教育的かつ、建設的な質疑をすべき(日薬の口頭発表から)
今日の日薬埼玉大会に参加して、口頭発表もしっかり聞いてきた。
皆さん薬局業務が忙しいのに、頑張っているのがよくわかり、私も大変な刺激をもらいました。ありがとうございます。
ただツイートでも言いましたが、研究発表の方法をきちんと教えられていない、指摘(査読)してくれる人がいないためなのか、どうしても「発表会」的になってしまう部分も相変わらず目立ちました。
日薬もこの点をしっかりサポートできるように、現場の薬剤師が研究発表力を身につけることができるような工夫(部会)があるといいと思いました。
ただし、この部分は他にある多くの学会が担うのだろうと思いますけども、その学会デビューの練習のために日薬の大会を目標にしている人もいると思うので、日薬が率先してサポートするのはありかと思います。
次世代の「演者」を養成することで、薬剤師の職能拡大だけでなく、実務実習の指導にも還元できるのではないでしょうか。
さて、そのように、若手の演者の育成、研究発表力の向上も、日薬の学術大会に課された任務であることは間違い無いと思います。
その中で、若者の口頭発表における質疑応答で、見るに耐えない光景がありました。
具体的には述べられないですが、高齢のベテラン薬剤師さんが、そのセクションでのほぼ全ての発表に対して質問を投げかけていました。
その質問も、「教育的、建設的な質疑」ではなく、「高圧的な、こうすべきだ論」をぶちかましていて、見ていて恥ずかしくなりました。
今回の研究のテーマと焦点を当てているスポットとは、全くズレた指摘で、「それを教える前に◯◯を教えるべきだ」など、頓珍漢な指摘をしていました。
あのような高圧的で誤った指摘を、日薬の大会で行ってしまうと、次期演者を育成するどころか、フロアを含めた、周りが萎縮してしまい新たな発表ができなくなるのではないか。
正しい指摘ならば、フロアも含めて学びにはなるが、全ての発表に対して、座長よりも多くの発言指摘を行い、誤った指摘で演者を萎縮させるのは、有害であり、せっかく若者らが勇気を持って発表をするのに水をさしてしまう、最終的には「若い芽を摘んでしまう」のではないかと、すごく不安になった。
言葉は悪いので使いたくないが、私はあのような「◯害」にはなりたくないと思いました。
フロアに居合わせた皆さんは、どのように感じたでしょうか。