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【B級ホラー短編】忍び寄る鶏冠(5/5)

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5/5

「……」

 血塗れの両拳をだらりと垂らしたまま、ブロイラーマンはナニーを見据えていた。
 突然彼は振り返り、上半身を低く沈めた。

「シャアッ!」

 シャウトとともに、その真上を鋭利な五本の爪がビュンと風を切って通り過ぎた。
 ブロイラーマンはすかさずステップして襲撃者との間合いを広げた。

 ナニーは目を見開いた。ブロイラーマンと相対しているのは雷虎であった。
 構えた両手の十本の指から、三十センチほどもある鋭利な爪が生えている。雷虎はブロイラーマンに凶暴に笑った。

「ハハッ! 何でわかった」

「こんな見え透いた囮にかかるか」

 ナニーは目を見開き、呟いた。

「囮……」

 雷虎がちらりと彼女に目をやる。

「悪く思うんじゃねェぞ、ナニー。ヴァーミンの命令だからよォ!」

 雷虎に後をつけられていたのだ。ナニーが食堂に入ると雷虎は自分のスマートフォンをアラームセットして滑り込ませ、音でブロイラーマンを誘い出した。最初から囮に使われていた。

 ブロイラーマンは高々と名乗りを上げた。

「血羽家のブロイラーマンだ! 選ばせてやる。殺されて死ぬか、死ぬために殺されるか」

「抜かせ! 王虎《おうこ》家の雷虎! テメエには血盟会入りの切符になってもらうぜ!」

 雷虎が構え直すと両手の爪が風を切って鳴る!

「シャァーッ!」

「オラアアアーッ!」

 雷虎は猫が飛びつくようにして両手の爪でブロイラーマンに襲いかかった。

 ブロイラーマンは身を沈めてかわし、すかさず反撃に出る!

「オラア!」

「ハハァーッ」

 雷虎は相手のパンチを宙で一回転して易々とかわした。王虎家は人虎の血を継ぐ獣人の血族である。その動きは猫科じみて俊敏だ。

 雷虎はちらりとナニーを見て舌なめずりをした。

「ヘヘヘ! 待ってろよ、ナニー! ヴァーミンはお前をどうしようが好きにしろっつってたしさァ、こいつを殺ってからヤリまくってやる! 蜜姫の代わりによォ!」

 もはや彼は血族の邪悪な本性を剥き出しにしていた。恋人を失った感傷などほんの一時、人間性の残り滓が顔を出したに過ぎなかったのだ。

 どちらが勝っても絶望! ナニーは泣きながら身を竦めた。

「シャァーッ!」

 雷虎が右手の爪で鋭い突きを放つ!
 ブロイラーマンはそれをかわし、テーブルから手に取ったウイスキーの瓶を雷虎に投げつけた!
 バリン!!

「ウオオ?! クソッ、テメエ?!」

 ウイスキーを被って一時的な目くらましを受けた雷虎は、めくらめっぽう残った爪を振り回した。

 だがブロイラーマンはその動きを見切っており、上体を振ってかわすと、雷虎に強烈なボディブローを入れた。
 ドムッ!

「お゛ごッ!?」

 雷虎が動きを止めると、ブロイラーマンはすかさず相手の左腕を掴んでテーブルの上に投げ落とした。そのまま走って雷虎の体を長テーブル上の端から端へと滑らせて行く!

「オラアアア!」

 ガチャン! ガチャン! パリン!
 テーブル上の花瓶や皿などが次々に雷虎にぶつかって床に落ちるが、ブロイラーマンは手を緩めない。

 雷虎は頭を仰け反らせて自分の行く先を見、目を見開いた。暖炉の炎が赤々と燃えている!

「やめろーッ! テメエ、やめ……」

「オアラアア!!」

 雷虎は発射台から発射されたロケットじみて暖炉に放り込まれた! 先ほど被ったウイスキーに引火し、全身が激しく燃え上がる。

「ギャアアアアアアアア!」

 火ダルマになった雷虎は暖炉から飛び出すと、踊るように身をよじりながらあたりを走り回った。
 断末魔の悲鳴はすぐに途切れ途切れになり、ばったりと前のめりに倒れる。

 ブロイラーマンはいまだ燃え続ける雷虎に歩み寄ると、何の躊躇もなくその頭を踏み潰した。
 グシャア!

 パタン。
 逃げ足をもつれさせ、食堂のドアにもたれかかったナニーはブロイラーマンと眼が合った。
 彼女は死力を振り絞って立ち上がると、急いで部屋を飛び出した。

 雷虎すら赤子の手を捻るように殺された。四人の中では唯一完全な戦闘タイプの血族であった、王虎家の血族すらもが。

(絶対殺される……絶対殺される……ブロイラーマン! あいつ狂ってる!)

 ナニーは館の玄関口へ向かおうとして、階段で立ち止まった。一瞬の思案ののち階段を駆け上がって寝室に戻り、眠っていた二乃を起こした。

 二乃はいまだ天然麻薬《オー》の影響が残っており、とろんとした目で聞いた。

「何……?」

「逃げなきゃ!」

 他の奴隷女たちのことが一瞬頭をよぎったが、そこまでの余裕はない。

 ナニーはヴァーミンを探した。

(ブロイラーマンにヴァーミンをぶつけるんだ! あいつは血盟会だからすぐには殺されないはず!)

 二乃の手を引いて廊下を抜ける途中、ナニーが踏んだマットがビチャリという濡れた音がした。彼女は奇妙な弾力を感じて思わず足を引っ込め、闇に目を凝らした。

「ヒイッ……」

 ナニーは悲鳴を飲み込んだ。

「ヴァーミン……!」

 その赤黒くておかしな形をしたドアマットは……ドアマットだと思っていたものは、ヴァーミンの死体であった!

 狂気を伴う恐るべき念入りさで、車に轢かれたカエルじみて平面になるまで殴り潰されている。

 雷虎をナニーに向かわせたあと、一人になったところを狙われたのだろう。ナニーは二乃の目元を手で覆い、死体を踏まないよう迂回した。

「見ないで。車へ! 急いで!」

 振り返ってもあの雄鶏頭の姿はない。だがナニーの背にはべったりと恐怖が張り付いている。すぐそこにあの男がいるかのように感じられる。

 玄関から外に出ると、ワゴンの助手席に二乃を乗せ、自分は運転席に周り込んだ。

 これは雷虎の車で、ナニーは彼がスペアキーをサンルーフに隠すのを見ていた。祈るような思いで探ると、確かにキーはそこにあった。

 キーをイグニッションに差し込んで回転させた。

 キュンキュンキュン……キュンキュンキュン……

 こんなときに限ってエンジンが不調であった。ナニーは泣きそうな顔で必死にキーを回す!

(かかって! かかってよ!)

 ブロロロン!

 エンジンが始動すると、ナニーは乱暴にアクセルを踏み込み、館の敷地から一目散に逃げ出した。

 街灯もまばらな夜の田舎道を走り出す。行き先などは考えておらず、とにかく少しでも早くこの場から逃れることしか頭になかった。

 館はすぐに闇に飲まれて消えたが、ナニーの動悸と息切れはいつまで経っても収まらない。

「ハァッ、ハァッ……! もうこんなことやめる……」

 ナニーはすすり泣きながら呟いた。

「血族仲間とも犯罪とも手を切ろう。私は人間に戻る……生き方を、人間の生き方をしよう。もうこんなことやめる……」

「どこへ行くの?」

 助手席で二乃が囁いた。

(((どこへ行くの?)))

 その姿が幼い妹の姿と重なり、幻聴が聞こえた。ナニーは涙を拭って頷き、笑いかけた。

「私の家。ここと同じくらい田舎なんだけど一軒家でね。一人で住んでるの。毎日面倒を見てあげる。新しい妹……前のも、その前のうまく行かなかった。でも今度こそうまく行くよね。ちゃんと恋奈《れんな》になれるよね」

 二乃はきょとんとした。

「恋奈って誰?」

 不意に、ナニーはルームミラーに映ったものに目をやった。

 後部座席の下から真っ赤な鶏冠が、続いて怒り狂った闘鶏の目をした雄鶏頭が現れた。

 ナニーは目を剥き、悲鳴を上げるため口を大きく開いた!

「あああああああああああ!」


* * *


「これって狐妻《こづま》愛希《うき》じゃない?」

 天外市警、佐池永久《さいけとわ》警部補の言葉に、制服警官がきょとんとした。

「誰ですか?」

「指名手配犯。通称〝世話係《ナニー》〟」

 永久は銀色の前髪をかきあげた。トレンチコートを着込み、防霧マスクで顔を覆っている。研ぎ澄まされたカミソリのような美女である。

 ワゴン車がガードレールにぶつかって停まっている。タイヤ痕からすると路上でスリップしたようだ。

 運転席では女の死体がハンドルに突っ伏している。首が折れていた。
 交通事故でそうなったのではなく、後ろから何者かに頭を掴まれてものすごい力でねじり折られたようであった。

 周囲には天外市警のパトカーが集まり、検分を始めていた。
 向こうのパトカーの車内では毛布を体に巻きつけた女が別の警官に事情聴取を受けていた。

 麻薬が大分回っているらしく、意識が混濁している様子だった。証言が期待できるかはあやしいところだ。

「指名手配って何の容疑で?」

 制服警官が興味を引かれた様子で聞いた。

 永久はスマートフォンの画面をスワイプしてめくり、彼に見せてやった。『天外市少女連続誘拐殺人事件』のニュースが表示されている。

 警官は驚いて顔を上げた。

「え!? あの事件?」

「そう。孤妻は少女をさらっては地下室に監禁してたの。かろうじて逃げ延びた被害者が言うには、狐妻は他人を〝妹〟に作り変えようとしてたんですって。被害者を拷問したり、整形したり、あるいは自分で作った電脳ドラッグで洗脳したりしてね。わかってるだけでもそうやって六人が殺されてる。実際はもっと殺してるでしょうね」

 ぎょっとする警官に、永久は死体を覗き込みながら続けた。

「彼女、自分の妹を殺してるの。それが何か関係あるのかも」

 天外市警は血盟会の使い走りだ。よって血族の犯罪をすべて隠ぺいしている。だが正義感の強い永久は同僚に秘密で洗い直し、ひそかに犯人を追っていたのだ。

 わずかながら残った記録によれば、狐妻愛希は(経緯は謎だが)血族化したとき、そのショックで暴走して実の妹を殺してしまった。

 彼女はその現実を受け止められず、狂った妄想で過去を補おうとしていたのだろう。血族化してなお、ある種の人間性に囚われていたのだ。

 永久はつぶやいた。

「人間性って何なのかしらねぇ」

「え?」

「何でもないわ。引継ぎが来たら〝B案件〟と伝えておいて。それで報告書は通るから」

 永久は警官に言い残して自分の車に戻った。車を路肩から街道へ出す。

 しばらく走らせ、どんよりと曇った空に憂鬱な鉛色の朝日が差し始めるころ、彼女は大きな電波塔のそばで車を止めた。

 そのてっぺんから風を切って降りてきた男が地面に降り立った。雄鶏頭の血族、ブロイラーマンだ。

 彼は車の助手席に乗り込んだ。シートにつくと、たちまちその姿は小柄な少年のものに変わった。

 彼が回収してきた昆虫型ドローンを渡すと、永久はそれをグローブボックスにしまい、車を出した。

 永久は共に血族を狩り続ける仲間のその少年に微笑んだ。

「ご苦労様」


(忍び寄る鶏冠 終わり)


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