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大王の名を刻んだ彫師(ショート・ショート・ストーリー・3)

若者は鋼を刀にする彫師だ。その腕前は宮中にまで響いた。ある夜、若者は大王に呼ばれた。

「今宵は満月。次の満月の夜までに我の名をこの五つの剣に彫れ。汝一人でやるのだ。出来なかったら首を切り落とす」

今までにも多くの鍛冶師や織師が大王に殺された。若者の母は水晶のお守りを若者に渡した。

若者は宮殿の工房に寝泊まりし、百済というクニから来た学者や大王に仕える文史たちに従って文字をいくつも彫った。

明日は満月という夜、「これだ」と百済の学者が胸を叩いた。

「ワノオウタケル」を漢字に当てはめると「倭王武」と書けばいい。百済人を文史も歓びの涙をこぼした。

満月の夜、若者は大王の名を4つの刀に彫り終わった。大王は激怒した。

「あとひとつはまだか」「暁までお待ちください」泣いて許しを乞う若者は首をはねられた。水晶のお守りは役人が若者の母親に返した。

大王は東へ途立つ。土地の酋長に自分の名を彫った刀を見せた。文字を知らない民は、言霊を目に見える形に出来る大王を畏怖し、ひざまずいた。

漢字の壮大な旅は始まったばかりだ。

宮中では今日も多くの渡来人と学者が大童で字を編纂している。

若者が首をはねられた場所に見たこともない赤い花が咲いた。渡来人が「これはソウビ(野薔薇の一種)だ。種が船で運ばれたのだ」

若者の母は渡来人に字を教わり、「薔薇」と水晶の玉に彫りつけた。


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