵女は背後に気配を感じ、振り返った。

「なぜ私に電話したの?」

 いつの間にかそこに立っていた女が言った。

 浅黒い肌をした美女で、白目が黒く、黒目が真っ赤であった。黒いタイトスカートに黒いタイツを履いたスーツ姿で、幅広のスカーフを肩から頭にかけて巻いている。胸には翼を意匠化した銅色のバッヂ。

 疵女は微笑んだ。その目は同じく白目が黒く、黒目が赤い。

「こんばんわ、姉妹《シス》。たぶん追っ手はあなたが買って出ただろうって思って。私に血を授けた責任で」

 相手の女は紡に血を授けた、すなわち人間であった紡を血族化させた血族であった。闇撫家は女しか血を授からず、家系内ではお互いのことを姉妹《シス》と呼ぶ。

 女は微笑み返した。

「まあ、その通りね。闇撫家のフェーレース」

「闇撫家の疵女」

 儀礼的な名乗りを交わしたあと、フェーレースはちらりと周囲を見た。大きな段ボール箱が六つ、適当に距離を置いて置かれている。それらはときどき中からうめき声を発したり、小さく動いたりしている。

「あれは何かしら?」

「気にしないで下さい。それより姉妹《シス》、一つだけ教えてください。櫃児くんって覚えていますか。宴会で拷問された男の子」

「ああ……あの子がどうかしたの?」

「たぶん、こういうことだと思うんです。私の父さんはツバサ重工の地位のある人でした。それを殺した私に血盟会は報復することにした。私の愛人をさらって、宴会の席で余興がてらに拷問して殺した。私の目の前で」

「まあ、そういうことね。あなたが血を授かったのはラッキーだったのよ。それであなたの罪は許されたの」

「それで……〝その女は特別に愛でている少年がいるから、それをさらって、女の目の前で拷問をして殺そう〟と提言をしたのって、姉妹《シス》の誰かなんじゃないですか? だってあれ、闇撫の血筋ならではの発想でしたもの」

 フェーレースは感心したような眼で疵女を見た。

「あなたの勘には驚かされるわね」

「その提言をした姉妹《シス》はあなたでしょうか、フェーレース?」

 探るような目つきにフェーレースは微笑みを崩さず、首を振った。

「ひとまずその話は置いといて。私が来たのはあなたを救うためなのよ」

「と言うと?」

「闇撫家は各地の裏社会に独自の組織を築いているの。魔女の組合をね。あなたは死んだことにしておくから、市《まち》を出てそちらの世話になりなさいな。推薦してあげる」

「なぜそこまで?」

「私自らが血を授けたかわいい姉妹《シス》だもの。体の相性も良かったし」

 疵女は決然と首を振った。

「櫃児くんの仇を殺すまではどこにも行きません」

 フェーレースはどこか芝居がかった様子で驚き、頬に両手を当てて嘆いた。

「まあ! 疵女ちゃんったらどうしちゃったのかしら? 人間《血無し》にそこまで入れ込むなんて! 男なんかしょせん使い捨てのペットじゃない」

「私は櫃児くんの死に関わった者すべてに復讐します」

 フェーレースの顔から微笑みが消えた。彼女が掌をすっと右から左へ走らせると、黒い霧が走り、手品のように短剣が現れた。刀身が蛇のように波打っている。

「殺すしかないみたいね。悲しいけれど」

「その通りです。殺せれば、ですけれど!」

 一方、疵女もバタフライナイフを開いて構えた。

「ヒュウッ!」

 シュッ!
 フェーレースが踏み込みながら突きを放つ! 鋭い!

 疵女はバタフライナイフでこれを受け流す。

 ギィン!
 刀身同士がぶつかり、すさまじい火花を散らす。

 フェーレースは続けざまにすさまじい速度の突きを連打した。たちまち疵女は全身に小さな切り傷を受けた。疵女が攻めに転じてナイフで突きかかると、フェーレースは一歩引きながら短剣を逆袈裟に振った。

 ザシュ!
 波打った刀身が疵女の胴体をえぐり、傷口を大きく広げる。

 だが疵女は斬り付けられながらも強引に間合いを詰め、フェーレースの短剣を持つ腕を掴んだ。疵女の全身から立ち昇った黒い霧がフェーレースに移る! ギフトだ!

 たちまち疵女の全身の傷が消え、逆にフェーレースの全身の同じ場所に傷が開く!

 フェーレースはぐんと踏み込むと、逆の手で疵女の顔面に強烈なストレートパンチを入れた。

 ドゴォ!
 華奢な体つきにも関わらずヘビー級ボクサー並みの威力だ。疵女は大きく仰け反った。

「グッ」

 同時にフェーレースの全身から発生した黒い霧が疵女に乗り移る。譲り渡した傷はまた疵女へと戻された。

 フェーレースは短剣を手の中でバトンめいて回し、おどけたように構え直した。

「ヌルいわよ、姉妹《シス》!」

 血を授かって日が浅い疵女に対し、フェーレースはスペインで魔女狩りが吹き荒れた十五世紀から生きているのだ。年季が違う。

 疵女は再び攻めに転じた。ダメージ覚悟の突進だ。フェーレースは身を横に流してそれをするりとかわすと、疵女の足に短剣を一閃した。

 スパァン!
 疵女の右足首が跳ね、地面を転がった。

 フェーレースは微笑んだ。

「ホホホ……さあ、あんよが上手なところを見せてごらんなさいな」

「クッ……」

 疵女は傷口から血をほとばしらせながら地を這った。段ボール箱の一つに近付くと、手を押し当てた。ギフトが発動し、段ボール箱の中でくぐもった悲鳴が上がる。

 フェーレースは眼を見張った。

 疵女に新たな右足が生えた。血色が悪く完全に感覚は戻ってはいないが、疵女は両足で真っ直ぐに立って身構えた。段ボール箱の中には、先ほど疵女が捕らえたギャングたちが拘束されて詰め込まれているのだ。

 フェーレースはトンチンカンな解答を出した生徒に頭を悩ませる教師のような顔をした。

「それってあまりいい案じゃないわね、姉妹《シス》」

 近くの段ボール箱に近付き、容赦なく短剣を突き立てる。くぐもった悲鳴が上がり、段ボールから血が染み出した。

 その瞬間、疵女は叫んだ。

「ヘイ、ボーイ! 五一○八番起動!」

 ドォン!!
 その瞬間、フェーレースが短剣を突き刺した段ボール箱が爆発した!

 フェーレースは爆風にあおられて吹っ飛び、地面をゴロゴロと転がった。すぐに立ち上がって体勢を整えたところに、疵女が一気に間合いを詰めた。

「逆用されないようにしといたんですよ! 当然でしょ!」

 疵女は人間のころ、出世に邪魔だった上司を爆殺したことがある。そのとき知り合った爆弾屋に電話をかけて爆弾を調達しておいたのだ。

 段ボール箱にギャングと一緒に入れられたその爆弾は、スマートフォンが組み込まれており、音声認識で爆発する仕組みになっている。

 爆風にフードを吹き飛ばされてさらしたフェーレースの美しい素顔は、怒りに歪んでいた。

「やってくれたじゃない」


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