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茶番ブーケトス
今から約10年前、姉がハワイで挙式を挙げることになった。
新婚旅行も兼ねて1週間ハワイでゆったり過ごせる。
家族だけの挙式のため、会社の上司に挨拶を頼んだり、友人に余興を頼んだりと、気を遣い合うこともない。
堅実な姉らしい判断だ。
ハワイに行くメンバーは、新郎新婦、それぞれの両親と、新婦の妹わたし。
新郎のご兄弟は家庭や仕事があり、1週間まとまった休みが取れず、不参加となった。
旅行会社でウェディングパックというものがある。
航空券やホテルなどの通常の旅行に加えて、挙式に必要なサービスもパッケージされている。
事前に新郎新婦が日本で試着して決めたウェディングドレスとタキシードと同じものがハワイで用意される。
挙式当日は、新郎新婦が宿泊しているホテルの部屋で、スタイリストさんとヘアメイクさんが朝から付いてくれる。
新郎新婦のホテル・教会間の移動は、リムジンの送迎付きだ。
たった一人の姉の結婚式。
実は、新婦の妹として振袖で参列するのが昔からの憧れだった。
想定とは違ったハワイ挙式。
振袖の夢は叶わないが、リゾートウェディングを思い切り楽しんで、お祝いしよう。
ハワイに到着したその日、ショッピングモールでムームーを調達した。
ムームーとは、アロハシャツのような派手な柄のロング丈ワンピースのこと。
ハワイの挙式では男性はアロハシャツ、女性はムームーが正装とされる。
わたしはピンクのムームーを選んだ。
日本で着るのは気恥ずかしいが、ハワイの海と空のもとでは気兼ねなく着られる気がする。
参列者のヘアメイクはウェディングパックには含まれていなかったため、宿泊しているホテルの部屋に出張で来てくれる日本人ヘアメイクさんを何とか自力で探して手配した。
髪の毛はフワフワ動きをつけてもらってから高い位置でアップにして涼しげに。
ムームーに合わせてアイシャドウとチークも華やかなピンク系で仕上げてもらった。
「結婚してない?よね?」
当時20代半ばで左手薬指が空いているわたしを見て、ヘアメイクさんは聞いた。
結婚という人生最大のイベントはわたしにはまだ到来していない。
わたしの人生これからだ。
楽しいことがたくさん待っている。
「そうです!未婚です!」
「じゃぁこっち側だね」
ヘアメイクさんはわたしの右側を示した。
未婚か既婚かによって、髪飾りをつける位置が違うとのこと。
ムームーと一緒に調達した2ドルのハイビスカスの髪飾りを右側につけてもらった。
百均で買って日本から輸送したレイも首からかけて準備万端だ。
新郎新婦が乗るリムジンの後ろに続いて、参列者は貸切のマイクロバスで教会へ移動した。
プライベートビーチと緑が広がる大自然の中の教会は、うっとりするほど素敵だ。
挙式に先立ち、新郎新婦、バージンロードを歩く新婦父は、動線の確認や挙式の段取りなどスタッフから説明を受け、別室で打ち合わせを始めた。
その間、わたしは教会の周りを散策して写真を撮ったりしながら、はやる気持ちが抑えられない。
わたしは母に話しかけた。
「わたし、ブーケトス貰えるんかな〜。絶対貰えるよね?ね?」
「え゛⁈ あんたブーケ欲しいん?このメンバーでブーケトスなんかあるか?」
是非とも姉からのブーケを受け取って、幸せのお裾分けをしてもらいたい。
今日の参列者の中に未婚女性はわたし一人だけ。
こんなチャンスない。
家族だけのハワイ挙式は比較的ラフだとはいえ、段取りは決まっていた。
未婚女性の友人が多く集まる挙式とは違って、今回は元々ブーケトスのセレモニーは予定されていなかった。
そうとは知らず、ブーケトスを夢見るわたし。
わたしと母のやりとりを偶然耳にした男性スタッフは、慌てて隣の部屋に行き、打ち合わせ中の姉にひっそりと告げた。
「新婦様、打ち合わせ中恐れ入ります。妹様がブーケトスを楽しみにしていらっしゃるようなのですが、いかがいたしましょうか?あいにくブーケトス用のブーケはご用意がないのですが」
わたしは知らなかったのだが、ブーケトスの時に投げるブーケは、新婦が抱えるものとは別に、それ専用のものが用意されていることが多いらしい。
確かに、新婦のブーケを投げてしまうと、それ以降新婦が手持ち無沙汰になってしまう。
専用ブーケは、投げてもお花が散らばったりしないようになっているのかもしれない。
妹がブーケトスを楽しみにしていることをスタッフから聞かされた新婦。
「え゛⁈ もぅ〜。分かりました!じゃぁコレ投げます!」
好き勝手言う妹のワガママを叶えるべく、即、自らのブーケを投げる覚悟を決めた。
「承知しました。では、挙式後、記念撮影のためにガーデンに出た際に、ブーケトスのセレモニーができるよう段取りいたします」
優秀なスタッフが機転を利かせてくれたおかげで、ブーケトスが執り行われることになった。
本来ブーケトスは、新婦が参列者に背を向けて、誰の手に届くか分からない状況でエイッと投げるものである。
ただし、今回の参加者はわたし一人。
もし、ブーケを受け取り損ねることがあったとしたら、せっかくのお祝いの席なのに縁起が悪すぎる。
わたしの将来も危ぶまれる。
スタッフは提案する。
「もう正面向いちゃいましょう!お二人向かい合って。妹様、しっかり受け取ってください」
わたしは運動神経がなく、球技は苦手。
お行儀が悪いが、実家でこたつに入っていて、姉に向かい側から投げられたみかんをキャッチできないこともあった。
加えて姉が指示する。
「もっと前来たら?そうそう、もっともっと」
絶対に落としてはいけない。
1/1の確率を実現するために。
最終的に定まったわたしの立ち位置には、姉のウェディングドレスの裾がすぐそこまで広がっている。
そしていよいよ。
「せーのっ、はい!」
ブーケは弧を描く暇もないうちに、わたしの手にスポッと届いた。
トスというよりも、もうほとんど手渡し。
茶番も茶番だ。
散々周りを騒がせたうえでゲットしたブーケ。
最高のロケーションでブーケを握りしめて、母親に何枚も写真を撮らせてご満悦。
その後、ブーケは即回収。
あれから10年。
わたしの髪飾りはまだ右側。
ブーケトスのジンクス、どうなってますか?
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「とっておきの思い出にとっておきたい」
をお届けします
お楽しみに〜
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