ゴルフボールの行く先。 (超短編小説)
私の日課は毎朝の散歩である。今日も今日とて、いつものコースを散歩していた。
すると突然、空から何かが降ってきた。なんと、ゴルフボールである。ゴルフボールが私の眼前に落ちてきたのである。
もし当たっていたら、私はこの世を去っていたのだろうか。それとも、この世とあの世の狭間で彷徨っていたのだろうか。そんなことを考えた。
落ちたゴルフボールは、何度か跳ねた後、コロコロと転がっていった。私はふとゴルフボールの行く先が気になり、後を追ってみることにした。
ゴルフボール(略して、ゴルボ)はゆっくりゆっくり転がっていく。だが決して、止まることはない。ただひたすらに、その身を回転させながら、地球という遥かなる大地を駆け抜けていく。
私はゴルボをひたすら夢中で追い続けた。ふと気づくと一時間ほど経過していた。一体ゴルボはどこへ向かおうとしているのだろうか。この時の私には見当もつかなかったのである。
数十分後、突然ゴルボが歩を止めた。その身は風に吹かれようとも微動だにせず、ただただ静止していた。
私は静かにゴルボから目を離し、前を見た。すると、そこにあったのはバッティングセンターだった。
ん?もしやこいつ何か間違えていないか?
そう思った私は、ゴルボに話しかける。
「お前さん、ここはバッティングセンターだよ。野球ボールの住処であって、ゴルフボールが来ていい場所じゃないんだよ」
いつの間にか私はゴルボに愛着が湧いてしまい、普通に話しかけていた。だが、もちろんゴルボはただのゴルフボールだ。話しかけたところで会話が成立するわけがないのである。
だが、この時の私はそんな風には思えなかった。無言を貫くゴルボに対して、私は再び語りかける。
「なんとか言ったらどうなんだ。お前さんは一体この地で何をしたいんだい?」
一球のゴルフボールにひたすら話しかける私。この身にただならぬ冷たい視線が放たれていた。だが私は耐えた。ここで負けたら、きっと何か大事なものを失ってしまう。そんな気がしたのだ。
私は考えた。ゴルボは一体何をしようとしているのだろうか。何が目的で、このバッティングセンターにやってきたのか。
その時、私は確信したのである。
「ま、まさか、お前さんは野球ボールになりたいってのかい!?」
ゴルフボールとなってしまったその身であっても、野球ボールとなる願いを捨てきれずに、今までの日々を生きてきたのだろうか。なんということだ。それならば、私も腹をくくらねばならない。
ゴルボの固い意思を感じとった私はついに決意した。やらなければならない、やるしかないんだ。
私は、右手にバット、左手にゴルボを持って、打席へと入った。野球ボールはもちろん飛んでこない。なぜなら、私が打つのは野球ボールではなく、このゴルボなのであるから。
ふっとゴルボを軽く上へと投げ、素早くバットを構える。ゴルボが落ちてきた瞬間、バットを思い切り振り抜く。
「カキーーーン」
バットの芯にあたり、ゴルボは勢いよく飛んでいく。その尋常ではない速さは、他の追随を許さなかった。
ゴルボは安全ネットを飛び抜け、遥かなる空へと駆けていく。そして、そのままひたすら真っ直ぐ突き進み、最後には自ら大気圏へと突入していった。
これでよかったのだ。私は溢れ出る涙を必死で堪えながら、ゴルボの行く先をただただ見つめていた。
ゴルフボールとして生まれ、最後には自らの願いである野球ボールとしての生を全うした、このゴルボ。
そんなゴルボの後ろ姿は、実に誇らしげであった。
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