スケープゴート(3/4)
3/4
スケープゴートに致命傷を与えるごとに信者の体が弾ける。ひざまずいてスケープゴートに祈りを捧げていた信者の何人かは恐れをなし、腰を浮かせた。
「ああ……!」
別の信者が手斧や草刈鎌を掲げて威圧する。
「恐れるでない! スケープゴート様が我らの罪を請け負って下さるのだぞ!」
ドゴォ!
また別の信者の顔面が潰れ、死んだ。
少年少女に限っては疵女がそのダメージを肩代わりし、命を助けた。
「異教徒ォ!」
大人の信者が武器を手に襲ってくるのなら疵女はその体を掴み、ギフトでダメージを譲り渡す。彼女は微笑んだ。
「大人はいくら殺してもいいみたいですからね!」
スケープゴートが信者に向かって叫んだ。
「その女には構うでない! 離れておれ!」
一方、ブロイラーマンはスケープゴートを農家廃墟の壁際にまで追い詰めていた。パンチ連打のラッシュをかける!
「オラアアアアアア!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴ!
スケープゴートの体が潰れてはその都度再生し、信者たちが阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。殴られながらもスケープゴートは笑った。
「アハハハ! ムダ、ムダ! わたくしこそがこの世で唯一不滅の存在なのです!」
ブロイラーマンを蹴飛ばして突き放し、大鎌を振るう。
「イヤーッ!」
ブシュッ!
大鎌の切っ先がブロイラーマンの胸を真横に切り裂いた。
「ぐああ!」
スケープゴートはさらに手の中で槍を回し、ブロイラーマンの脳天に大鎌の切っ先を振り下ろす!
ブロイラーマンは素早く踏み込み、槍の柄を腕で弾き上げた。パリング!
「オラァーッ!」
ドゴォ!
渾身のストレートパンチがスケープゴートの顔面を捕らえた。
スケープゴートは吹っ飛び、農家廃墟の壁を突き破って中に突っ込んだ。
「……えっ!?」
スケープゴートは呆気に取られ、自分の顔に触れて眼を見開いた。傷が治っていない!
ブロイラーマンは肩で息をしながら笑った。
「ハァッ、ハァッ……とうとうバッテリー切れだな!」
スケープゴートはよろよろと体を起こし、あわてて信者たちのほうを見た。子ども十人を残して他は全員死んでいる。子どもたちの額の邪印は消えていた。
ブロイラーマンがアンチェイン、梔子という剛の者らと連戦しなおここまで粘ったことは、スケープゴートにとってまったくの計算外だった。
ブロイラーマンの眼には衰えることのない殺意がたぎっている。スケープゴートはその目に恐怖し、旗色が悪くなったことを察した。背から黒い霧が噴き出し、天使めいた白い翼を作り出す。
「お……おのれ! 口惜しいが仕方ない!」
バッ!
スケープゴートは廃墟の屋根を突き破り、空中へと飛び立った。
「この場は退きます。ヒッチコックに殺されなさい!」
「逃がすかァ!」
ブロイラーマンは古い草刈機を叩き壊してチップソー(円盤状のノコギリ)を外すと、それをフリスビーのように投げた。
スパァン!
狙いを違えずチップソーはスケープゴートの翼の片方を切断!
「ああああ!」
スケープゴートはくるくると地面へ落下した。その真下には少年少女たちの集団がいる。呆気に取られて彼女を見上げていた。スケープゴートは悪魔の形相となり、彼らに飛びつこうとした。
「人間《血無し》! わたくしのダメージを受け取れ!」
疵女が割って入り、彼女の上にスケープゴートは墜落した。スケープゴートは疵女にしがみついた。スケープゴートの全身から黒い霧が噴き出し、疵女を覆って行く。邪印式でない通常のギフトだ!
スケープゴートは笑った。
「本当に愚かですわね、姉妹《シス》! でもちょうど良かった!」
メキメキと音を立ててその傷が修復して行く。
疵女は同じくギフトを使用して押し返そうとしたが、スケープゴートの力には抗えない。ダメージを負ってなおスケープゴートの血氣は疵女をはるかに上回っているのだ。
疵女はみじめな生き物を見るような眼でスケープゴートを見た。
「かわいそうな人」
「何を抜かす! 貴様もわたくしと同じく闇撫の血を受け入れたのだろう! 苦痛を、死を超越するために!」
疵女は首を振った。
「あなたに本当の痛みはわからない。本当の愛を知らないもの」
疵女は少年少女から譲り受けたダメージを他の信者に与えてはいたが、それでも多くの傷を負っていた。ブロイラーマンの攻撃はそれほど苛烈であった。そしてさらに今、そこにスケープゴートのダメージを被った。
全身に開いた傷から血が噴き出し、疵女はうつろな眼を遠くへ向けた。安らかな顔だった。
「ハハッ……ハァッハァッ!」
ほぼ完全回復を遂げたスケープゴートは立ち上がった。その瞬間、ブロイラーマンはスケープゴートの背後から肩に手を置いた。そして逆の手で背中に渾身のパンチを入れた。
ドゴォ!
スケープゴートの背骨を砕き、胴体を貫いた拳がみぞおちから飛び出した。
「ウオオオラアアア!」
そのままスケープゴートを抱え上げ、投げ捨てる!
スケープゴートは地面に落ちた。
「おお……!」
必死に広場を這い回り、転がっている死体を次々にまさぐった。
「下民どもがァ! わたくしが、高貴なる血を引くわたくしが……こんなところで……」
血と泥にまみれながら、死体から死体へと、自らのダメージを肩代わりさせられそうな者を探す。
「あああ! あああああ……!」
誰もいなかった。みんな死んでいた。
ブロイラーマンはスケープゴートに歩み寄り、その頭を踏み潰した。
グシャア!