13.紅殻町工業フォート攻防戦(3/3)
3/3
ビシャモン、バットボーイ両者とも上着に銅色のバッヂをつけている。それはすなわち、彼らが血盟会に従う血族であることを意味する。
ビシャモンは長すぎる上半身をゆらゆらさせた。手にぶら下げた老人が一緒に揺れる。
「なーに、順調順調ォ。爆弾の設置も終わったしさァ。ボーナス出たら次の休暇にどっか行こうよォ、女の子誘ってさァ、ハワイとかさァ」
「俺ァ暑いところは嫌いだ。いいから掃除を終わらせろよ。まったく、テメエはいつもいつも……」
バットボーイはぶっきらぼうに言い捨て、来た方向へ戻って行った。
不意に屋台の影から背を向けた男がふらりと現れ、振り向きざまに裏拳を放つ!
「オラァア!!」
ドゴォ!
バットボーイの左頬に直撃!
「おごッ……?」
その首がねじ折れ顔が真後ろを向いた! ブロイラーマンは両手をばたつかせるバットボーイの頭を両腕で抱え込み、力ずくでもう半回転させた。
「アガガガーッ!? アガ、やめ、やめアガーッ!?」
バキバキボキ! ベキィッ!
ペットボトルキャップのようにバットボーイの頭をねじ切ると、自販機横のゴミ箱に投げ込んだ。
ビシャモンはそれを一瞥し、老人を床に放り捨てた。
「あーあ……俺ァ分別しねえ奴はキライだなァ」
「ゴミには違いない。血羽家のブロイラーマン」
ビシャモンは驚きに目を見開いた。
「おおっと、有名人じゃねえかァ! 似蟲《にむし》家のビシャモンだァ、何しに来やがったァ!」
「邪魔しにだよ、サナダムシ野郎」
ビシャモンはアンデッドワーカーたちに喚いた。
「お前らいつまでメシ食ってんだァ! かかれェ、かかれェ!」
「「「ア゛ア゛ア゛」」」
口元を血で真っ赤にしたアンデッドワーカーたちがぞろぞろと集まってきた。手にしたサブマシンガンを乱射!
ダダダダダダ!
ブロイラーマンは超高速でジグザグに走ってかわし、アンデッドワーカーに切り込んだ。パンチで次々に頭を粉砕する!
「オラァ!」
「アバ!」
その隙を突いてブロイラーマンに這い寄ろうとしたビシャモンに、さっと飛びかかった影があった。鋭い飛び蹴りをビシャモンの顔面に放つ!
「ヤーッ!」
「うお!?」
ビシャモンはのけ反るようにして蹴りをかわし、その人影の腕を掴むと、後ろ足で立ち上がった。
黒いゴス風スーツにフード、ドクロのマスクで口元を覆った死神めいた格好の女であった。マスクの右頬にはピンクのキスマーク。
女はビシャモンの手にぶら下がったまま名乗った。
「聖骨家のリップショット!」
ビシャモンのおぞましい十六対の脚が一杯に開かれた。鋭利な脚先から鮮血がしたたっている。
「あ、そう。似蟲家のビシャモンです。そんじゃさいならァ! チョッキンだァ!」
ジャキン!
だが脚が閉じられる瞬間、リップショットは逆上がりの要領でこれをかわし、両脚でビシャモンの頭を抱え込んだ。渾身の力で相手の首の骨をねじり折る!
「でぇい!」
ボギ!
「お゛!?」
ビシャモンは濁ったうめき声を上げた。リップショットが相手の手を振り解き、ひらりと地面に降り立つと同時に、ビシャモンは倒れた。
「お゛あ゛」
死にかけの虫めいて脚をざわざわと痙攣させる。その姿に嫌悪感たっぷりに顔をしかめながら、リップショットは詰め寄った。
「議長はどこ?」
「な……何にも言わないぞォ! ナメんじゃねーや! ごめんなさい課長、お役に立てませんでしたァ!」
ガリッ!
何かを噛み潰す音を立て、ビシャモンは口をモグモグさせた。とたんにその体がビクンと跳ね上がり、激しく血を吐いた。
「ゴボッ、ゴボボボ……!」
「あっ!」
リップショットが駆け寄ったときにはすでに事切れていた。奥歯に毒でも仕込んでいたか。
アンデッドワーカーを始末したブロイラーマンが振り返った。
「自決したか」
「うん。何も聞き出せなかった」
店舗や物陰に隠れていた人々が恐る恐るこちらを見ている。ブロイラーマンは彼らに叫んだ。
「地下鉄に降りて廃線を天外駅方面へ迎え。フォートの出入り口には近付くな。防弾パネルの内側にいるアンデッドワーカーに蜂の巣にされるぞ。それから、誰か議長って奴を知らないか?」
答える者はない。みなブロイラーマンの容貌を恐れて隠れたまま出て来ないか、悲鳴を上げて逃げ去って行くかだ。ブロイラーマンは頭を掻いた。
「あー……非人間タイプの血族は不便だな」
「そう? 私はその顔カワイイと思うけど」
リップショットが慰めるように笑った。
母親に手を引かれた小さな子どもだけが、恐る恐る礼を言い残して行った。
「あ、ありがとう」
ブロイラーマンは無言で頷き、親指を立てた。
人々が去ったあと、ブロイラーマンとリップショットはあたりを調べた。天井ドームを支える大きな支柱の根元に、ドラム缶を四つ連結したような物体が置かれていた。踏鞴が滅却課から受注して作った爆弾だ。
リップショットが嘆息を漏らす。
「ヒェ~、でっかいな! 地球に大穴が開いちゃうよ」
すでにセットし終えていて、デジタルパネルが秒読みを開始している。あと一時間四十分。
「ここは商業区だったな。工業区の南側にもう一つあるはずだ」
小柄な人影がこちらにやってきた。ビシャモンに捕まっていたあの老人だ。まじまじと二人を見やる。
「お前たちは他のバケモノどもとは違うのか」
「それを説明している時間はないんだ。あんたも逃げろ」
老人は鋭い眼光でブロイラーマンを見据えた。雄鶏頭の怪物を目の当たりにしても少しも臆することなく、熟練の機械工が機械を見るようにブロイラーマンを見極めんとしている。ブロイラーマンの中にある人間性を見ているのだ。
老人は言った。
「議長という奴を探してるのか?」
「知っているのか?」
「ああ。さっきバケモノどもが電話で話してるのを聞いたぞ。居住区のドリーム橋田にいると言っておった。ここで一番でかいマンションだ」
ブロイラーマンはリップショットと顔を見合わせた。
「確かだな?」
「フン、耳が遠くなるほどモウロクしとらんわい」
ブロイラーマンは通信機で永久に報告した。永久は答えた。
「了解。あなたたちは引き続き滅却課の妨害をしつつ工業区南に向かって。急げばそっちの爆弾の設置は阻止できるかも」
ブロイラーマンたちは地下鉄廃線からフォート内に侵入し、永久と別れて行動を開始したところだ。血族の彼らが派手に暴れ回って滅却課の目を引き、議長救出に向かう永久の存在を覆い隠す作戦である。
通信を切る前、永久はブロイラーマンに念を押した。
「ブロ、約束を忘れないでね」
「ああ。そっちも気をつけろ」
走り出そうとしたブロイラーマンとリップショットの目の前に、先ほどの老人が立ちはだかっている。
いぶかしむブロイラーマンに老人は頑とした態度で言った。
「工業区の南に行くのか」
「聞こえてたのか。なるほど、あんたの耳は確かだよ」
「ナメたクチ聞くな、ガキめ」
老人は吐き捨てるように言った。
「俺の女房がそこで弁当屋をやっとる。置いて行けん。俺を連れて行くなら近道を教えてやる」
「あなたの奥さんなら私たちが探します。あなたは……」
老人はリップショットを睨み、頑として言い張った。
「俺が行くと言っとるんだ」
ブロイラーマンは相手を見据えた。石頭という言葉がぴったりの面構えだ。聞き分けのいいタイプではない。
「あんたの名前は?」
「檜垣善十《ヒガキゼント》」
「ブロイラーマンだ。背負って行く。振り落とされるなよ」
「ブロ、いいの?」
「近道を知ってるって言うんだ。任せるさ」
ブロイラーマンはリップショットに言うと、善十を背負って走り出した。
(続く……)