I – 4 組織運営の課題(Management Issue)
伝統的な組織運営(Unskilled Management Technique)
新型コロナウィルス感染症の対策として緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発出されて、生活に不便を強いる要請がマスコミを通じて繰り返し放送されている。感染状況や病床の使用状況などを表すステージ1から4の数値が説明されているが宣言の発出、延長、解除の客観的な基準としては使われていない。
宣言はステージの数値と専門家の意見を参考にして、あらかじめ決めた期間を総合的判断して行われている。期限が近づくと状況を評価して、延長や解除が再び総合的判断の下に行われる。新型コロナウィルス感染症は期間とリンクするわけはないので、感染拡大と収束が繰り返されている。
新型コロナウィルス感染症の各国の対応から、モノつくりの技術(Hard Technique)が優れているにもかかわらず、社会運営システム(Soft Technique)の遅れがあらためて認識させられた。明らかに日本の社会全体が先進諸国の流れから遅れている。
日本型の総合的判断に基づく組織運営技術は、同調圧力による社会調和で順調に進んでいるように見えてきた。しかし、新型ウィルス感染症が流行している社会では、予定調和というわけにはいかない。遅れを許した主な原因は日本モデルの稚拙ともいえる組織の運営技術にある。
日本型の組織運営は前例踏襲が基本で環境の変化に適応しづらく、組織の長は組織を運営している間の調和を重視する。会議においても自由な討議がされにくい雰囲気がある。責任者は問題の真相究明を避けて波風を立てないことを優先し、改革を伴う長期的展望は描かないでいる。
日本型の組織運営手法の特徴はそのあいまいさにある。仕様要求は具体的な数値を規則に示すのではなく、抽象的な表現にとどめられている。要求事項の「何々は、何なにとする」といった抽象的な表現は、規則の適用範囲を人の解釈に頼る。
こうした組織では総合力が発揮されることはなく、構成員は上からの要求に対して表面を繕い及第点の範囲内で過ごすことが定着している。問題が発生して危機に面したとき、平時においては機能してきた組織の合理性が疑われることが次々と起こる。問題は組織の運営システムにあるが、属人的な原因で済ましてきたといえる。
これまでは規則の適用範囲が漠然としていても、年上の解釈が組織内で通用することで問題は起きてこなかった。各人が規則の適用範囲を自由に解釈しても、常識的な線からはみ出すこともなかった。背景には伝統的に「みんなで一緒に」という教育を通じて、みんな同じように育てたのだから「みんな同じ常識を持っている」ハズだという認識があったからといえる。これまでは規則の適用範囲を人の裁量に委ねても「常識的な範囲で収まる」ハズという解釈が成り立っていた。しかし、今まで共通していたと思われていた良心とか常識が最近では共通ではなくなっている。
日本型の組織運営の特徴をまとめると次のように説明される。
1 あの人がやっているからとか、彼らが言うなら、とかが判断の基準となり、客観的な判断がなされない;
2 組織の決定が情緒やその場の空気に支配される傾向があり、組織運営に原理、原則を欠いている;
3 論理より声の大きな者を許す傾向があり、意見が対立すると権力で押し切る;
4 目的があいまいなので明確な戦略概念がなく、構成員の認識のずれや意思の不統一がある;
5 決定事項の合理性が不明確で、構成員が構想を理解できない。したがって、
6 構成員は決定の背景を想定し、責任者の意向に沿うよう忖度する。
伝統的な年功序列型の組織では、誰が上司かはっきりしないので誰の指示で動けばいいのか、誰に報告すればいいのかよくわからないことがある。特に新しく組織に参加した場合に構成員が感じる課題でもある。また、構成員が業務を兼務すると上司を複数持つので、指示報告系統が複線になり業務会話が有効に機能しなくなる。上司が兼務する場合は報告を取捨選択し都合の悪い報告は責任者に報告しないことが起きる。報告、決定、指示の流れがはっきりしない複雑な系統を持つ組織では構成員の個人的なやり取りで物事が進められる。
組織内では論理的な議論がしづらい雰囲気なので、原理や論理に基づいた討論ができない。組織の決定はかたちだけで内容が無いために、ポストに名を借りた個人による組織運営が優先するようになる。したがって、他の部門が問題を認識しても、何とかするだろうということで、組織として問題を捉えなくなってしまう。
社会活動では答えが一つということはあり得ないので、受け入れられやすい答えを作成するという行為が行われることがある。時には組織の同意を求めるために回答を捏造する作業が行われることもある。しかし、作られた報告は規則や手順に基づいた正しい評価ができないので、成果の内容を信用することはできない。社会共通の基準となる仕事規則や業務手順を確立して、記録を捏造する行為が行われない手法が必要とされる理由がここにある。
従来の組織は業務担当者が設定された一つの目標に向かって執行することを求めてきたので、業務遂行は目標とのズレは認められず目標変更ができない組織の運営が行われてきた。実際の業務進捗は目標に対して上下するのが当然だが、進行状況に合わせて目標を見直すことは簡単ではなかった。見込み目標に幅を持たせず当初設定の目標一つに絞った業務執行は現実をみない組織運営といえ、柔軟性を犠牲にした組織の硬直が3周遅れを招いたといえる。
図‐XX
自治体ごとに基準や使用ソフトが違うので、情報が共有されていないこともある。また、業務にガイドラインはあるが求められる要求の仕様には具体的な規定がない。具体的に基準や手順が規定されていないので、担当者の解釈による裁量が許される。その結果、似て非なる解釈が可能となり解釈や裁量によるダブルスタンダード(Double Standard)の適用が不公平を招くことになっている。
規定や仕様を明確にしない理由として、基準化していない業務手続きが定着すると変更に膨大なエネルギー(人的資源と時間)が必要になることが考えられる。また、業務が慣例に従って執行されており、基準が確立された業務手順(Procedures)がないか無視された場合、責任の所在が不明瞭になったり承認や報告が途中で止まったりすることも起こっている。
業務手順が規定化されず不明瞭な規則の影響はスタッフの交代がスムースにいかないことにも現れる。なぜならば、作業決定過程の記録や各種委員会の議事録、対外戦略の交渉記録などに基づく引き継ぎ書類の質が問われるからだ。記録が時の責任者によって恣意的に扱われる可能性もある。
記録があっても決定事項のみが箇条書きされており、討議の過程や発言者が記録されていない議事録は十分に業務決定の過程が検証できないので、議事録とは呼べない。組織の透明性と情報の公開が十分ではない組織は記録に信用がおけないので、組織の活動品質が確保されていない。
以上より3周遅れを招いた具体的な理由が次の3点にあることがわかる。
1 組織運営における品質管理業務の劣化、
2 組織運営における不明確な責任の所在、と
3 組織運営における透明性の欠如。
日本の製品は高品質を誇っていたにもかかわらず、品質にかかわる不祥事が繰り返し発生している。不祥事が発生するたびに責任者の頭を下げる姿が繰り返し放送されるが、本当に責任を取っているようには見えない。ホワイトカラーの業務運営(Management)に透明性が欠けているので組織に信用がない。だから、日本のモノはコピーされても組織運営をコピーする国はない。
3周遅れの日本は単にIT部門の遅れが問題ではない。稚拙ともいえる織運営技術(Management Technique)の質が3周遅れの日本を招いた大きな原因だ。遅れは業務の運営手法が基準化されていないことに起因している。日本型の抽象的で裁量範囲の大きい総合的判断を許す組織運営手法を見直して、基準化した運営手法を取り入れて内外の信頼を取り戻すことが3周遅れを取り戻すはじめの一歩だ。