紅殻町アフターウォー(4/5)
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ガガガガガガガガ!
銃弾の豪雨を浴びているようだ。竜骨は昴を守って体を丸め、必死に両腕で彼女を抱きかかえた。
「グワアアアーッ!」
カダヴァーが断末魔の悲鳴を上げた。竜骨が一瞬だけ振り返ると、小鳥の群れを浴びたカダヴァーのシルエットが削り取られて消えていくところだった。
竜骨は押し殺した声で呟いた。
「カダヴァーの兄貴! ありがとうございました!」
竜骨は昴を背負って走り続けた。間近なはずのフォート玄関口が果てしなく遠く感じられた。
竜骨がつんのめって前に倒れた。
「ぐうっ」
昴は彼の腕から転がり落ちた。
「リューちゃん!」
竜骨の背を調べる。背面装甲の一部が砕けて穴が開き、血が出ている。立て続けの攻撃でもろくなったところが破られたのだ。
他の小鳥たちは白骨死体を片付け、再び上空の一ヶ所に収束し旋回している。昴は泣きながら思った。
(私のやりたいこと、できることって……? ああ、私はいつも迷ってばっかりだ。日与くんならこんなとき迷わないのに! アンボーン! 私、どうすればいいの!?)
* * *
もう一押しだ。
そのとき、ヒッチコックは振り返って手を伸ばした。背後から飛びかかってきた男の喉首を掴んで捕らえる。
「グエッ!」
ボロの着物に大きな骨壷を背負った血族。ウマノホネであった。
ウマノホネは復讐心に目をぎらつかせながら喚いた。
「兄貴を……貴様ァ! よくも兄貴をォォオ!」
「ドサクサに紛れて寝首を掻けると思ったか? 鳥の目は俺の目でもある」
ウマノホネは足をばたつかせ、手にした鉈を振り上げる!
「うおおお……!」
「お前に俺は止められん」
ザザザザザザ!
ヒッチコックのフードの暗闇から、何百という小鳥が飛び出してウマノホネを飲み込んだ。その体を根こそぎにえぐり取って行く。
「うおおおお兄貴ィィ―ッ! 地獄でお供しますぜェーッ!」
数秒後、ウマノホネは消滅した。
ヒッチコックは握り込んでいたウマノホネの喉の欠片をビルから投げ捨て、視線を地上に戻した。
* * *
昴と竜骨は小さな工場の中へ逃げ込んだ。
昴は竜骨を床に座らせ、背の傷を調べた。思ったよりも深い。一時的に鎧を解除させ、竜骨が持っていた救急キットから止血剤シートを取り出して貼った。
「鳥たちがまた動き出してる。すぐにここに集まってくるよ」
「クソッ、外までもう少しなんだけど……」
奥のガラクタの影で音がし、二人はびくっとして振り返った。
竜骨が傷の痛みを強いて立ち上がり、身構える。
昴が目を凝らすと、暗がりに二人と同い年くらいの少女が倒れていた。事務服姿だ。高卒で働き始めたばかりの工場事務員だろう。
少女はヒッと短く悲鳴を上げた。
昴はその少女を知っていた。爆発が起きる直前、アンデッドワーカーに追われていたところを助けたのだ。彼女を抱えて逃げていたところで昴は爆発に巻き込まれたのである。時間がないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
昴は足を引きずりながら少女のほうに向かった。
「私だよ!」
向こうも昴が誰なのか気付き、やや警戒を解いた。
昴が抱き起こそうとすると、少女はうっと呻いた。両手で押さえた脇腹に大きな血の染みが広がっている。小鳥を食らったらしい。
かなり重傷のようで、少女は顔に血の気がなく、ぐったりしている。助かる見込みは少ないだろう。
「大丈夫……大丈夫。きっと助かる」
昴は彼女を励ましながら止血剤シートを取り出した。
少女は失血で朦朧とした表情で呟いた。
「家に帰りたい……」
「帰れるよ。私に任せといて!」
ピチチチチチ!
そのとき、昴は鳴き声に振り返った。小鳥の群れがうねりながらこちらに押し寄せてくるのが窓越しに見えた。
竜骨は少女を見つめている。彼は穴だらけでボロボロになったレインコートを脱ぐと、少女の細い体に巻き付けるようにして着せた。
昴は血が凍りつくような思いをした。彼を止めようとしたが、折れた右足が激しく痛んで力が入らない。昴は悲鳴のように叫んで懇願した。
「やめて! リューちゃん! やめてええ!」
竜骨は昴の腕からもぎ取るようにして少女を奪い、工場の出入り口から蹴り出した。工場に襲いかかった小鳥の群れは直前で進行方向を変え、少女のほうに襲いかかった。
ガガガガガガガガ!
「ああああ!」
昴は泣き叫んだ。自分が身を挺して助けようとしたその少女は、目の前で粉々にちぎれて消えた。
その隙に竜骨は昴を抱き上げて逆の窓から飛び出した。昴は泣きながら竜骨を拳で叩いた。
「何で! 何で!」
竜骨は決然と言い返した。
「この世に君より大事なものなんかない!」
小鳥の群れはいったんその場を通り過ぎると、再び空中に舞い上がった。大きく旋回し、昴たちの方へと降り注いでくる。
二人はとうとうフォートの壁面までたどり着いた。竜骨は外部に続く通用ドアを蹴り開け、昴をその中に下ろした。
短い廊下があり、その先のドアをくぐればもう外だ。大きな鍵のついたドアがあるが、血族ならば素手で開けられる。
竜骨は来た道を戻り、入ってきたドアの前に立ちはだかった。大きく深呼吸すると、腰をやや落とし、両腕を顔の前でクロスさせた。
メキメキと音を立て鎧が修復され、さらに形を変えてより分厚く強硬なものとなっていく。彼は背後の昴に言った。
「ここで小鳥を食い止める。君は行くんだ!」
昴は数秒のあいだ彼を見ていたが、やがて足を引きずり、這って外部へ続くドアへと向かった。
昴が外部に続くドアのノブに手を伸ばしたとき、小鳥の群れが通用廊下に殺到した。
竜骨は嵐に立ちはだかるカカシのようにそれを己の身で弾き返す。
ガギギギギギギギギギギギ……!!
すさまじい音を上げ、小鳥の体当たりは少しずつ竜骨の鎧を削り取っていく。
昴は振り返った。
「リューちゃん!」
そのとき、昴にははっきりと竜骨にみなぎる血氣が見えた。残り少ないすべてを鎧に注ぎ込んでいる。流渡を包み込む血氣の色は、彼の瞳の色と同じだった。優しさを帯びた色だ。昴が幼いころからずっと知っている色……
昴はそのとき、己の魂の奥底から沸き出す声を聞いた。聖骨家の血でも、リップショットとしてでもない。藤丸昴の血の叫びを。
「リューちゃんを助けたい!」
(((あんたのパパの仇でもかい?)))
隣に立ったアンボーンは言った。
(((あいつはたった今、あんたが助けようとした女を殺した。あんたを守るという使命の名において、これまでもこの先も人を殺し続けるぞ。それでも助けたいか?)))
「わかってるよ! そんなのおかしいって! だってリューちゃんはパパを殺したのに!」
昴は泣き叫んだ。
「それなのに、私は、私だって血族をいっぱい殺してきたのに、リューちゃんだけ友達だから特別に許すなんて! でも、それでも……! 私はリューちゃんを助けたい!」
アンボーンは腕組みしたままその言葉を聞いていた。やがて彼女は満面の笑みを浮かべた。
(((うむ! それで良し!)))