番外編 日与の持ちネタ
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血盟会との決戦を間近に控えたある日、日与たちは居酒屋でささやかな勝利祈願のパーティを開いたのだった。
ずっと花切にくっついていた永久はだいぶ酒が回っている。彼女は日与にムチャを言った。
「日与くん、芸しなさい! なんか芸!」
「よし。それじゃあな、モノマネするぞ! 〝月曜日の朝、週刊少年ボンド新刊をダウンロード購入した昴〟」
昴が「えぇ……」という顔をする前で、日与は真顔で椅子に座った。そしてスマートフォンを取り出してタップするパントマイムをする。
週刊少年ボンドの表紙を見る。今週号は『ライオットボーイ』が表紙なので、先週の告知で知っていたにも関わらずここで一度興奮のあまり呼吸を乱しそうになり、深呼吸する。そして表紙のライオットと脇にいるサブキャラに目移りして視線が泳ぐ。
SNSを開きライオットのカラーなどについて投稿しかけるも、ネタバレを踏むことを恐れてやめる。
画面をスワイプし『ライオットボーイ』巻頭カラーの尊さに一度気が遠くなるも、自らを奮い起こしかろうじて正気を保つ。再びSNSでこの感動を叫びたくなるが、やはりネタバレを恐れて見るのをやめる。
その他の通知カラーページを足早にめくり、(途中のテレビゲーム版『ライオットボーイ』の新作情報には多少目を通す)『ライオットボーイ』本編にたどり着く。
そこからは一ページずつ、まるでピンセットで古代文書を扱うかのようにゆっくり、丁寧にめくる。
このときも視線はなかなか定まらない。早く次のページを見たいが、同時に今開いているページをじっくり見たくもあるという気持ちが同時に存在し、どこを見ていいのかわからなくなっている。
一度読み終わったあと、雑誌の巻末に飛んで作者コメントを読む。新発売のジュースがおいしかったという当たり障りの無い内容だが、作者が健康で元気そうなことを心から感謝する。
ほどなく席を立ってあたりを歩き回る。手を組んだり開いたりし、間近を見たり遠い目をしたりして、たった今読んだ『ライオットボーイ』の内容に思いを馳せる。ちょっと涙ぐんで「先生ありがとう……神」などと呟いたりもする。
そして椅子に座り直し、次はより丁寧に最初から読み直す。今週号の作画、キャラクターの顔などの「ここが好き神ポイント」を一つ一つ丹念に探しては見つけていく。
それからただちにSNSを開き、数十回に渡って感想をツイートする。先ほど探し出した神ポイントなどは頭から吹き飛び、結局いつも「好き」「神」くらいしか言えなくなっている。
同時に同じ『ライオットボーイ』ファンのフォローフォロワーが愛しさと切なさと尊さで発狂している様子を見て目を細め、静かに微笑む。胸が同意と一体感でいっぱいになる。
「生きられる……次の月曜日まで」
胸にスマートフォンを抱き、そのひと言を呟く。
一同のあいだに失笑(ほんの数人のオタクのみ爆笑)が漏れると、日与は手を振って拍手に応えた。
昴は腹を抱えて笑いながら真っ赤になった。
「やだあもう! やってるけどさ!」
日与は自慢げに胸を張る。
「俺の観察眼は大したもんだろ」
和気藹々とした空気となった。
流渡だけがその様子に憎しみを込め、ギリギリと歯軋りをしていた。
(アイツは僕の知らない昴をどこまで知ってるんだ……!)
(終わり)