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溶ける時間

あらすじ
『もし、この世界に時間という概念が存在しなかったら』というタイトルの本を手に取った武はその本を最後まで読むことをしなかった。その後武はこの現実世界で時間の概念が無くなったらどうなるのかという妄想を始めるがそれとは全く逆の夢を見てしまう。恐怖のあまり家に引きこもることになった武。そこに現れたのは人の形をした黒い物体だった。
時間のあり方について深く考えた、SF短編小説。

本文
『もし、この世界に時間という概念が存在しなかったら、どうなっていたのだろうか。朝もなければ昼も夜もない、そんな世の中で人間は生まれたのだろか、植物は生まれたのだろか地球は、宇宙は生まれたのだろうか。この本では、もしこうなっていたらどうなっていたのだろうかを考察する物語です。』
僕は図書館から借りた厚みのある本を閉じた。教室の窓から吹く夏風を感じながらグランドの真ん中で走っている一年生達を眺めながら、厚みのある本を鞄にしまい教室を出ようとしたとき、廊下から聞き覚えのある声がした。
「たけるー、遊ぼうぜ。」B君だった。B君はクラスの友達でいつも学校帰りに一緒に遊んでいる。B君はクラスの友達のK君とS君を連れて教室に入ってきた。
「ごめん、今日は用事があるから遊べない。」この用事と言うのは録画していたアニメが溜まっているのでそれを見たいだけの用事である。
「何の用事?」B君は必ず理由を聞いてくる。用事は用事なんだからそれ以上のことは聞かないでほしい。
僕はアニメを見たいだけだということを正直には言わず「歯医者」と嘘の用事を言った。
B君はそれならしょうがないかと言ってK君とS君と一緒に教室を後にした。
誰もいなくなった教室で僕は孤独だった。自分がアニメを見たくて友達の誘いを断ったのに何故か心が痛くなる。これは何だろうか不思議な感覚だった。
早急に帰宅して、夕飯までの間リビングに位置するテレビを付けて溜まっている録画リストから見たいアニメを選択する。少しばかり暑さを感じるので窓を開けて風を部屋に取り込み、外から聞こえる子供たちの声を聞きながらテレビに目をやる。
時間はあっという間に過ぎていく。夕飯の時間になれば家族で食卓を囲い、聞きたくもない会話を聞き、またテレビを見る。お風呂が沸けば湯船に浸かるが、この真夏日に湯船に湯を溜めて入ることはしない。何故ならお風呂に入ったのに汗だくになってスッキリするはずのお風呂が嫌いになりそうだから。今日みたいな暑い日はシャワーで済ますことが多い。そんなこんなんで寝る時間は訪れる。僕は寝る前に学校で読んでいた、『もし、この世界に時間という概念が存在しなかったら』の続きの話を自分なりに考察するのが習慣になりつつある。この類の本はシリーズ化されていて他にも『もし、言語や文字が存在しなかったら』や『もし、ミツバチが存在しなかったら』などいくつかのIF物語が記載されている。その中でも最も難解と言われている『もし、時間の概念が存在しなかったら』を小学生ながら読み解こうとしている。しかしながら本文に書いてある内容を読み解くのは難しいと言われているだけで、自分なりに考察するのは何の難しさもない、それはただの妄想に過ぎないのだから。
僕の考察/妄想は以下の通りである。
一、学校に寝坊しても怒られない
二、夜にならないから遊び放題
小学生らしい妄想でとても微笑ましい。
 昨日B君からの誘いを断ったことで自分の中に気まずさが生まれた。相手は気まずさなど感じていない。それは僕だけが感じていることである。こんな事になるのなら従順に遊べばよかったのに、小学生の僕にはこうなる事までは判らなかった。
いつも一緒にいるK君とS君にも同じ接し方をした。それは僕がB君に壁を作っていることを見透かされないためである。見透かされるのだけは避けなければならない。
この気まずさをいつまでも引きずっているわけにはいかないので、僕は切り替えるきっかけを探していた。
B君は気さくに話しかけてくれる。真実を打ち明けた場合、同じように話しかけてくれるだろか、それとも縁を切るのだろうか。結局僕は何も行動に移すことなく下校時間を迎えてしまった。
「たけるー、遊ぼうぜ。」
B君はチャンスを与えてくれた。ずっと探していたきっかけをB君は与えてくれた。
僕は二つ返事で承諾した。
B君と遊ぶと言っても用水路のいる魚やザリガニを捕まえて、家の水槽で飼ったり飼わなかったりする、よく田舎の小学生が遊ぶと言えば大体これで冬になれば雪合戦と決まっている。
「ザリガニは逃げ足が速いけど、後ろにしか逃げないから網は背後に構えればいいだよ。」やたらザリガニに詳しいK君は虫網を持つことは無い。現場監督のように口だけ達者で肝心の網捌きはそこまでうまくないことは、僕たちの共通認識で絶対にK君に網を持たせない。前にK君に網を持たせたときは散々な目に合った。あんな事をされたらたまったもんじゃない。
僕たちはいつも通り用水路でザリガニ捕りを始めていると網を持っていたK君が用水路目がけて網が曲がるほど威勢よく突っ込むのである。その光景を見た僕たちは驚きのあまり、顔にかかった水しぶきに気づかないほどだった。普段は真面目で大人しめな子が本気を出すとどうなるか身をもって実感した。勿論のことながら本命のザリガニはどこに行ったかもわからないほどだった。僕たちは閑散とした用水路に、先ほどの威勢で波打っている水を眺めながらK君の網を取り上げた。そこからであるK君に網を持たせてはいけないという共通認識ができたのは。
それは突然の事だった。僕たちはいつも通り学校に行き、朝から夕方まで授業を受け下校時間に帰る。通学路にある用水路を見つけてはザリガニの居場所を探す。帰宅してすぐ外に出てB君達と待ち合わせて近くの用水路を見て周る。今の時期はどこの用水路にもザリガニはいる。ただ捕らえたいザリガニにはいくつかの特徴を満たしていないと僕たちは捕まえない。まず、ニホンザリガニであること。もう一つは体のサイズが小さい事。アメリカザリガニでは、大きいので体長十五センチ以上に対して、僕たちが求めているニホンザリガニは、体長五センチ以下のザリガニで、色も茶褐色の物を探している。茶褐色のザリガニは泥に同化して探しにくいためとても貴重とされていることもあり売れば値が張る。
「K君、これニホンザリガニだよ。」
「ダメだ。デカすぎる、多く見積もって五百円程度だろうな。」
それだけ貴重なものを探すのには時間がかかるため、僕たちは日が暮れて外が暗くなってもニホンザリガニを探していた。そして僕が五センチ以下のニホンザリガニを見つけ、慎重に近づき網で捕まえようとした瞬間、ザリガニは素早い速さで、暗い用水路の小さな筒に入ってしまった。その後だった、すぐに大きな揺れが僕たちを襲った。地震だった。僕たちは急いでしゃがみ込み、揺れが収まるまで頭部を手で隠していた。ようやく揺れが収まった時には、辺り一帯が真っ暗だった。急に暗くなった事への恐怖のあまり、僕はB君達を探した。
さっきまで電気が付いていた近所の家も消えていて、真っ暗の中僕は必死にB君達を呼んだ。自分の周辺を手で払うように振り回していても、何も当たらない。隣にいたはずのK君とS君にも当たらない。少しの間真っ暗な世界で沈黙が続き、泣きだしそうになった時、暗かった世界に明かりが灯された。隣にはK君とS君がいて、少し離れた後ろにはB君もいた。僕は安心してその場で倒れてしまった。
目が覚めた時にはベッドの上にいた。僕は急いで体を起こしリビングに向かった。
リビングには誰もいないのにテレビからはニュースが流れていた。僕は一目散にテレビに向かった。テレビからは昨日のことが報道されていた。そこでは昨日の事を大規模な地震による停電と報道している。また、北方地方、東方地方、西方地方、南方地方とバラバラの時間で停電したとも報道された。僕が今住んで居る西方地方は一番最初に停電したみたいで、その次に南方地方、東方地方、北方地方の順で停電したらしい。僕は安心してすぐに外に出てB君の家に向かった。昨日の停電で捕まえられなかったザリガニを捕まえるためにB君達を呼ぼうと外に出ると真夏の日差しが強く、顔に照り付けてくる。少し歩いただけでも汗が滝のように出てくる。昨日はここまで熱くなかったはずなのに今日は異常に暑い、これも地震の影響なのだろうか。そんな疑問も忘れてしまいそうなぐらい強い日差しで、いつもより影が濃く、日と陰の差がはっきりと分かる。B君の家に着くまでにばててしまいそうなので、日陰を見つければすぐに入り、地べたに座わり家を出る前に水筒にいれたお茶を飲みながら、空を飛んでいる鳥たちを眺めていた。その時、昨日の事が脳裏によぎった。あれは夢だったのかそれとも現実だったのか、確かにテレビの報道では停電と言っていたが、僕が体験したのは停電とは程遠い物だった。言うなれば時間が停止したようなそんな感覚だった。今までに一度も経験したことのない感覚をどのように捉えれば良いのかわからないまま僕は、立ち上がり灼熱の中を歩き出した。

大規模な停電から二日が経ち、新たな動きが生まれた。それを知ったのはテレビから流れる朝七時のニュースからである。ニュースの報道にはこのような情報が流れた。
『大規模な停電から二日、大勢の人が次々に老衰しているという情報が流れています。報道によると死亡者が過去最高の百万人以上で、その多くが北方地方に住んでいる方たちの様です。これを受けて政府は状況確認を行うと同時に、国民には北方地方には近づかない事を強く呼びかけています。』
僕は怖くなった。小学五年生ながら死に敏感になり、外に出ることが怖くなった。朝から何も食べずに布団の中でうずくまっていた。そんな時間がずっと続くわけもなく、突然家のチャイムが鳴った。何回か鳴ったが僕は無視していたら音が止んだ。恐る恐る僕は窓に近づき白色のカーテンを少し開け、外の様子を伺った。玄関の前にはB君とK君とS君がいた。しばらく三人の様子を伺いながら、三人が玄関を離れて行く所を見てはまた、布団に包まった。
チャイムは次の日も鳴った。その次の日も鳴った。痩せた体を起こし、玄関に向かった。流石にずっとこの状態のままいるわけにはいかず、B君達とも長い間会っていなかったのでそろそろ動き出すことにした。玄関を開け外に出た。そこにはB君達はいなかった、唯そこには僕の影が映っているだけで、B君達の姿が見当たらない。今さっき玄関のチャイムが鳴ったばかりなのでどこかに行ってしまってもそこまで遠くに行ってないはずだと思い、僕は家の外に出て周りを見渡したが、B君達はいない。諦めて家に帰る途中背後から視線を感じ、僕は慌てて振り向いたが誰も居なかった。
次の日、またチャイムが鳴った。おそらくB君達だろうと思い、玄関を開けた。しかしそこに居たのは、知らない人だった。僕よりも遥かに背が高く、僕が見上げても顔が見えないほど高い位置にあった。僕に何か用なのか分からないが、知らない人とは関わるなと親には教訓として叩き込まれていたので、僕はそっとドアを閉めようとしたその時上の方から声が聞こえた。その声はとても低く不気味な声だった。
「待て。」と言って大きな指が顔の目前で止まり、人差し指で示した場所にはB君達がいた。
B君達は家の門塀に身を隠し、こちらを窺っている。その瞬間目の前にいた大きな指は消え知らない人はいなくなった。僕はB君達に駆け寄り今までの事を謝ろうとした。が、B君達は、僕から逃げるように家と家の隙間を渡り走ってしまった。それを見た僕はB君達を追いかけるため、走りだそうとしたが、今まで家に引き籠っていたせいか、思うように足が動かず、僕はその場で倒れてしまった。それからと言う間に足の激痛が僕を襲いそのまま僧帽筋上部辺りまで痛みが広がった。動けなくなった体を如何にか動かそうと思い、痛む足を無理やりに動かそうとしたが、骨の折れる音が全身に響いたと同時に遠くの方から黒い何かが近づいてくるのが見えた。それはまるで夜のようにただ黒いだけで、大きさは成人男性ぐらいで、足があるわけでもなければ、顔があるわけでも無い、ただの黒い物体。その物体が僕に近づいて来る。殺されそうな禍々しさが漂うその物体を尻目に僕は折れた足を引きずりながら這うように家の玄関に向かった。奇跡的に黒い物体はのろまだったので玄関のドアに無事着くことが出来た。
数日後、僕は学校に行く事にした。あれからB君達は家には来なかった。しかし、ポストに三通ものB君からの手紙が投函されていた。
一通目。たけるー、あそぼうぜ。
半分に折られたB五サイズほどの紙にこれだけが大きな字で書いてあっただけで、他には何も書いていない。
二通目。最近学校来てないけど、何かあった?何回かチャイム鳴らしたけど何も反応無いから。
これもさっきと同様にB五サイズの紙に書いてあった。
三通目。明日の学校来れない?話したいことがあるんだけど。昨日見たでしょう、黒い物体を。それについて話しておかなければならない事があるから、明日の昼休みに図書館に集合
ね。
という文言の手紙が三通投函されていた。僕は、黒い物体の事を何故B君は知っているのか不思議に思った。あるとするならあの現場にB君がいたのかもしれない。それ以外考えられない。僕は予定通り学校に行き集合時間の昼休みに図書館に行った。だが、時間になってもB君は現れない。僕は館内を捜索することにしたが、誰かがいる気配を感じられない。しかし、一つだけおかしな場所があった。そこは異様に黒く何か禍々しい感じを覚えた。その黒い何かに近づこうとした瞬間、それは消えてなくなった。その黒い何かがなんだったのか分からずまま、僕はB君がいる教室に向かった。教室に着くとそこには窓側に座っている細身の女の子一人だけ居た。
「B君なら図書館に行ったわよ。」突然しゃべり出した女の子に少し驚いたが僕はすぐにその子にお礼を言い、教室を後にした。
B君と入れ違ったのだろうか。僕は図書館に着くとすぐに机と椅子がある場所に向かった。
そこに座っていたのはB君だった。
「B君探したよ、どこに居たの?」
「ずっとここに居たけど。」
「え、さっき来たけど誰も居なかったよ。」
「まあ、そんなことは良いから、黒い物体について話さなければいけない事があるから、座って。」僕は、不服そうにB君の目の前の席に座った。
「まず、黒い物体が現れたら下手に動かない事を約束して欲しい。」
「ちょっと待ってくれよ。なんでB君は黒い物体の事知っているの?」
「僕もその場に居たからだよ。たけるがその黒い物体から逃げている所を見ていたんだ。そしたらその黒い物体は前に僕にも近づいて来たモノと全く同じだった。」
「B君にもあの黒い物体に追われた経験があるの?でその時に取った行動が動じ無い事だったの?」
「そうなんだ、その時は怖くて動けなかった。けどそれが逆に良かった。その黒い物体は僕の横を通りすぎて行ってしまった。たけるは運よく近くに家があったから逃れたけど、本来なら動くのは止した方が良い。それにその足の怪我、そんな怪我じゃ真面に動けやしないだろう。」
「そうだけど、一度の経験で全てを語るのは危ない気がするけど。」
「これが一度じゃないんだよ。何回もその黒い物体に遭遇している。」
「なら、信憑性はあるか。もし襲われたらどうすればいいんだ?」
「それが分からないんだ。とにかく今分かっている事は奴に対峙したら動じない事それだけだね。」
「分かった。肝に銘じるよ。」
僕は、図書館を後にして家に帰る事にした。B君が言っていた事は本当なのか分からないけど、今はB君を信じるしかなかった。
家に着き、テレビを点けた。そこには衝撃的なニュースが流れていた。
速報、速報です。大規模な停電から早七日ほど経とうとしています。その期間の間に大きな進展があった模様です。専門家によると、大規模な停電によって全世界の時間にズレが生まれたそうです。そのズレは小さなズレではなく、大きなズレが生じているとのことで。専門家によると、時間の経過が地方によって異なると言う事で、西方地方は普通の時間が流れているが、南方地方では普通なら一時間の経過は一時間になる所を、一時間を二時間の時間経過で時が流れている。つまり時差みたいなものが全世界で生じているとのことで。南方地方は小さいズレだが、東方地方は一時間を十年の時間で流れています。もっと酷いのが北方地方で、一時間を三十年の時間で流れています。東方地方に一時間滞在すると十年歳を取り、北方地方で一時間滞在すると三十歳年を取る。つまり一日北方地方に居ると七百二十歳になるという事です。そこまで生きる人間はいないので、実質北方地方に住んでいる方は皆全滅。そこで政府は、速やかに西方地方に移るよう、国民に呼び掛けています。もし、北方地方で赤ん坊が生まれても三時間で九十歳にまで老けてしまうので、安心せずに避難してください。

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